第70話:自然の力③
4人の妖精たちからの視線から目を逸らし、智香子はエフィエルシーへ顔を向けた。
「あなたにいくつか聞きたいことがあるのだけど、良いかしら?」
『はい!ぁじゃなくて、もちろんだ!太古より受け継がれし知識を持つ我に分からぬことはない!何なりと尋ねると良い!』
自然に囲まれ、周りでは小さな妖精たちが飛び回る。
一度頭を整理して、疑問に思ったことを智香子はまとめる。
「まずはワルヵについてね。どういう意味なの?」
『ワルヵは人間の言葉で言うところの自力というものです。…あ、自力もですね。いえ、お任せください!自力とは自然の力の事で、妖精だけが扱うことのできる力です。空気や水、地、熱。そういったものには力が宿っています。生命が生きていくのに必要不可欠な空気も。喉や大地を潤す水分も。全てのものを受け止める地面も。命を育む暖かな熱も。それだけでは小さく見える、しかし必要不可欠で、時には無情に多くの命を奪っていく。その力を自分たちの体の一部のように、私たちは使うことができるのです。』
「じゃぁ次。あなたたち妖精は、何から生まれたの?」
『?何から…ですか?』
考え込むエフィエルシーを前に、智香子は大まかすぎただろうかと焦る。
『そう、ですね。私がわかる範囲でお教えするならば、妖精は自然の巨大な力によって、この世界に作られた存在、ですかね。』
「創られた?」
『はい。この世のモノの多くは、人から他の生き物に至るまで、創生の神によって創られていますが、我々妖精は別の神によって創られているんです。』
なんでそんなややこしい…という感情が表情に出ていた智香子。
エフィエルシーも賛同するために頷いた。
『なんでも、創生の神と我々をお創りになった神は姉妹だったようで、妹神を心配した姉神が手助けとして我々を作ったらしい、と“妖精伝記“という文献に記されていました。』
「何それ読んでみたい。」
会話は出来るけど文字は読めないという異世界人の特性故、多分読めないだろうと言われて智香子は肩を落とした。
『出来る範囲で妖精語お教えするので!お手伝いしますので!元気出してください!あ、そういえば、我々と似た存在は他にもいるんですよ!』
「似た存在…?」
『他の神によって創られた存在、です!』
エフィエルシー曰く、それは甘い獣らしい。
『その甘獣の名前はビスウィト。甘い匂いで敵を誘い込み、襲い掛かる、すごーく強くて危険な獣です。身体能力や知能が高いだけでなく、魔力量も膨大!上位の個体はその頭の良さから、人間よりも錬成された魔法を扱うと言われています。なので普通の生き物は存在を恐れて、近寄らないようにしているんです。』
「へぇ…なんか、ビスケットみたいで美味しそうな名前ね。」
『!そうです!ビスウィトの名前の由来は、スウィート・ビースト。その名前の通り、彼らのお肉はほんのり甘く、しっかりとした肉厚で、とても美味しいです。しかしその強さから狩るどころか逆に狩られてしまい、超高級食材となっています。』
「エフィーは食べたことは?」
『実は一度だけ…。小さい頃に食べさせてもらったんですけど、あの甘さ、匂い、程よい弾力、全てに心を奪われ、食べた後3ヶ月はずっと満腹感で満たされていました…。』
「3ヶ月?!」
『はい。ビスウィトのお肉には満腹感をもたらす効果がありまして、満腹感が続いている間は体が健康体になり、食べ物だけでなく水さえ飲まなくても良いんです。その期間は逆にいつもよりも超絶健康体でいられるんですよ!』
なんだ、そのとんでもお肉は、と智香子は驚愕する。
『恐らくその高い魔力によってもたらされている効果だと思います。ビスウィトの存在は500年ほど前から確認されていまして、とある研究家の手記によると、500年前に起こった飢餓を救うべく、他の神からもたらされた奇跡、だと。…まぁ、実際あまりにも強すぎて食料にならなかったので、その説はあまり受け入れられていませんけどね…。』
クリストフから歴史を学んでいる智香子は、エフィエルシーの話を聞きながら面白いと思っていた。
まだ数か国の初歩的な歴史や法律しか学べていない智香子にとって、誰かの手記や考察はまだ読む段階にない。読んだとしてもなんのことを話しているのかがさっぱりだからだ。
エフィエルシーから語られるものは、事実、考察、仮説。
智香子が知りたいことに交えて教えれくれるので、知りたいことも、追加の情報も、簡単に頭に入ってくれる。
「エフィー。あなた、教えるのが上手いのね。」
『?!と、突然なんですか?!』
「話を聞いてて思っただけよ。」
『ホほほめたって、何も出ませんから!』
顔を真っ赤にしながら、しかし嬉しさを耐えきれずに顔がニヤけてしまうエフィエルシーだった。
