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転移小人の奮闘記  作者: 三木 べじ子
第1章
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第65話:顔が赤くなるのには理由がある

場所は学校。時間は恐らく休み時間。

教室の中で机に座った智香子は、クラスの友人たちが自分を囲んで何か楽しげに話しているのを見て、すぐさま悟った。


これは夢だ、と。


はっきりしない頭で周囲を見れば、所々で景色がぼやけて見える。


次は公園。

目の前を走り去る子供を目で追いかけて、横にいるだろう親友に「アイス食べたくなったわ。」と告げる。

想像通り、隣にいた親友は「唐突だな」と笑いながらも、一緒にアイスを買って食べてくれた。


次はどこかの屋上。

目の前には親友。

どくり、と心臓が嫌な音を立てる。

音はずっとそのままで、うるさい。

親友が何か言おうとしているのに、これでは聞こえない。

大丈夫。大丈夫だ。

これは夢で、()()死なない。


しかし彼は屋上の端に足をかける。

だめだと叫びたいのに、口を開けるのに時間がかかる。


だめよ!そんなことしないで!わたしはそんなののぞんでないわ!


親友の、形の良い口が弧を描いた。

バレンタインデーでチョコを段ボール10箱分をもらった男の顔はどこも整っている。


「智香子。」


そう言って親友は背中から落ちる。

息が詰まった。

なぜ。

どうして。


悲鳴を上げる直前、晴馬がこちらに手を伸ばす。

すると思い通りに動かせなかった体が引き寄せられ、ゆっくりと落ちていく晴馬の腕に抱えられていた。


驚く智香子の顔を覗き込み、彼はニヤリと笑う。


「先行ってろ。すぐ行く。」


「え」


ふわり


「ぇ、え、ちょ」


下から強い風が吹き、智香子の体を上へ上へと押し上げる。

晴馬はゆっくりと落ちていくのに。


「は、晴馬!」


一緒に引き上げたいのに、風が強すぎる。

どんどん離れていく二人。

上って、上って、智香子は夢からの覚醒を理解して、目を閉じた。




「…―――智香子。早く、会いたいー――…」




『起きろ、人間!』


強烈な風に頬を叩かれ、智香子は目を覚ました。

どう考えても良い目覚めとは言えない。


のっそりと体を起こした智香子は、痛みで赤く染まる頬をそのままに、目の前で仁王立ちをする風の下級妖精へ叫んだ。


「痛いわよ!」


起こしてやったんだから感謝しろと言う下級妖精と、起こす方法を考えろと怒る智香子。

二人の言い争いがヒートアップしていっている中、パタパタと足音が近づいてくる。


部屋の扉が勢いよく開かれて現れたのは、一人の妖精。

茶色の髪。そして同じ色の目。

可愛らしい顔立ちに似合う緑の服を身にまとう。


「あなた!」


川で溺れていたはずの妖精であった。

急いで来てのか整っていない呼吸のまま、妖精は智香子の姿を確認して安堵の息を吐いた。


『よかった、目を覚ましたんですね!』


柔らかい花のように笑う、智香子と同じ大きさの妖精。

かわいいなと、下級妖精との言い争いで荒んでいた心が浄化されるような気分になっていた智香子。


しかし、笑顔を浮かべていた妖精は何かに気づき、慌てて咳払いをする。

ポケットの中から取り出されたのは、細めの布。

布で目を覆った妖精は、片方の手を眼前へ、片方の手で肘を支えるようにして、立つ。


『我が力によって目覚めし者よ…我を助けたこと、ここに感謝してやろう!』


目の前の光景に、智香子は一時固まった。


次いで、記憶の中のある時期が呼び起こされる。


小学校高学年から中学校卒業までの間の発症する、あれ。

己をこの世の中心と思ったり、特別な力があると思ったりする、あれ。

人生において黒歴史となりうる確率がほぼ100と言っても過言ではない、あれ。


所謂、厨二病。


智香子自身が発症したことはない。

しかし、兄である智基が発症したことはある。


智香子は知っている。


本人が後々、彼女にその時期での出来事を親にバラされて一週間くらい引きこもったことを。更に、周囲への共感性羞恥を。


智香子は、知っている。


事態が飲み込めた智香子は、自分にひたすらに言い聞かせた。


(落ち着くのよ、智香子。)


