第57話:余白と会話
余白が多いので、そこの所はスクロールしてお読みください。
どうぞ。
家に着いたダミアンとベネッタ。
時刻は夕方だ。
二人が扉を開ける前にアリシスが開けて出迎えた。
テーブルには食事が用意されており、ダミアンとベネッタに気づいていたクリストフが最後の料理をテーブルに置いた。
「…ラス。」
テーブルから少し離れたソファ。
ベネッタが声をかけると、そこに寝転がっていたカロラスが体を起こした。
話したいことはあるが、上手く言葉に出来ないと口ごもるベネッタとカロラス。
「冷めないうちにご飯、食べちゃって~。」
アリシスの声に皆席に着き、夕食が始まった。
会話は何気ないものだ。
今日収穫できた作物、狩った動物、採った薬草。
たまたま薬草の群草地を見つけたかと思えば、近くにダンジョンが出来ていたと話すクリストフ。
どうしたのかとダミアンが訪ねれば、大して規模は大きくなかったから、アリシスが入って最下層の魔物を仕留め、後は各ギルドにお願いしたらしい。
「わざわざ入る必要なかったんじゃないかな。それ。」
「最近あまり動いてなかったから、体を動かしたかったのよ~。」
「流石、母上。かっこいい。」
「私も近くにいたのだが、ダンジョンから出てきた君は本当に美しかったよ、アリー。」
「あら、嬉しい~!ダンジョンに余計な獲物が来ないように、警戒していた貴方もかっこよかったわ~!」
「イチャイチャしないでよ…。」
食後、カロラスと話そうとしたベネッタだったが、カロラスが家を出てしまったことに加えて、今日の皿洗いは自分の担当であったことを思い出す。
さっさと終わらせてカロラスを追わなければ、と皿洗いをするベネッタの肩をダミアンが叩く。
「代わってあげる。行っておいで。」
兄に迷惑をかけてばかりだ。
「ありがとう、兄上」
夜は寒い。
上着を羽織って外に出ると、冷気が肌を刺す。
前に砂漠地帯に行ったときに比べればそこまでの寒さではない。
耐えきれなくなれば、言霊で温度調節をすれば良い。
「『探せ』」
言葉がのびて、風に乗り、対象を見つけ出す。
今彼がいる場所に少し驚きながら、ベネッタはカロラスがいる場所まで移動した。
そよそよと夜風を受けながら、カロラスはぼんやりと遠くを見ている。
寒いけどこの時間は結構好きだ。
皆が眠りに付こうとしている中、逆に起きていることに優越感みたいなものを感じる。
「ラス」
「!」
いつの間にいたのだろう。
ベネッタがカロラスの隣に座っている。
気づかなかったことに驚き、つい笑ってしまう。
それはベネッタも同じだった。
落ち着いた二人は同じ方向を見た。
彼らが座っているのは、家の近くにある森の中に生えている、巨大な木の上。
街の光が少し見える。
しばらく静かな空気が辺りに流れる。
破ったのはベネッタだ。
「ラス。見せたいものがある。」
何だろう?と疑問に思うカロラスの前に、四角い画面が現れた。
記録用の魔道具だ。
ただ、一般に市販されている物とは違い、より長く、より映像がはっきりしている高性能な魔道具である。
智香子に渡していた腕輪に、映像も記録できるようになったものだ。
流れてきたのは、ゲットル領地に住む領民たちからのメッセージ。
「「カロラス様。今回もまた、我々の領地をお救い下さり、誠にありがとうございます。あなた様のおかげでこうして何不自由なく暮らせている。我々は本当に幸せです。いえ、幸せでした。……カロラス様。もう、この領地には、お越しにならないでください。」」
そこで映像は途切れる。
カロラスが魔道具を止めたからだ。
「ラス、」
「嫌だ。……皆が言いたいことは分かる。騒ぎを起こして、妖精たちを暴走させて、貴族どもを怒らせた。原因のオレに、来てほしくないって思う気持ちは分かる。でも、嫌だ。」
カロラスが本当はどんな人間であるかを知らなかったにしろ、優しく迎え入れてくれて、感謝してくれた。
彼らの存在に、カロラスは支えられていた。
優しくしてくれた彼らから、拒絶の言葉を聞くのは辛い。
自分が必要とされなくなった事実を突きつけられるのが苦しい。
「もうあそこの領地には行かない。オレ以外が向かうから。だから、止めて。」
縋りつくカロラスの腕を取り、ベネッタは魔道具をもう一度起動した。
最初から流れる映像。
ぐっと歯を食いしばり、耐えるように目をつむる。
「「もう、この領地には、お越しにならないでください。……我々は、カロラス様に、自分たちよりも幼い貴方様に、あまりにも頼りすぎていました。何も皆が妖精と話せないわけではない。そりゃ、カロラス様よりも、は難しいですが、できないわけではありません。ですが貴方様に頼っていた。その方が早く済むからと、領主様のご命令だからと、何かしらの言い訳をしながら、貴方様が苦しんでいるのをただ見ていたのです。これは私たちの罪でしょう。これからは、自分たちのことは自分たちで、何とかしていこうと思います。カロラス様のようにはいきませんが、いずれお褒めの言葉を頂けるよう、頑張っていきます。いつか、都合の良い日にでもいらしてください。皆、貴方様に会いたがっていますので。……今まで本当に、本当に、助けていただいて、ありがとうございました。」」
映像の奥で、領民たちが次々に感謝の言葉を述べる。
それはカロラスにとっては、いつも見ていたものだ。
