第62話:可愛い物
葉っぱの山の下からなんとか抜け出して、現在。
「いや〜、ごめんね…。」
「謝るくらいなら真っ直ぐ前を見て歩きなさい。転ばれても迷惑よ。」
妖精の国に突然来てしまった智香子は、偶然出会った人間ユースティースに連れられ、森の中を歩いていた。
『ユースティースにわるいこというな』
『まりょくなしのくせに』
『みりょくなしのくせに』
ユースティースにベッタリくっついている妖精たちから睨まれながら。
ただでさえ、歩幅の違うユースティースに合わせて歩いているため疲れてきてるのに、なぜ妖精たちから文句まで言われなければならないのか。
おかげで更に疲れる。
「本当にごめんね…。」
申し訳なさそうなユースティースの声も、妖精たちの声によりほとんど聞こえない。
歩いているというよりもほぼ走っている状態の智香子。
横にいる下級妖精が顔を覗き込んでくる。
『つかれたー?うかぶー?』
風を操ることができる下級妖精のようだ。
浮かぶ…。
それはとても魅力的な誘いに聞こえた。
浮かべばユースティースに合わせるためにと走らなくても良い。
しかし、智香子は首を振る。
「いらないわ。それより自分の心配でもしてなさい。他人を助けて疲れて動けなくなるなんて、情けなさすぎる行為なんだから。」
『うん…。』
断られたと項垂れる下級妖精。
それでも離れることはなく、近くを飛んでいる。
少し進んだ先で、ポツリと智香子は口を開いた。
「…もう動けないってなった時には、浮かせてもらうから。私の力になれるよう、精々体力を温存しておくことね。」
『…うん!』
項垂れ気落ちしていたはずだが、すぐさま元気になって智香子にくっつき始める。
「邪魔よ!」と払おうとするが全く離れず、智香子は渋々下級妖精がくっつくことを許した。
「…へぇ…。」
目的地であるユースティースの家は、そこから更に15分ほど走った所にあった。
レッドフィールド家よりはもちろん小さい。
ただ智香子からすれば十分な大きさがある。
彼らの身長的には小さめの一軒家は木造で、可愛らしい見た目であった。
「お客様なんて久しぶりだから、嬉しいな。あ、お茶用意するから腰かけて待ってて。」
家の扉を開けたユースティースは中に入り、お茶の準備を始める。
一方智香子は苦しげに呼吸を繰り返していた。
結局ここに着くまで、一度も妖精に頼ることなく走り切った智香子。
頭に浮かぶのはしんどいの四文字だけだ。
他の妖精たちがユースティースにくっついていったため、睨まれることも文句を言われることもないと思っていた。
しかし、隣に浮かぶ下級妖精がそれを許さなかった。
頬を膨らませて地面にへたり込む智香子を睨みつけるその様は大変可愛らしい。
「いまうごけなくなるのはずるい!もっとはやくうごけなくなってよ!そうすればぼくのかぜでうかんでいけたのに!ばか!ばーか!」
「っ、はぁ、はぁ、っゴホッ、はぁ、はぁ」
道中ずっと言われていた文句とは違い、こちらの文句は智香子の体を心配しているように感じて、特に精神的ダメージを受けるわけでもない。
(まぁ、ただ人間を持ち上げたかっただけで、心配はしてないかもしれないけど。)
しかし可愛い妖精からずっと罵られる趣味はない。
息を落ち着かせて、まだ罵倒を続ける下級妖精に手を伸ばす。
「中、まで、運んで頂戴。そんなに元気が有り余っているのなら、私を運ぶくらい、なんてことはないでしょう?」
「…つぎは、あまえても、ゆるさないよ!」
腕を組み怒りながらも、渋々受け入れてくれた下級妖精。
可愛いな、と思っていると体が浮く。
驚き慌てたが、意外と安定した浮遊に徐々に身を任せた。
室内は外観の可愛らしさ通りといった感じだ。
一つの机に二つの椅子。ゆっくり座れるソファ。
光を十分に取り込む大きめの窓。
綺麗な草花がいたるところに飾られている。
程よい大きさのキッチン、奥の方にはまた別の部屋が見受けられ、恐らくだが洗面台や風呂、寝室などがあるのだろう。
床には扉の取手のようなものがある。
祖父母の家で見た物に似ているから、食糧庫か何かだろう。
人が1人で生活をするのには十分のものが揃えられている。
家の中を不躾ではあったが、見回した。
椅子の上に下ろされ、肩に下級妖精が止まる。
「ありがとう。宙に浮くのも、快適と言えなくもないわ。また必要になったらお願いするわね。」
依然怒った姿勢を崩さずにいた下級妖精だったが、智香子の言葉に羽がパタパタと動いていた。
すぐにユースティースがお茶と菓子を手に戻ってくる。
「簡単なものだけど、良かったら。」
「ありがとう。いただくわ。」
こくりとお茶を飲んでみれば、おいしいとは言えないものだった。
しかし今の智香子は走ってきてクタクタの状態。
飲み物であれば何でもおいしく感じてしまう。
温くて薄味のお茶は割と適していた。
次はお菓子だと手を伸ばして食べてみる。
「!」
驚いた。とっても美味しい。
シンプルなクッキーだが、サクッほろっと軽やかで、口の中に入ると溶けて消える。
ちゃんと甘いのに後に引きずるような甘さではない。
「美味しい…。」
こぼれた言葉を聞いたユースティースは「あぁ、それはね!」と嬉しそうに笑った。
