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転移小人の奮闘記  作者: 三木 べじ子
第1章
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第61話:家族旅行③

アリシスは目の前の出来事に呆然とする。


智香子が消えた。


「…どういうこと~?」


ただ分かるのは、あり得ないことが起きているということだけだ。

ここに夫であるクリストフがいれば、何かに気づけたかもしれない。

智香子の風呂敷を取りに行きたいという可愛いお願いに、つい警戒を怠ってしまったのか。いや、そんなことはない。


ここでアリシスが気を抜くことはない。


確かに、気に入った風呂敷を探したい、でも迷惑をかけたくない、それでも見つけたいからと一緒に来るよう言った智香子に可愛いと嬉しくなったのは事実だ。

しかしそれだけで警戒を緩めるはずはない。


一先ずクリストフに連絡を入れ、アリシスは状況の整理に努める。

ここは“妖精の遊び場”である森。

国への入り口は見当たらなかったが、そもそもそれは定まったものではない。

日ごと変化するものもあれば、何十年も変わらないものもある。

ということは、今、現れた”妖精の国“への入り口で連れていかれたのか。


であれば、連れて行ったはずの妖精はどこにいる?


彼らは気に入ったものを自分たちの国に連れていくが、こんな風に突然連れていくことはない。


智香子は魔力がない。

つまり妖精たちから好かれていない。

彼女自身もカロラスと出掛けた先で経験したようで、あまり良い印象を抱いていなかった。

だから連れていかれることはないと思っていたのだが。


妖精親和性が高いカロラスでもなく、智香子を連れて行った。

そこに何か意図があるのだろうか?


足音が聞こえて振り返ると、カロラスを抱えたクリストフが到着する。


「何か分かったか。」


「何も分からないわ~。」


「…それは、不気味だな。」


“妖精の国”の入り口があるこの森の中でいなくなったのなら、連れていかれた先は“妖精の国”であるはずだ。


しかし、条件が当てはまらない。


「っ、なんでオレじゃないんだよ…!」


「こら~!そんなこと言っちゃダメでしょ~!怒るわよ~?」


「ぅ、っ、だって、だって…!」


カロラスの気持ちも理解できる。

カロラスが無理やり連れていかれたのであれば、取り返すのに時間はかかるにしろ、それまでの道筋ははっきりしている。

それに妖精から好かれているカロラスなら害されることもない。

地位もあり、力もあり、知識もある。


しかしいなくなったのは智香子だ。

地位もなく、力もなく、知識は不十分だ。


加えて状況が把握できていない今、むやみやたらに動くことも出来ない。


「アリシス、落ち着け。」


クリストフの声にはっとする。


顔をあげれば、こちらを見る赤と青の瞳。

自分と同じ青の目は、不安そうに揺れていた。


「あら…!ご、ごめんなさ~い!」


むぎゅっとカロラスの頬を掴み揉み込む。

もごもごと何か言いながら嫌がるカロラスを撫でながら、アリシスは心の中で反省する。


いけない。感情が揺れている。

ここに来ると、どうにも落ち着いていられない。


「母さん!やめて!」


ピタリと行動を止めて、アリシスは眉を下げた。


「落ち着きたいのは分かったけど、オレを揉み込まないで。」


「ごめんなさい~…。」


落ち込むアリシスの頭をクリストフが撫でる。


「まず痕跡を探そう。自力や魔法の痕が残っているかもしれない。私はこのままカロラスを抱えて行動するから。いけるな?」


「えぇ。二時間探して何も見つからなかったら、一度カタールに向かいましょ~。」


「そうしよう。」


こんな時、自分の身分が心底嫌になる。

身分という名の鎖がなければ、どこにだって大切なものを探しに飛んでいけるのに。

しかしこの責任がなければ、守れないものがあるのも事実だ。


二手に分かれて何かしらの痕跡を探している中、カロラスが「母さん!」と声をあげた。

なんだと近づけば、クリストフと一緒に川の中を覗き込んでいる。


「何があったの~?」


同じように川の中を覗き込んでみる。

そこにあったものを見て、思わず顔をしかめた。


「これは、…――――」







崖の上に、智香子は一人立っていた。


美しい場所だ。


崖から見える景色は移り変わり、姿を変える。

生い茂る植物や色の変化はいくら見ても飽きそうになかった。

ずっと美しく、ずっと見ていたい。


心の中が満たされた気分だった。


しかし何か忘れている気がする。

そこで気づいた。


自分の隣に人が座っていたのだ。


驚き跳ねる智香子に気づいていないのか、その人は崖から見える景色だけをずっと見ていた。


美しい女性である。

整った顔も、体も、身に纏う不思議に光る服も、背に生える羽も。

全てが幻想的で、物語の中の存在のようだ。

幻想の存在のように思えるのに、智香子はその人を見てなぜか安心した。


崖からの景色は変わり続ける。


二人並んでずっとその様子を眺めていたが、その人が『ねぇ』と口を開いたから視線を向けた。


彼女はこちらを真っすぐに見ていた。

澄んだ声も美しい。


しかし座っていても、頭が智香子の胸辺りに来る。立ち上がったらやはり高身長なのだろう。流石異世界。


あれ?と首を傾げる。


ここは異世界で、ついさっき智香子はアリシスといたはずだ。


ではここはどこだ?


