第69話:自然の力②
揺れを感じて目を覚ましたエフィエルシー。
視界には生まれたときから自分を守ってくれる4人の妖精が見えた。
彼らはエフィエルシーの視線に気付き、その小さな体で彼女に触れる。
わずかに溜まっていた自力が体から抜けていく。
妖精たちへの感謝の気持ちとともに、なんて不便な体だろうと思う。
楽になり息を吐き出したところで、揺れの正体−−智香子に背負われていることに気がついた。
息を感じた智香子が首だけを少し捻った。
「あら、ようやく起きたの。」と安堵したことを表すように体が震える。
「今、安全な場所に向かってるところよ。病人は休める内に休んで、後から役に立つことね。」
四つの光が周りで漂っている。
そして、小さい体から伝わる、心地良い体温と匂い。
彼女からは、魔力ありの人間がそれぞれ持つ、魔力の匂いや色を感じない。
だから彼女から香る匂いは彼女自身のもの。
視界に映るその姿に余計な色は何もない。
彼女のみだ。
はじめて会った時から、気になっていた。
智香子という人間。
魔力なし。異世界人。あと迷子。
風の下級妖精に好かれた少女。
ただ少女と言うには違和感があるが。
気になる。
『(何故?)』
何が気になるのか。それ以外に何があるのか。
気になる。
気になる。
もっと、深掘りしなければ。
気になると言う感情以外に、この人間に対してどんな感情を抱くのか。
好ましい。憎い。ようやく会えた。許せない。嬉しい。助けて。
真反対の感情が交差するように浮かび上がる。
自分の感情なのに、何故こんなことを考えるのかが理解できない。
そのくせ、なんだか理解できる気もするのだ。
『(変なの…)』
思考が鈍っていく。
小さくも暖かく、心地良い背中で揺られているからだろう。
眠りにつこうとしている。
閉じる前に見えたのは、風の下級妖精。
智香子から名前をもらい、風音と呼ばれている。
もう一つの疑問。
どうして、
『(どうして、あの子は1人で持ち上げられたのでしょうか…?)』
***
4人の妖精に案内されるまま歩く智香子。
風音が手伝ってくれているお陰で、エフィエルシーの重さが軽くなっていたり、ぶつかりそうな木々が払われたりと、随分と楽に進むことができていた。
やがて森が開け、そこには一面の花畑があった。
色とりどりの花。
見たことがありそうでないものばかりだ。
元の世界で見たことのある広大な花畑ほどではないが、視界いっぱいの花は壮大である。
魅入る智香子の横にいた風音は、対して、思いっきり顔を顰めた。
『ウゲェ!!!』
「?!どうしたの?!」
パタパタと手足を振り回し、自分の周りに薄い空気の膜を慌てて作る。
ようやく息がつけたと力を抜いた風音は恨めしそうに四つの光を見た。
『…ここ、“ようせいぎらいの花“がさくばしょ。花がようせいをきらってて、ようせいがちかよりたくないにおいをだしてる…。』
「妖精の国に、妖精が嫌う物があることに驚きだわ。」
風音に睨まれた妖精たちは何も感じないのか、ふわふわと意識のないエフィエルシーの周りを飛ぶだけだ。
『ようせいがさけたくなるものは、いくつかあるよ。この花じゃなかったら、うそとか、てんしとかー。あ、あと、きんぞくも!』
金属もか。
人と協力することがある妖精にとって、金属が弱点だと苦労することが多いだろう。
4人の妖精の内、黄色の光が智香子の前にやってくる。
動きから察するに、花畑の中へ入れということのようだ。
花たちを踏むことに申し訳ない、と思いながら、花畑の中に足を入れる。
この世界には背の高い物ばかりあり、智香子の背丈の合うものはない。
あったとしても子供用だったりする。
それは妖精の国でも例外ではなく、レッドフィールド家周辺の物に比べれば小さくはあるが、やはり智香子的には普通に大きいのだ。
この花畑も同様に、元の世界で見てきた花よりも大きい。
花一つが智香子の両手と同じ大きさである。
サクッと足を踏み入れた瞬間、風が大きく吹いた。
風音が風を起こしたのかと見てみれば『わぁー』と飛び回っているので違うらしい。