「妖精の皆が作ってくれたものなんだよ!」
「妖精が?」
ユースティースの周りを飛ぶ妖精たちに目を向けてみれば、にらみつけられる。
『なに、にんげん。わたしたちがつくったことにもんくでもあるの!』
『もんくあるならたべるな!』
『たべるな!』
近づいてお菓子を取り上げられそうだったから、智香子は手に残っていた余りを素早く口の中に放り込んだ。
やはり美味しい。
きちんと飲み込んで近くに来た妖精たちと目を合わせる。
「さっき私が言った言葉が聞こえていなかったのかしら。美味しい。そうはっきり言ったのよ。それともあなたたちには、魔力なしは魅力なしな私の言葉なんか聞こえないとでも言うの?」
『そ、そんなこといってない!』
『でも、ぼくらがつくったっていったら、たべるのとまった。』
『たべるのいやってことでしょ!』
ふよふよ浮かびながら自分たちの感情のままに行動する下級妖精たち。
怒っていながらも、拒否されるのを恐れているように感じた。
「変なことを妄想しないで頂戴。私はただ驚いただけよ。その小さな体で、こんなに美味しいものを作れるのね、って。この軽さも、くちどけも、味も、すべて私好みよ。出してある数個を全部食べてしまいたいくらいだわ。」
自然と笑みを浮かべる智香子の様子から、本心で言っていると分かった妖精たちは羽をパタパタと動かす。
「あぁ、もしかして。」
なんだと智香子を見れば、にやりと笑った顔。
「自分たちが作ったものに自信がなかったのかしら。だから私が食べようとするのを防ごうとした。あら、それならそうと早く言ってくれればよかったのに。安心させる言葉の一つや二つくらい、いくらでも言ってあげたわよ?」
馬鹿にされていると感じた妖精たちは早かった。
『じしんないわけない!』
『わたしたちがつくったのはおいしい!』
怒りながら智香子に食って掛かる。
騒々しい声を止めるために、飛んでる数匹を鷲掴みにする。
「なら堂々としていなさい。さっきも言ったけど、このお菓子は凄く美味しいわ。作り手である貴方たちが作ったものを否定するんじゃないわよ。」
静かになったなと掴んでいた数匹を放して、またお菓子に手を伸ばす智香子。
美味しいと顔を綻ばせる彼女を尻目にユースティースの元まで飛んでいく妖精たち。
彼の背に隠れるようにしながらも、その羽はパタパタと動き、目は智香子を追っていた。
一通りお菓子を堪能したところで、智香子は本題だと身を乗り出す。
「改めて、私は智香子というわ。本来であればカタールに行くところだったのだけど、意図せずこの妖精の国に来てしまったの。そこで、ユースティースさん。私が元の場所に帰る方法はあるかしら?」
智香子に出されたお茶と同じ、温くて味の薄いお茶を飲みながら、ユースティースは優しい雰囲気を崩すことなく答えた。
「あるよ。」
「!それは、」
「でも、今すぐは無理だね。」
今すぐは無理。
理解ができずに固まる智香子。
ユースティースは困ったように眉を下げる。
「この妖精の国への入り口は定まっていないんだ。数秒で変わるものもあれば、何十年も保たれるものもある。」
「なら、一つくらい見つかっているはずでしょう?」
「うん。一つは見つかってるよ。それは、国儀が執り行われる場所の真ん中。妖精女王がかつて白の民を追い払ったといわれている、タティーピト。歴史にも刻まれるそこは、妖精王たちの力を合わせてずっと入り口としての役割と維持している場所なんだ。でもね、タティーピトは国の中心。しかも国儀が執り行われる神聖な場所なんだ。だから警備がすごくて、ただの人間である僕らは忍び込めない。」
タティーピト。妖精女王。妖精王。国儀。
気になることはたくさんあるが、それは後で聞くことだ。
「でも貴方は妖精たちから好かれているわ。教えてもらうことはできないの?」
瞬間殺気が飛ばされる。
それは、ユースティースの背後にいる妖精たちからだ。
彼らを落ち着かせるように「大丈夫だよ」と笑うユースティース。
「君の言う通り、僕は彼らに好かれている。それは、僕が高い妖精親和性を持っているからなんだ。彼らはね、一度連れてきた愛しい人間を、外に出してはくれないんだよ。」
長めの茶色い髪を背でくくり、同じ茶色の瞳で柔らかく笑う。
その背でこちらを見る妖精たち。
智香子は身震いした。
妖精の執着にも、ユースティースの優しさにも。なぜか。
「それにね、小さいころから妖精に好かれていた僕は、彼らに誘われるがまま、この国にやってきた。それからずっとここで暮らしている。この家も、家具も、服も、用意してくれたのは彼らだ。僕はこの生活が好きだし、今更外にぽいって捨てられても、正直困るんだよね。」
ポリポリと頭をかく彼に、妖精たちは慌てた。
『すてないよ!』
『すてない!』
『ユースティースはぼくらのたからだもん!』
『だいじなユースティースだもん!』
「…うん、ありがとう。みんな。嬉しいよ。」
抱きついてくる妖精たちを受け止める顔は、本当に幸せそうだ。
「僕は妖精の国から出る気はないし、彼らも出す気はない。だから入り口の場所は他に知らないし、知ることもできないんだ。」
「ごめんね。」と困ったように、ユースティースは笑った。