ここで取り乱しても意味はない。

彼らは発症している間、他の人間からの言葉を鵜呑みにすることはないのだから。

精々「凡庸な人間が何かほざいている」的なことを考えているのだから(事実智香子は同級生からこの言葉を言われている)。

だからこれは、自然解消するのを待つしかない。

彼らが諸々に気付くまで、見ている側には何もすることはできないのだ。

出来ることといえば、後々のために記録をしておくことくらいである(智香子の両親はそうして楽しんでいた)。


だがいくら自分にそう言い聞かせても、難しいものは難しいものである。


じわじわと自分の頬が赤く染まるのを止められない智香子に、下級妖精が心配そうに風を送ってくれる。

ありがとう、と伝えて、智香子は目の前の妖精に対して手を挙げた。


「ひとまず、落ち着いて話したいのだけど、どこか場所はあるかしら?」


『はい!ぁ、じゃなくて、もちろんだ!我について来ると良い!』


智香子が寝かされていたのは客室で、少し歩いた廊下の先にリビングがあった。


『ここ座ってくださ…ぁ、えっと、この席は、選ばれし者にのみ許されたもの…そなたにはその権利を授けよう。我と共に席につけることを感謝し、その身を深淵へと沈めるのだ!』


目を布で覆った妖精。すぐそばに机の角があることに気づかず、腕をぶつけてしまう。


『うぐぅ!』


「?!何やってるの!?」


駆け寄り妖精の布を取ると、痛みに耐えられずに涙を流している。


「てっきり見えているかと思っていたけど…見えてなかったのね。」


『うぅ…すみません…。』


「見えていないと分かっていながら目を隠すなら、どうなるか簡単に分かるでしょ。一体あなたいくつよ。」


智香子からの言葉に妖精は更に呻く。

しかし、ぶつけた腕を優しく摩ってくれる智香子。

妖精の視線に気づいた智香子は、「何?」と尋ねる。

鋭い声に、視線。

智香子への恐怖心に体を震わせて『いいえ!』と首を振り、大人しく智香子に体を預けた。


痛みが無くなった妖精と席につき、机の上に用意された菓子とお茶を飲む。


「なんで目隠しをするの?」


机の上に置かれた、布切れ。

先ほどまで妖精の目を隠していたものだ。

その近くで下級妖精は菓子を頬張りながら幸せを噛み締めている。


妖精はカップを両手で持ちながら、視線を彷徨わせた。


『か、カッコいいかな、って、思いまして…。』


「それで怪我したら元も子もないじゃない。」


『うぅ…それはそう、です…。』


先ほど、厨二病が発症している者に何を言っても意味はないと思っていたが、智香子は目の前の妖精には言葉が通じることに気付いた。

彼女は諸々に気づいていながら、厨二病に掛かっていると言うことなのだろうか。


『そういえばお互いの自己紹介がまだでしたね。』


「あら、そういえばそうね。」


初対面があまりにも強烈すぎて自己紹介のことをすっかり忘れていた。


「私は智香子よ。」


『チカコ、さん…。チカコさん、ですね。改めて、川で溺れていたところを助けてくれて、ありがとうございました!』


「構わないわ。結局私も意識を失ってしまって、こうして助けてもらったんだもの。お互い様よ。」


『あ、それなんですけど、私が意識を失ったのは滝に落ちた瞬間で、次には陸で寝ていたんです。』


チラッと妖精が見たのは、お菓子を頬張る下級妖精。

視線に気づいた下級妖精は、何?と首を傾げた。


『恐らくこの子が助けてくれたんだと思うんですけど…。』


「そうなの!あなた凄いわね。助けてくれてありがとう!」


しかし更に首を傾げる下級妖精。

どうしたのだろう。


『あの、もしかしたら違うかもしれないんです。』


「どういうことかしら?」


自分への視線がなくなったため、下級妖精はまたお菓子を食べ始める。


『近くにいたのはこの子だけだったんですが、下級妖精には、私たちの重さを浮かばせるだけの力はありません。だから、他の誰かが助けてくれた可能性が高い。でも、私が目を覚ましたときに風で濡れていた体を乾かしてくれていたので、助けてくれたのは違いない、と言うことで、助けてくれた、と言いますか。』


言いながら、なぜかどんどん涙目になる妖精。


「そういうことね。」


再度、智香子は下級妖精にお礼の言葉を伝える。

変わらず不思議そうな下級妖精だったが、目の前の妖精は安心しているようだった。

どうしたのか?と尋ねても答えずに『なんでもありません。』と曖昧に笑うだけ。

答えたくないことを無理に聞くことは出来ない。


「そう。」


お茶を飲んだところで、そういえば名前を聞いていなかったことに気づく。

智香子が尋ねようとした時、妖精は席を立った。


何か取りに行くのだろうかと思ったが違った。

妖精は地面に足をつき、自分の服の裾を持って、綺麗なカーテシーを披露する。


思わず見入る智香子。


『紹介が遅れました。私はエフィエルシー。どうぞ気軽に、エルシーと呼んでください。」


海外映画を見ている気分だった。

しかし、カーテシーを終えた達成感に気が緩んだエフィエルシー。

席に着こうと足を動かした時、足がもつれて倒れ込んでしまう。

更に机の端で頭を強打。


『うぐぅ!』


「何やってるの?!」


席から降りて駆け寄る智香子と蹲るエフィエルシー。

二人の様子を眺めながら、下級妖精はお菓子を頬張った。

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