第67話:顔が赤くなるのには理由がある③
服を手で洗いながら、智香子は自分に仕方のないことだと言い聞かせた。
エフィエルシーは他にも勿論服は持っていたが、他の物は智香子が着るとなると地面に裾が付いてしまったのだ。
身長は変わらないのになぜ、と思えば、エフィエルシーの周りにいる妖精たちが浮かせているよう。
結果、唯一地面に裾が付かないこのフワフワキラキラの服を着るしかなかったのだ。
因みにレッドフィールド家では上下が分かれた、裾がきゅっと狭まったパジャマを着ている。
上の服を洗い終え、最後のズボンを洗おうとしたところで一息つく。
聞こえるのは木々のざわめきと楽しそうに体を洗う彼らの声だけ。見えるのも同様のものだ。
じゃれあう様子は、お互いを心から信頼し受け入れているように見える。
「…あなた達は、妖精は、きっと、家族や友人、仲間のことを純粋に大切にするんでしょうね。」
ポツリと呟かれた智香子の声はエフィエルシーに届いたはずだ。
しかし何も言わない彼女に不思議に思い見てみれば、その目はどこか分からない遠い遠い所を見ていた。
『……そんな、キレイな、愛情は、本当にあるんでしょうか。』
「え?」
今まで聞こえなかった慌てた音が智香子の耳に入る。
なんだと見てみれば風音がこちらに勢いよく飛んできていた。
『逃げろ、人間!』
「は、なにを」
突然、と続けられる言葉は爆発によって遮られる。
上がる土埃。咳き込むのは智香子だけ。他の者たちはすでに臨戦体制に入っている。
ようやく視界がひらけた頃。
『こんな所に逃げてやがったか、エフィ!』
『族長の娘がなんと寂れ廃れた場所で生活して…。私胸が熱くなります…。』
『やだ、見つからないから、てっきり♡って思ったのに〜。残念。』
現れたのは三体の妖精。
大きさは智香子と同じくらいか。
『せっかく水浴びさせてあげたんだから、お礼の一つでも言うものだと思うんだけど、やだ、分からなかったの〜?』
クスクスと笑う三体。その言葉に智香子はエフィエルシーを川に落したのは彼らだろうことが想定出来た。
『あ!人間!』
エフィエルシーの様子を見ようとしたところで自分のことに話題が変わり智香子の体が小さく震える。
『魔力なし魅力なしの人間ではないですか…。私頭が熱くなります…。』
『えー、お前価値なし人間と一緒にいるのヤバくね?あでも、不足者のお前とはお似合いか!』
上空で笑う彼らに腹が立つ智香子だったが、動いたのは智香子ではない。
エフィエルシーだった。
『や、そ、その口を、とじ、閉じろ!こここの人は、ただの人じゃなくて、我が深淵より招き、入れた、大切なきぁ、客人で、』
『とじ、閉じろ!』
『こここの人は〜、あはははは!』
『相も変わらない呂律の回らなさ…。私拳が熱くなります…。』
『ぅ、大切な、客人だ!侮辱するのなら、我が神より授かりし、大いなる力で、貴様らを、きさ、貴様らを、』
『なんだよ?』
『っ、!』
震える体を何とか立たせていると言った彼女に向けられる、6つの鋭い目。
殺意と言っても過言ではないその視線に智香子は先ほどのエフィエルシーの言葉ではなく、何故かユースティースと彼のそばにいた妖精たちのことを思い出した。
三体のうち一体がゆっくり降りて来てエフィエルシーの前で止まる。
体は浮いたままであるので、エフィエルシーを見下す形となった。
顔を覗き込むように、妖精は体を曲げた。
『お前みたいな不足者が生きていられるのはお前の力じゃない。族長のおかげだ。お前の親の力で、お前の力じゃない。羽もなく、自力も扱えない、自分の責任さえ負えない、ないない尽くしの不足者はいい加減、全部族のためにも生まれ変わって新しい存在になった方が良いんじゃないのか?いや、その方が良い!だから、僕たちが生まれ変わらせてあげるよ。』
