第4話:レッドフィールド家との出会い③
思わず叫んだ智香子に、カロラスとベネッタが不思議そうに首をかしげて「そうだ。」と言った。
「なんだお前、魔法も知らないのか?」
「いや、魔法って物語のものじゃないの?」
しーんと、空気が冷えた。
お互い、自身の”普通”が相手に通じていないことを感じているからだ。
「とにかく、座る。」
今だ立ったままのカロラスにベネッタが声をかけたことで、空気がほんの僅か暖かく感じた。
そして智香子を挟むように座った二人は、干し肉を歯で当たり前のようにかみ砕いて食べている。
その様子を呆然と見ていると、先ほどの話に戻される。
「魔法が物語のものって、どういうことだ。お前のいた国では魔法がなかったってことか?」
「ん~~~、国どころか、世界中どこに行っても魔法を使える人はいなかったわ。」
という智香子の言葉に二人は興味を持ったようで、質問攻めにあい、結局異世界から来たということを言わざるを得なかった。
「………………ということよ。」
ずっと喋ったことで疲労がたまった智香子と、智香子から聞いた”異世界”のことに興奮した二人。
「魔法がなくても動く馬車………。」
「立つだけで開く扉………。」
「すごい!」「すごいな!」
「はは………ありがとう………私が作ったわけじゃないけど…………。」
今もなお、智香子から聞いた話を二人で話し合っている。
それにしても、と智香子は思った。
異世界から来たと言っても信じてもらえないと思っていたのに、あっさり信じてもらえたな、と。
(不思議な感覚…………。)
また、ちょっと心配になりもした。
人の話を簡単に信じてしまう二人が、これから先騙されたりしないか。
すると意識がぼんやりとして、体がフワフワとする。
(ねむ………。)
瞼がゆっくりと落ちていく中、カロラスが思い出したように訊ねてきた。
「なぁ、いまさらなんだけど、名前ってなんていうんだ?」
沈みかけている意識をなんとか浮上させて、
「ち……か……………。」
彼女は眠りについた。
*
スースーと静かな寝息が耳に入る。
カロラスとベネッタは、隣で眠る、少女に見える二十歳の智香子を見つめた。
「チカ………チカ、か。」
「可愛い名前。」
そう言って二人は、智香子の頭をなでる。
さらさらとした肩にかかる程度の黒髪に、肌触りの良い素肌。
ふと、思い出したようにカロラスがベネッタに言う。
「やっぱ、良い奴だな。チカは。俺たちが騙されないか心配してくれた。」
その言葉に、ベネッタは思わず口角を上げる。
「うん。チカの方が騙されやすい。」
めったに笑わない姉に、カロラスは驚き、そして似たように笑った。
「兄さん、帰って来るの遅れるって言ってたんだって?」
「執務がまだ終わらないって。明日………今日。の夕方には帰ってこれるって言ってた。」
「で、姉さんは遠征に行ってるからまだしばらくはかかる、と。なるほど。」
そこで二人は、同時にあくびをした。
ベネッタは思い出すように宙を見つめた。
「チカは、初めて会った時から変わってたね。」
思い出すのは、父と母が家に帰ってきた時のことだ。
その時は日常ではなかった。
なぜなら、二人は小さな眠る少女を腕に抱いていたからだ。
今までにも、捨て猫や捨て猪を拾っては育てることをしてきたが、人間を拾ってきたのは初めてだった。
その人間は変わった服を身にまとっているも、寝息を立てて眠りについており、警戒対象のはずなのに気がゆるんだ。
すると母が言った。
「カロラス、ベネッタ。今日から新しく我が家の一員になる子よ。」
「仲良くしてあげてね。」という母の声は聞こえていたが、その時の二人の耳には入っていなかった。
少女が涙を流したからだ。
慌てて父の腕の中にいた少女を自分たちが抱きかかえる。
そのまま自分たちが眠っているベットへ行き、少女を寝かせた。
そして部屋を退室しようとしたのだが、少女はベネッタの裾を離そうとせず、一緒に寝ることに。
カロラスよりもベネッタよりも身長の低い少女。
その軽さと柔らかさに、十にも満たないだろうと推測をする。
しばらくじっとしていると、少女が再び涙を流した。
シトシトと、布を濡らす涙に二人の体は自然と動き、カロラスは少女の体を包むように、ベネッタは少女の涙を己の胸で受け止めるように抱きしめた。
少女の体温は暖かく、二人はいつの間にか眠りについていた。
ベネッタは、ミルクを温めたモノをカロラスに手渡す。
喉に流すと体温がわずかに上昇して心地が良い。
「母さんを見た時の驚きようも面白かったよな。」
「ね。」
そして眠くなってきた二人は、少女―――智香子にくっつき、眠りにつく。
その時二人は思った。
これから先、眠るときは絶対チカと一緒に眠る、と。