第59話:家族旅行
約三か月、お待たせいたしました。またよろしくお願いしたします!
揺れる馬車の中、窓の外の景色は美しい。
「チカ、疲れてないか?」
心配そうにこちらの顔をうかがうのはカロラスだ。
「疲れるも何も、魔法で体全体を保護されているから疲れることも出来ないわよ。」
ポンポンと頭を撫でると、「そっか!」と安心したように笑う。
目の前にはニコニコと微笑ましいものを見るような目をした、クリストフとアリシスが座っていた。
しかし馬車の中には四人だけ。
周囲に他の人間の姿はない。
馬車を操る御者はいるが、ダミアンとベネッタの姿は見当たらない。
やっぱり一緒に来たかったな、と思いながら、三日前のことを思い出した。
三日前の朝。
仕事を終えて帰ってきていたらしいダミアンが、煌びやかな笑顔を浮かべて席に座っていた。
寝起きの智香子は眩しいと目を細め、カロラスとベネッタは不気味なものを見るように眉間にしわを寄せた。
カロラスと智香子がレッドフィールド家に帰ってきたのが二日前のことだ。
その翌日、カロラスとベネッタが危惧していた通りのことが起きた結果、三人がプチ家出をするという事件が発生。昨日には家に帰ってきているが、もっと休みたいというのが本音だった。
「三日後、黄の国カタールに行こう!家族旅行だ!」
「「「家族旅行…!」」」
ダミアンの提案に、顔を輝かせる三人。
クリストフとアリシスが朝食を用意しながら笑っている。
智香子がこの世界に来てから数週間。
まだひと月も経ってはいないが、この家近辺からは何度か出た。
しかし、お出かけしては誘拐され、ちょっとついていけば妖精に嫌われ。
旅行というような、その土地の景色や食べ物を堪能するようなことはできていなかった。
「行きたいわ!」
せっかく行くのなら、国の歴史から特産物まで知っておきたい。
知識があるだけで、より一層その国を楽しむことが出来るからだ。
今日の授業で教えてもらおう!とワクワクしている智香子を連れて、しかし同様に旅行を楽しみにしているベネッタとカロラスが洗面台に向かう中、机に焼き立てのパンを置いたアリシス。
「良いの~?旅行、なんて言って~。」
その後ろからクリストフがサラダとおかずを抱えて来る。
「確か一週間後に視察が入ってなかったか?」
おかずは挽肉と畑で取れた野菜を、特製のたれと絡めて炒め合わせたものだ。
本日の料理担当はクリストフであり、このおかずをパンに乗せて食べるのが智香子は好きである。おかずのたれがパンに染み込むと尚更美味しい。
「視察って大げさな名前がついているだけだよ。実際は聖女の代替わりが近いから、後任に変わる前に今の聖女に挨拶をしに行くのが目的。人数規模も少数、それに継承式があるならどっちにしろ行かなきゃいけないんだ。それなら家族旅行として行った方が、色々良いかなぁ、と思ってさ。」
ニコリ、と家族にはまったくもって無意味である、万人が見惚れる笑みを浮かべるダミアン。
真意が分かったクリストフは笑いながらため息を、アリシスも「ウフフ」なんて笑っている。
「どうかしたのかしら?」
さっぱりとした智香子たちが戻ってくる。
寝起きにベネッタやカロラスの魔法でさっぱりできるのだが、冷たい水で顔を洗うのはまた別である。それに寝ぐせなどを直したいのだ。
ベネッタやカロラスは魔法で直せるのだが、基本、「魔法を使わないようにする」ことが、この家でのルールである。
洗面台に立ってわちゃわちゃするのも楽しいものだ。
何を話していたのか分からない智香子とは逆に、分かったベネッタとカロラス。
バッとダミアンから智香子を隠してしまう。
「?どうしたの、ベネッタ、カロラス。」
「「……………。」」
「アハハハッ!何もしてないのに、その避けようは酷くないかな?」
「……チカ、兄さんにはあんまり近づいちゃだめだ。危ない。」
「うん、だめ、絶対。」
「この数秒に、貴方たちの間で何があったの?」
実の兄に対して警戒態勢を崩さぬ二人を不思議に思いながら、好物を前にして智香子は顔を輝かせた。
本人はばれないようにしているつもりのようだが、そもそも顔に出ている時点で隠せていない。
「そんなに喜んでもらえるとは、嬉しいものだ。」
「あら、私がいつ喜んだのかしら。まぁ、お店を開いても良いほど美味しいことは確かよ。」
「フフッ。さ~、食べましょ!」
いそいそと席に着く智香子を見て、ベネッタとカロラスは自分たちの心配を知らない様子にため息を吐いた。
そして三日後の朝。
どうやら馬車を使うようで、最近カロラスの件で馬車を使った智香子は、今後この移動方法が通常化しそうだな、と思った。
荷物を乗せていざ出発。
というところで、ダミアンとベネッタが馬車に乗らずに家の扉の前にいるではないか。
「すまない、チカコ。急遽予定が入ってしまってね、一緒に行けないんだ。」
今回の旅行は、移動往復に四日、滞在に十日の計二週間を予定している。
既に宿は取ってしまっていて、しかもその宿が大変人気だとかで変更できないらしい。
止まる場所を取って貰っている側としては、何も言うことはできない。
元の世界で、当日キャンセルのために満額払ったことがある智香子。
あの時の悔しさ、苦しさは、そう簡単に忘れられない。
当日、仲良し高校メンバー五人の内の三人が急遽体調不良となり、もう一人は事故にあったのだ。
(せっかくの高級ホテルだったのに…二泊三日の、卒業旅行だったのに…。)
不運などと言えるレベルではない。
もちろん旅行は中止、智香子は彼らの元へ駆けつけた。
全員漏れなく重度の病気、怪我だったが、二日後にはすっかり治り、ケロッとしていたのは不思議だったが安心したものだ。
「三日後くらいには僕たちも到着できるはずだから、そんな顔しないで。」
智香子を持ち上げて腕に乗せる。
「そんな顔ってどんな顔よ。」
ハの字型の眉に瞳を潤ませ見てくるダミアン。
良すぎる顔の使い道としては勿体ない使い方をしている。
正直、到着するまでの道でも楽しいことが沢山あるだろうと、ワクワクしていた。
見たことない景色に心躍らせ、少しの休憩でベネッタやカロラスと遊び、馬車の中で気になったことをダミアンやクリストフ、アリシスに教えてもらう。
しかし用事があるのなら、文句など言えるわけがない。
それに帰りの道中は一緒にいられるかもしれないのだ。
「貴方こそ、子犬のような顔をしないで頂戴。そんなことよりも、こんなところで油を売っている暇があるのかしら。三日後、なんて余裕ぶっておいて間に合わなかったら、間抜けも良いところね。」
「チカコ……。」
耐えられない、とダミアンは智香子を抱きしめた。
「ぐっ!」
「あぁ、チカコ!なんて可愛いんだ!うん、帰りは一緒だよ!絶対!絶対にね!」
「ちょ、な、ぁ、わ、かった、わかった、から、は、はなし、て…――」
近くで微笑ましく見ていたレッドフィールド家は、智香子の体から力が抜けたことに気づき、慌ててダミアンから引きはがしたのだった。