こうしてみると、彼女は可愛らしく、優しい、ちょっと厨二病という病を持つだけの妖精だ。
だからこそ気になる。
「エフィー。」
『も、もう、褒めないでください!照れます!』
「あなたの体に浮かんだあの模様。あれは何?」
エフィエルシーは、動きを止めた。
風音が教えてくれた、自力が体に残り、溜まったことで出来た模様。
他の妖精にはないこと。
自力が使えないエフィエルシーだけに起こること。
それを補うように、ずっとエフィエルシーのそばにいる4人の妖精たち。
そして、エフィエルシーを追ってきた三人の妖精たち。
彼らの言葉の数々。
族長の娘。羽がない。
不足者。
無言のエフィエルシーに智香子は尋ねる。
「貴方は何者?」
互いの名前くらいしか話していなかったから、智香子はエフィエルシーのことを何も知らない。
しばらく動かずにいたエフィエルシーだったが、静かに顔をあげた。
『そう、ですよね。気になることばかりですよね…。」
『んー、わかりました!』そして、仕方がないと、諦めて笑う。
『お話しします。私のことを。』
心を落ち着かせるため、息を吐く。
視界で飛ぶ妖精たちの背には、エフィエルシーにはない羽が風で揺れていた。
妖精は、2通りのどちらかによって新たに生まれてくる。
一つは自然から。
水が湧き上がったり、風が初めて吹いたり。
もう一つは愛から。
妖精同士が深く愛し合うことで、稀に生まれることがある。
エフィエルシーは前者であった。
ある夜、愛し合う2人の妖精の庭に、一つの花が咲いた。
夜中であるのに光を自ら発する花に慌てて庭へ行けば、花の中から静かな寝息が聞こえるではないか。
そっと花弁をめくってみると、そこにいたのは小さな可愛らしい妖精。
下級妖精ほどの大きさの妖精に、愛しさを感じずにはいられなかった。
愛し合いながらも新たに妖精が生まれないことで悩んでいた2人は、花から生まれた妖精を前に、この子は自分たちの愛が神に伝わり、もたらされた命だと思った。
大事に育てよう。
決意した2人は、花の中に手を伸ばす。
しかし届く前に、彼らの手は弾かれた。
何事か、と驚き見れば、そこには下級妖精と言うには小さい、四色の光があった。
眠る小さな妖精を守るように立ち塞がる彼らからは、ただか弱い妖精を傷つけさせないという意図しか感じられない。
2人は彼らに誓った。
絶対に傷つけはしない。愛し、大事に、大切に、育てる、と。
真摯な思いが伝わり、2人は花の中で眠る妖精を優しく抱えることが出来た。
『なんて可愛いのでしょう。』
『なんと愛おしいのだろう。』
『あら、この子、なんだか大きくなってない?』
『なら、この子に合う服を新調しよう。』
『あら、この子、羽がない。』
『なら、飛ばずとも生活できるようにしなければ。』
『あら、この子、自力が使えない。』
『なら、自力がなくとも生きられるようにしなければ。』
『愛おしい。』
『愛おしい。』
『どうか幸せになっておくれ。』
『どうか立派に育っておくれ。』
『『私たちの、エフィエルシー。』』
『私は生まれた時から、羽がなく、妖精たちが生まれながらに扱える自力が使えません。それなのに、自力はなぜか私の体に集まり、溜まり、私を苦しめます。あの黒い模様がそうです。体の中心から徐々に広がり、やがて命を奪う。原因を調べてはいますが…今の所分かってはいません。ある妖精からは、彼らに羽や自力などを作る力を取られてしまった、彼らがいるから不幸が積もる、と言われましたが、私はそうは思えないのです。』
エフィエルシーが伸ばす手に、離れたところにいた4人の妖精が飛んできて止まる。
他と違い、いろんなものが不足していたエフィエルシーに優しくしてくれた。
育ち手である両親以外で、温もりをくれたのは、彼らだけだった。
『それに、もしそうだったとしても構わないと思っています。この子達がいなければ、私はこんなに幸せでは無かったでしょうから。』
エフィエルシーに、初めから羽があれば、自力が扱えれば、誰からも何も言われず、幸せな日々を遅れていたかもしれないが、彼らがいないのならば、それは不幸と同じようなものだと、思う。
『以前、妖精の種類についてはお話ししたことがあるかと思います。この国は妖精が住み、時に妖精が連れてくる人も住む場所。火・水・土・風。4人の妖精王に連なる各部族が中央都市を囲むようにそれぞれの領地を持ち、4人の妖精王の代理人として、各部族の部族長をまとめる族長の下、助け合いながら我々は暮らしています。』
立ち上がり、エフィエルシーは初めて会ったときと同じように綺麗なカーテシーを披露する。
『改めまして、私はエフィエルシー。4部族長を取りまとめる族長の娘であり、小さな4人の妖精の力を借りなければ生きていけない、妖精たちからは不足者と呼ばれる妖精でございます。』




