第73話:いつか思い出す日を待つ
そんなまさか。
あの子が、まさか。
「お、王女様だったの?!」
『え、そこですか?!』
「王女様なのよ?重要でしょう?!」
驚きながらもエフィエルシーは智香子の圧に負けて頷いてしまう。
『えっと、お、お知り合い?なんですか?』
恐る恐る訪ねる。
流石にそんなことはないかな、と思ったが智香子は簡単に頷いた。
「レッドフィールド家の皆さんには、こっちの世界に来てからずっとお世話になっているわ。」
『レッドフィールド家にですか?!』
なんということか、とエフィエルシーは思った。
かの王族と深い関わりがあったとは。
だが納得できる気もした。
特に“世界の乙女“に関する知識が全くないという点は、恐らく意図して情報が隠されたのだろう。
他にも彼らは智香子に対して、いくつか情報操作を行なっているかもしれない。
ただ彼女の口ぶりから、彼らは智香子へ酷いことはしていない。むしろ優しく接しているように感じられる。
であれば、彼らが智香子に対して与える情報を調整している理由は何か?
はっと智香子は何かに気づく。
「ベネッタが王女様なら、他のレッドフィールド家の人も、おうぞく…?」
『…そうです…。』
「うわぁ…。てことは私、今まで国で一番偉い人たちと一緒に一つ屋根の下で暮らしてたってことなのね…。」
気さくで優しい人たちだったから全く気づかなかった。
だが言われてみれば、所々で違和感はあった。
例えば所作に無駄がなく美しかったり。
カロラスの時も、高位のガトーが仕えていたり。
異様に顔が整っていたり。
不敬罪とかで後から処罰されないだろうかと震える智香子をエフィエルシーは慰める。
慰めつつ、この人には不安だとか感じずにありのままで生きていて欲しいと思うなぁと考え、それが理由かなと思った。
「あぁそうよ!ベネッタ早く死んじゃうってことよね?どうにかして寿命を伸ばせないかしら?」
『今の所は難しいですね…。唯一の例外がベネッタ殿下なので、彼女が今までの“世界の乙女“と何が違うのかを見つけない限りは、なんとも…。』
エフィエルシーは口に出しながら、自分の不甲斐なさを感じた。
誰かの「わからない」「教えてほしい」という言葉に応えるため、彼らの疑問を解決することは、エフィエルシーにとって何よりも幸せを感じる瞬間である。
不足者と呼ばれる自分にも、誰かの力になれるのだ、と思うことができるから。
元々の知識欲も旺盛だったから、エフィエルシーの知識量は妖精の中でも多い。
誰かに何かを、自分の知識を、教えて返ってくる笑顔に幸せを、快感を感じるのだ。
しかし!
目の前の誰かに自分の知識を教えることが出来なければ、自分は一体何のために存在しているのだろうか。
膝上に置かれた手に力が入る。
智香子の疑問に答えることができないことが、悔しく、苦しい。
回答が返ってこないことに、がっかりされていないだろうか。
恐る恐る顔を上げる。
「そうよね。ベネッタはそのこと、もちろん知っているんでしょう?」
『え、はい…』
「自分が早く死んでしまうと知りながらも、そして今、いつ死ぬか分からないながらも、ベネッタは明るく元気に生きている。それなのに私が暗くなるなんて、ありえないわ。」
人間いつか死ぬのは分かるが、20にも満たない歳で死ぬなんて誰が考えるだろう。
まだまだ若く、幼いというには成熟した少女は、その恐怖を一切智香子に悟らせなかった。
だからと言って、恐怖がないわけではないはずだ。
智香子は唐突に、ベネッタたちに会いたくなった
とにかく顔が見たい。可能なら抱きしめたい。
「いつかなんて言ってられないわ。ぐずぐずしてたらベネッタは死んでしまう。必ず、その意味が分からない伝統をぶち壊して、長生きさせてやるんだから!」
声高に宣言する智香子にがっかりした様子は見当たらない。
前向きで、真っ直ぐ。
そんな智香子に安心する。
と同時に、エフィエルシーはなぜか心がモヤっとした。
『?』
「エルシー?どうかした?」
休憩は十分だと立ち上がった智香子から声がかけられ、エフィエルシーも慌てて立ち上がる。
『何でもありません!ぁ、ぇ、ふっ、心配は無用だ。我は全能の力を持つ者…。常に天の使者から命を狙われていながら、奴らの攻撃を全て跳ね返す力を持つのだ!』
「うん、元気そうで何よりね。」
風音の後を追う智香子。
離れていくその背中に心がざわつく。
思い出せないいつかの記憶が、今見ている光景とダブる。
だめです。
行かないでください。
行ってしまえば、貴方様とはもう会えなくなってしまう。
約束したのに、待っていたのに。
待って。
行かないで。
『―…待ってください…ー』
こんなか細い声では届かない。
しかし前にある背は振り返る。
「ん?もう少し休む?」
そのことに心底安心した。
なぜ?