アリシスと一緒にいて、それから、押されて、落ちた。

重い頭を働かせ、記憶を呼び起こす。


ここはどこだ。自分は今、どうなっている。


ふわりと、目の前の女性の羽が風に揺れる。


羽?


夢だ、と思った瞬間、目の前の景色がぼんやりとし始める。

顔が薄れた彼女はこちらを向いたままだ。


『いつになったら、――――』


何かを言った彼女の言葉は聞こえず、視界は真っ黒に染まる。


なんだか顔がかゆい。

もぞもぞする。


鬱陶しい、と思い目を開けた智香子が最初に目にしたのは、空から落ちてくる葉っぱ。

ひらひら落ちてくるもの、ではない。

人を簡単に埋めてしまえるくらい大量の、である。

視界一杯の葉っぱを認識した数秒後。


「はぁ?!」


寝起きにどんなドッキリだ、と思いながらも体は動いた。

まだ意識がはっきりしないからほとんど本能で動いたと言える。


しかし体育2の智香子。

そこまで早く動けるわけもなく、下半身が大量の葉っぱの下に埋もれてしまった。

何とか出ようとする智香子の耳に、聞き覚えのある声が入る。


『あれ?まだいるー!』


『えーなんでー。』


『かくせたとおもったのになー。』


赤、青、黄、水色の可愛らしい見た目と可愛らしい声。


「妖精じゃないの…!」


窒息で死ぬかもしれない状況だったが、妖精がやったというだけでふざけた理由だと分かる。

大方魔力無しの人間を消そうとか見えないようにしようとしたのだろう。

想像できるふざけた理由で殺されかけたことに腹が立ち、思わず地面に拳を叩きつけてしまう。


そこではっとする。


アリシスは無事だろうか?


周りを見渡しても彼女の姿らしきものは見当たらない。

見えるのはフワフワ浮かぶ妖精たちだけだ。


「貴方たち!ちょっと!」


『ん?なに?』


「私のほかに、金髪の女性はいなかったかしら?」


首を傾げて『しってるー?』『しらないー。しってるー?』『しらないー。』を繰り返す彼ら。

どうやらアリシスは近くにいないらしい。

意識を失う前のことは一応覚えている。

先程まで見ていた夢のせいで少しぼやけているが、覚えている。


気になることはいくつかある。

鈴の音、最後に聞こえた声。

とりあえず今はここがどこなのかを確かめて、早々にアリシスたちと合流しなければならない。


(せっかくカタールに家族旅行に行くのに、こんなところでうだうだしてられないわ!)


そのためには。


『あ、チカだー。』


フワフワと飛んでくる妖精。

どこかで見覚えがあるな…と思えば、つい先日ゲットル伯爵領で会った下級妖精ではないか。


「あなた…どうしてここにいるの?」


まさか、ゲットル伯爵領に飛ばされたのか?!と慌てるが、下級妖精はクスクス可愛らしく笑った。


『どうしてって、だって、ここは“ようせいのくに”だよー?ボクらがいるのはあたりまえー!』


「妖精の、国…?」


下級妖精の言葉に呆然とする智香子の耳に、ガサリと音が入る。


「あれ、人がいる…?」


頭に響くような、妖精の声ではない。

普通の、人間の声。


『ユースティース!』


『ユースティースだー!』


智香子の周りにいた妖精たちが一斉に彼の元へ飛んでいく。


「ユースティース?」


『ここでくらしてるにんげんだよー。』


唯一残っていた下級妖精が教えてくれたが、更なる混乱を生むばかりだ。


妖精の国に人間が。

そもそも智香子はなぜ妖精の国に。


疑問は尽きないが、元の場所に戻るためにも、使えるものはとことん使っていく。


そのためには、妖精が群がるこの男性に、助けを求めなければならない。


ならないのだが。


「アハハ、皆、くすぐったいよ~。」


『ユースティース!』

『ユースティースだ~!』


「え、あ、アハハ、ちょっ、ま、」


『ひさしぶりだねー!』

『げんき~?』


「う、うん、元気だから、おち、おちついて!」


『ユースティース!』

『ユースティース!』


「ちょま、まって、押さないで!」


妖精たちに囲まれて、押されて、倒れこんでしまうユースティース。


『あー、たおれたー!』


隣の下級妖精の言葉を聞き、不安になる智香子だった。

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