にこりと笑う顔は可愛らしいのに、ゾッとした。
生まれ変わりとはなんだ。
先ほど教えてもらった変動や入れ変わりと何か関わりがあるのか。
自力とはなんだ。
なぜ彼らはエルシーを攻撃するのか。
『もしお前がまた不足者として生まれても、僕たちがまた教育をしてやる。そして、まただめだったら、また生まれ変わらせてあげるよ!』
エフィエルシーの前にいた妖精は、浮かび上がって再び他の2体と並ぶ。
嫌な感じがする。
これは、危険だ。
「エルシー!」
彼女の前に飛び出せば、視界を覆う赤、青、水色。
燃え上がる炎の塊。
遠くの空が透けて見える水の塊。
周囲の木々を切りつける風の塊。
それらはどんどんどんどん大きくなり、やがて空が見えなくなる。
もしかして、などと考える必要はない。
彼らはエフィエルシーを殺す気でいる。
目の前の光景に圧倒されつつも思考を巡らせていた智香子の背が強く掴まれる。
『は、に、にげ、にげ、て』
胸あたりを握りしめて、エフィエルシーが苦しみを耐えながら訴える。
『にげて!』
「この状況で貴方達だけ置いて逃げろと言っているの?出来るわけないでしょ。」
『っ、わたしたちは、いいんです!また生まれ変われます!』
「だからその生まれ変わりってなんなのよ!」
一歩も引かない2人。
エフィエルシーが苦しんでいることで、智香子の方が優勢であった。
ド、と智香子の脇腹に衝撃が走る。
ひどい痛みはなく、みればどこかへ行っていた風音がいた。
『にんげん!なにぼーってしてる!さっさとにげろ!ノロマ!』
「ちょっとあんた。ノロマって言葉どこで知ったのよ。」
智香子の脇の服をグイグイと引っ張る風音の力が思ってる以上に大きく、エフィエルシーの力も合わさって智香子の体が徐々に動き始める。
何とか耐えようと踏ん張るのだが、風音が風で邪魔をしているのか地面の砂がサラサラとしていて踏みとどまれない。
前にはこちらを殺す気満々の三体の妖精。
後ろには逃がそうと力付くで動かしてくるエフィエルシーと風音。
皆が無事に逃げ切れるにはどうすれば良いとグルグル考えている間にも、目の前の三つの塊は大きくなってやがて止まる。
それは攻撃の準備ができたということ。
目が合った3体の妖精の目は、先ほどよりも強い憎悪と嫌悪が混ざり合ってさらに強い殺意を宿している。
血の気が引いていく。
無意識に、背後の妖精達を守ろうと腕を広げた。
『オヤ』
『フーン』
『イヤッ』
「え」
目のすぐ横を通り過ぎていく4つの光。
柔らかい光の奥で、誰かが笑う。
『ワタシハイイトオモウゾ』
光は素早く3体の妖精に近づいた。
『うわっ、何だ?!これ!』
慌てふためく彼らの意識がそれ、宙に浮いていた塊は消える。
チャンスだ、と智香子はエフィエルシー、風音を連れて走り出す。
待てと叫ぶ声を背に、目的地もなく逃げた。
エフィエルシーは自分の手を引っ張り走る智香子の背をぼんやり見ながら思った。
『本当に我々妖精の中に、特に理由もなく、ただそうであるからという理由だけで、純粋に愛する心があるのなら、』
智香子が繋ぐエフィエルシーの手が急に重くなる。
「まだよ、走りなさい!もっと遠くまで逃げないと、」
ドサッ
音の正体は倒れたエフィエルシーだった。
駆け寄る智香子の声だけが、彼女の耳に聞こえる。
純粋に愛する心
もしそんな物があるのなら、
『純粋な愛の心で、私の願いを叶えてくれませんか』