『ぁ、いえ、大丈夫です。すみません、行きましょう。』
心配しながら、智香子は前を飛ぶ風音の後ろへと再び歩き始める。
先ほど見えたいつかの記憶は、もう見えない。
あれはいつの記憶だ。
今までの記憶にないのに、自分の記憶だと思ってしまう記憶。
ズキリと頭が痛んだ。
心に加えて頭もですか、とエフィエルシーは息を吐く。
寄り添ってくれる4人の妖精と共に、歩き出す。
この不可解なことは、一体なんだ?
どうすれば解決する?
どうしてか、その答えは智香子と共にいれば、分かる気がした。
日が落ちた頃、一行はようやく風音の家に到着した。
エフィエルシーの家と同じくらいの大きさの家。
置かれている物は少なく、生活感はあまり感じられない。
風音が風を吹かせて部屋中の埃を取り除く。
それを見て、風の通りを良くするために物を少なくしているのかもしれないと智香子は思った。
屋根の下、ようやく安心できる場所で気が緩む。
机や椅子が室内にはないため、床にそのまま座り込んだ時、智香子は自分のお腹が空いていることを理解した。
しかしそれよりも、疲労が勝る。
幸いなのは気温の変化がないことだ。
日が落ちても寒くない。
瞼が落ちていく。
そのまま智香子の体は横たわり、意識も消えていった。
エフィエルシーはそこまで眠くはなかったのだが、智香子が隣で気持ちよさそうに眠っているのを見て、徐々に眠たくなってくる。
やがて寝息に誘われるまま、エフィエルシーも眠りについた。
残ったのは4人の下級妖精と風音のみ。
下級妖精は変わらず、エフィエルシーから離れようとはしない。
ピッタリとくっついて、羽を休める。
眠りについているのかは光に包まれているので分からないが、休んではいるようだ。
ふわふわと宙に浮きながら、風音はその様子を眺めていた。
自分の家に他人がいるという状況は、あまり慣れないことである。
エフィエルシーを見る。
彼女のことで風音が今、思い出せることは、族長の娘であること、羽がないこと、自力が思い通りに扱えないこと。
そして、それらが“妖精女王の呪い“と呼ばれていること。
一体どこでそれを知ったのか?
確か、中央にある建物の、最上階。
聞こえてくる声が話していた。
あれは、………―――――
『ッ!』
そこまで考えたところで頭がつきりと痛む。
まるでそれ以上思い出すのを妨げるように。
痛みが通り過ぎるのを体を丸めて、ただ待つ。
分からない。
自分が何者なのかが分からない。
分かるのは風の下級妖精であることだけだ。
痛みが引いていく。
霞む視界に見えたのは人間。
魔力なし、魅力なしの人間。
妖精に対して遠慮なく喋る人間。
何者であるか分からない自分に、名前という存在の証を与えてきた人間。
近寄り、眠る智香子のお腹の上に横たわる。
温もりと呼吸による体の動きが、風音の眠気を誘う。
眠りに落ちる直前、風音は部屋の電気を消した。
真っ暗な部屋の中で響くのは寝息のみ。
部屋の片隅に置かれた1つの本。
読みかけなのか、中途半端なところでページか開かれたまま放置されている。
《ウフフフフッ……》
何処からか聞こえてきた笑い声。
美しい声の主は見当たらない。
すると本が淡く光り出す。
光は強く、強くなり、部屋の中を埋めつくしていく。
眩い光が収まった時、そこにいたのは美しい女。
全てのものを魅了する笑み。
豊満ながら引き締まった身体。
腰まで靡く金髪と、情熱を宿した赤い瞳。
身体のラインが強調される白い布のみを身にまとったそれは、人の形をしてはいるものの、人と呼ぶには相応しくない存在であった。
《ウフフフフッ……》
楽しげに笑うそれは部屋の中をぐるりと見渡し、また笑う。
しかし直ぐに目的の物へと意識を向けた。
《アァ、ようやく、ようやくアナタに会えたわぁ♡》
うっとりとした視線を向け、美しい手を伸ばす。
手が触れる数センチ。
それの手首から指先までが消えた。
《あらぁ》
自分の手が消えたというのに、それは一切気にもしない。
視線を目的のものから外して、見るのは水が入った桶。
《アナタ、また懲りずに来ちゃったのねぇ♡》
水は震え、形を変えて、やがて現れたのはこれまた美しい女。
それは以前、ゲットル伯爵領内で上級妖精が作り出した空間に現れた存在であった。