4人の小さな妖精たちは、智香子の背にいるエフィエルシーを守るようにくっついていた。
風が強く、足がふらつく。
このままではエフィエルシーを落としてしまうかもしれない。
智香子が花畑の中にエフィエルシーを寝かせたとき、誰かの声が聞こえる。
妖精の国に迷い込んだ時のような、微かな声。
もしかして、と智香子は立ち上がった。
風はまだ強いままだ。
「誰なの!そこにいるなら返事をしなさい!」
ざわめく花の中、微かな声はまだ聞こえている。
声を辿って智香子は花の中を歩く。
「隠れてないで、出てきなさい!っ、もう!風が強いのよ!」
サクっサクっ
視界いっぱいの花に囲まれ、強い風に智香子の名を呼ぶ誰かの声は掻き消され。
方向感覚が狂ってきた頃には、戻り方が分からなくなる。
コツッコツッ
「はぁ…はぁ…。…あれ?」
風が止み、視界が良好になる。
あたりを見れば、先ほどまであった花々はない。
上はどこまでも続く青い空。
辺りには真っ白い風景。まるで雲の上のようだ。
そして自分が立つ場所は固い床。
決して、柔らかい土や草の上ではなかった。
どこだここは、と息を整えながら考える。
柔らかい匂いがして、その方向を見てみれば、立っている床が真っ直ぐに伸びていた。
誘われるまま足を動かす。
コツッ…コツッ…
天の上、続く一本道の奥。
そこにあったのは、一つの綺麗な花だった。
とても綺麗で、綺麗で、それでいて、特別な花。
この世に一つしかない、唯一無二の花。
綺麗で、美しくて、愛おしくて。
その花を見た瞬間、智香子は泣いていた。
「…え?」
自分でも理解できなかったが、ただ悲しかった。
そして、申し訳ないと思った。
「ごめんなさい…。」
そっと手を伸ばし、花に触れる。
智香子の心を慰める暖かさが花から伝わって、智香子は更に泣いた。
あぁ、また泣いてしまった。
でも泣くのを止められない。
智香子の涙が花に落ちる。
「[泣かないで。]」
「でも、止められないの。」
「[誰から傷つけられたの?]」
「誰からも傷つけられていないわ。」
「[あなたの涙を拭えたら。]」
「こうしてあなたを見るだけで、十分癒されてるのよ。」
「[あなたに触れたい。あなたを守りたい。あなたと一緒に、世界を見たい。]」
「[どうして消えてしまったの。]」
「[どうして忘れてしまったの。]」
「[それでも構わない。あなたは私の愛しい人。]」
「[あなたのために、僕は美しく咲き続ける。]」
「[あなたを守るために、俺は生き続ける。]」
「[あなたを奴には渡さない。]」
「[いつものように、笑ってほしい。美しいあたしを見て、笑って欲しい。]」
「[どうか泣かないで。]」
『チカコさん!!』
「!」
大きな声に呼ばれ、智香子は目を開ける。
目の前にはエフィエルシー。
青い顔をした彼女は、智香子の意識が戻ったことに安堵して、ほっと息を吐いた。
「ここ、は…」
まだぼんやりする頭のまま呟いたところで、智香子は飛び起きエフィエルシーの肩を掴む。
「体調は?!」
掴まれたエフィエルシーは驚いていたが、安心させるための笑顔を浮かべ、智香子の手を取る。
『大丈夫。おかげで元気になりました。ここまで運んできていただき、本当にありがとうございます。』
今度は智香子が脱力をする番だ。
息を吐き辺りをみれば、そこは花畑の中ではない。
花畑から離れた木の影の中。
離れたところに花畑と森の入り口が見える。
そして逆の方向には丘があるようだった。
『ここに来ると、なぜか元気が湧くような…。そんな気がして、落ち込んだ時や辛い時には来ちゃうんです。』
確かにと木の影から見える景色に智香子は納得する。
何かに包まれているような、安心感があった。
「あの三人の妖精はどうなったの?」
その質問はエフィエルシーに宛てたものではない。
自分たちへの質問だと分かっているのだろう。
エフィエルシーの周りを飛んでいた小さな妖精たちは、ふわふわと浮かんで智香子の前にやってくる。
何かを言う訳ではない。
ただ、こちらを向いているだけ。
それだけなのに、智香子は背筋がゾッとした。




