第66話:顔が赤くなるのには理由がある②
落ち着きを取り戻すために冷えたお茶を一口飲む。
智香子は下級妖精を見て、名前を知らないのは不便だと思った。
「ねぇ、あなた。」
話しかけられた下級妖精はお菓子を一旦置いて目の前に飛んでくる。
「名前はなんて言うの?」
『なまえ?ないよー。』
ないのか、と驚く智香子に妖精が答えてくれる。
『妖精は基本名前を持ってはいないんです。持っているのは、最上級か妖精王のみ。上級、中級、下級の妖精は名前を持たないことがほとんどです。』
「それは理由があるのかしら?」
『最たる理由としては、変動が激しいからです。』
「変動?」
『入れ変わりのことです。上級以下は力が弱くすぐに死んでしまうので、名前を付けても意味はないと考えられているんです。それでも、契約者から名前を貰う妖精や、育手から名前を貰う妖精もいますが。」
ちなみに育手とは親のような妖精のことである。
それにしたって、名前がないのはやはり不便だ。
そこの、とか。おい、とか。自分がそう呼ばれた場合、嬉しいとは思わない。
「名前、欲しい?」
智香子からの質問に、下級妖精は首を捻る。
首を捻った方向と同じ方向に体を傾け、ゆっくりと上昇しては降りてくる。
『わからないー』
それはそうか、と智香子は思った。今まで名前なしが当たり前だったし、なくても生活ができていたのだから。
「どれくらい一緒にいるかは分からないけど、あなたをどう呼んだら良い?」
『わからないー』
「なら、私が好きに呼んでもいいかしら?」
別に構わない、と頷く下級妖精。
しかし智香子はすぐに呼び方を決めることは出来なかった。
それは、過去に兄から言われた言葉があったからだ。
中学校に入ってすぐのころ、近所に引っ越してきた老夫婦が猫を飼い始めた。
たまに餌をやりに行っていた智香子と智基は、猫の名前をまだ付けられていないと言う老夫婦の話を聞き、では自分たちが名前を考えると申し出たのだ。
名付けは始めてだった智香子が、熟考の上で出した名前。
シャイニングカリカリ
「智香子。お前は何かに名前をつけるときは既存のモノからつけろ。」
結局猫の名前はキャリーになった。
以来、智香子は名前を付ける際は、パズルだとか靴下だとか、何かモノから付けるようにしている。
下級妖精は風を操る。フワフワしていて、可愛い。
可愛くないところもあるが、他の妖精たちと比べて親しくしてくれている感じがある。
いたづらが好きで、楽しそうに笑ったり、めちゃくちゃ怒ったりする。
考えれば考えるほど、智香子は呼び方に迷ってしまう。
思い出したのは高校の時のとある同級生の名前。
「かざね、と言うのはどう?」
『かざね?』
「風の音という意味よ。」
すると気に入ったようで、下級妖精、改め風音は、自分の名前を繰り返し口にしながら飛び回る。
別に性格が似ているわけではないのだが、初対面の時の感じが似ていたので、名前を拝借させてもらおう。
エフィエルシーの視線を感じて見てみれば、寂しそうな目。
すぐに笑顔へと切り替えたが智香子は気になった。だが尋ねる前にエフィエルシーが席を立ったのでそれは叶わなかった。
『実はチカコさん、丸一日意識がなかったんですよ。』
「い、一日?!私そんなに寝てたの?!」
くすくすと笑うエフィエルシー。
簡単に建物の中について説明してくれる。
そこで何かを思い出したように慌てて扉へと走った。
確か外へ出るための扉だったはずだが。
「どうしたの?」
『チカコさんのお世話をしていたので、ずっとあの子たちのことを放置していたのを忘れてました!怒られます…!』
ガチャ、と扉が開いたと同時に入ってきたのは四色の光。
素早い四つの光はそのスピードを一切緩めることなく、エフィエルシーの腹に突っ込む。
彼女は案の定、『ぐふぅ!』と音を立てて背中から倒れ込んだ。
「な、何?!」
駆け寄ろうとする智香子を、風音が止める。
まるで守ろうとするような動き。
その二人の前で、アイテテテ、と体を起こしながら、エフィエルシーは自分の腹の上にある四色の光を撫でた。
『ごめんなさい、遅くなっちゃって…』
赤、青、黄、水。
撫でられている黄以外の光が浮かび、エフィエルシーに何度もぶつかっていく。
攻撃、というには緩い、ただのじゃれあいにも見える光景。
動きを止める智香子と風音。
『こ、この子たちは、ァイタ!む、無害、で、イタタタタタ!痛いです!痛いです!』
どう見ても無害には見えなかった。
じゃれあう光が気になりじっと見つめてみると、羽らしきものが見える。
「?妖精…?」
智香子の呟きが聞こえたエフィエルシーは頷く。
自分の態勢を整え、ポーズを取った。
『我に付き従い、我の命を忠実に遂行する。古の契約により魂を共にする我が眷属である!』
フンっと嬉しそうに息を吐くエフィエルシーだったが、次の瞬間にはまた光たちに攻撃されて『イタ!痛いです!』と涙目になっている。
ようやく落ち着きを取り戻し、今度は外へと連れ出された。
周囲は森に囲まれた一軒家であり、畑などはないのだがレッドフィールド家を思いださせた。ユースティースの家もそうだが、妖精の国の住人は皆、自然に囲まれながら生活をしているのだろうか?