ポロポロと涙が出てくる。
複雑な感情からの涙だった。
悲しいと思う。でも嬉しいとも思う。
寂しいが、安心もする。
結局どういう感情で泣いているのかカロラスは分からない。
きっと全部の感情が合わさって、泣いている。
映像が終わるまで、カロラスは涙を流していた。
暖かく見守っていたベネッタは魔道具を収納した。
「彼らの領地は、王家に返上される。けど、近くの辺境伯が支援してくれる。安心して。今回のことを踏まえて、派遣制度は見直しになった。……まぁ、ラスが続けたいなら、止めない。」
いつもベネッタはカロラスを心配してくれる。
そして尊重もしてくれる。
ぐっと気合を入れて、カロラスはベネッタを向く。
でも申し訳なくて、顔は下を向いていた。
「ごめん!オレ、……ベルとの約束、忘れてた。昔の、ミゲルのことを思い出して、妖精にも、言われて、オレの好きな物や、オレを好きなモノに囲まれていたら、って考えた。ベルとの約束、守れないところだった。チカがいなかったら、オレ、今頃ここにいなかったかもしれない。…ごめん。」
カロラスには、会場についてしばらくした時から、上級妖精の作り出した空間の中で意識を取り戻すまでの記憶はない。その後また気を失い、家で目を覚ますまでの記憶もないのだが。
しかし智香子が一緒に空間の中にいて、必死に呼びかけて助けてくれたことから、何かが起きたことは分かる。カロラスを助けようと動いたということも。
ベネッタは、自責の念に駆られるカロラスを見ながら、先程のやらかしてしまった自分を見ている気分になった。
「…アタシも、ラスに説教できるほど、ではないけど。」
俯いたカロラスの顔をグイッと持ち上げる。
驚いた青い目と優しい赤い目が、月の光を受けて輝いた。
ベネッタはカロラスに開く。
「!」
静かに、ただ見つめ合う二人。
(
)
「…オレはそれが嬉しかった。オレの好きなようにさせてくれたし。」
( )
「ベルの責任じゃない。それに、何もできなくて、外に出ることも怖くて、外で何て言われてるのかも怖くて、動けなくなるよりもずっと良い。辛いことは沢山あったけど、良いことも沢山あった。」
( )
「…オレ、チカと、ベルの約束のおかげで、妖精の国に行くの、留まったんだ。で、何考えてんだ、オレって馬鹿じゃねぇの、恥ずかしい、ってなった。」
( )
「だろ?父さんと母さん、兄さんと姉さんにも内緒だぞ?」
( )
「オレも思った。チカからばれる~って。そうなったらさ、前にチカと一晩越したあの小屋。あそこに逃げようと思ってる。」
( )
「ハハッ。確かに、プチすぎる家出だ。」
そっとベネッタは目を閉じる。
( )
「あぁ。」
( )
「あ?オレが気にしてること言うなよ…!」
カロラスのコンプレックスに触れたベネッタ。
見た目通り繊細な部分も持つ弟につい笑ってしまう。
気になるから、カロラスはそれの数字を小数点以下まで把握している。
「…オレ、チカに隠し事したくない。」
( )
「うん。まぁ、見てることは、その、まだ言えないけど。…いや、これは言うの躊躇うって!兄さんの前例見てきただけにさ。おかげで兄さん、人間不信だし。」
(
)
「それは同意する。兄さんに近づく人間に碌なのがいないんだよな。」
自分の頬を両手で持ち上げるベネッタを真似して、同様にベネッタの頬も持ち上げる。
再び二人の瞳が合わさり、そしてクスクスと笑いだす。
「兄上の話に、なっちゃってる。」
「うん。兄さんの駄目だしになってる。」
ベネッタは閉じた。
「ありがとう、開いてくれて。」
「話しやすいから。こっちだと、時間がかかる。」
手を下ろし、遠くに見える街を見る。
すぐ隣にいる存在は、この世に生まれて意識を持ってから、誰よりも多くの時間を一緒に過ごした。お互いが自信を持って言える。
だが何もかもを、手に取るようにわかるわけではない。
見えるからこそ、お互いがお互いの一部であるように思えるからこそ、別々の個体であることを強く感じる。
それは父と母を見て思ったことだ。
彼らと違うのは互いに抱える感情の形で、しかし何と呼べば良いの?と聞かれると、彼らと同じように愛だと答える。
別々だから良いのだ。一緒なのは全くもってつまらない。
「ラス。アタシも言いたいことある。妖精からの伝言。」
伯爵領地で、ベネッタの耳元でささやいた妖精の、カロラスからの伝言。
『「尻は燃やされたくないです。」』
突然こんなことを言われたので驚いた。
貴族たちの手前、表情に出さないように努めたけれど。
始めは何言ってるのか、と思ったが、すぐにあの時のことだと思い当たった。
『「なので、ちゃんと帰ってきて、普通の姿を見せてよ、姉さん。」』
ダミアンも言っていた。が、当時を思い出しても、そこまで燃やしていないとベネッタは思う。
「ベットに寝かされて、父さんに『ヒール』かけてもらって起きれたんだよ。すぐ寝たけど。ベルが行ったって聞かされて、妖精に伝言頼んだんだ。」
「うん、頭がイライラしてたから、助かった。あのままだと、全身丸坊主にしてた。姉さん呼びも、嬉しかったし。」
「ぅ、恥ずかしい…。」
「ふふ。魔法も、使えるようになったね。…良かった。」
「…うん、良かった。」
静かな森の中の、木の上。
風によって金の糸が空に舞う。
双子のような二人の会話を聞く者は誰もいない。