『いえ、中級以上の妖精たちは、基本的には街中で生活をしていますよ。下級妖精はそもそも住居というものを持たないので、好きなところで暮らしていますが。』
「あら、そうなの?」
川で水を汲みながらエフィエルシーは『はい』と頷く。
少し離れたところで風音と妖精たちが遊んでいる。
『妖精は自然的な生き物なので、花が咲いた、水が流れた、といった自然が増えることで新たに生まれます。ですが妖精が互いを愛することで、命が芽吹く場合もあるんです。そういった妖精は人間で言うところの家族というものになり、生活を共にします。』
エフィエルシーを真似て智香子も渡された桶に水を汲む。
桶は二人が持てる大きさではあるが、やはり重く、足が持たつく。
あれ、軽くなった?と思えば、風音が風で支えてくれていた。
エフィエルシーの方を見てみるとそちらも妖精の手を借りているようだった。
「あなたの周りにいる彼らは妖精…なのよね?」
羽は見えるが、それ以外のところは光に埋もれているのか見えない。
光に羽が生えている感じだ。
風音が下級妖精であるならば、姿が違う彼らはまた別の妖精なのか?
『彼らは、下級・中級・上級・最上級、そして妖精王の内、下級に分類されますが、実態はあまり分かっていません。何が好きだとか嫌いだとかの意思はあるようですが、言葉を話すことはできませんし、下級妖精にしては小さすぎる。私としては、生まれた時からそばにいる彼らのことを知りたいとは思うんですが…。』
「生まれた時から?それは妖精にとってありふれたことなの?」
『ありふれたことではありませんね。前例がないから、より分からないとも言えます。』
家の近くまで来たところで桶を置くように指示される。
少し待つように言われてその通りにしていると、数着の服を持ってエフィエルシーが帰ってきた。
服を地面に置き、両手を広げる。
『さぁ、我が眷属よ。その身を守りし衣を脱ぎ捨て、神の使者である我に身を委ねよ。』
すると妖精たちがモゾモゾと動き出し、エフィエルシーの右手に小さな服を、左手に自分の体を乗せる。
服を智香子の桶に入れ、エフィエルシーは妖精たちの体をもう片方の桶で洗う。
光の様子しか分からないが、気持ちよさそうだ。
優しく彼らを洗う彼女は、自分を見つめる智香子に気付き、何かを思いついた顔をした。
その後、智香子は服を脱がされて、白色のフワフワとしたレースがふんだんに使われているネグリジェを着用していた。
服自体は可愛いとは思う。エフィエルシーが着ればとても似合うことだろう。
しかし智香子には似合わないだろうことがハッキリと分かっているだけに、エフィエルシーからの『可愛いです!』という褒め言葉に対して微妙な笑顔しか返せないし、今も無の心、無の表情で、自分が着ていた服を洗うしかないのだ。
ちなみに風音は智香子を一瞥した後、バカにしたように鼻で笑っては何処かへと飛んでいってしまった。




