第56話:ゆびきりいらずのやくそくnot②
震えるゲットル伯爵の体。
彼は不思議だった。証拠を取られていたことではない。
今までもカロラスに同様のことをしてきたのに、なぜ今になって侮辱した罪に問われるのか。
「弟が、そう判断した、それだけ。」
「っ………。」
ベネッタの言葉に息が苦しくなる。
であれば、我々はずっと、カロラスに生かされていたことになる。
見下してきた人間に守られていた事実に屈辱を覚える。
だがそれよりも、この状況を何とか打破しなければならない。
このまま牢に入れられ、最悪処刑されるなどあってたまるか。
これまで考えてきた計画が無になってしまう。
「“世界の乙女”よ!私と約束を交わしませんかな?!」
ベネッタが口を開く前に出された提案。
いや、“約束の根幹“。
突如動きを止め、淡く光り、宙に浮かぶベネッタ。
ガトーは一足遅かったと、魔法を展開しようとしていた手を握り締める。
こうなると自分にできることはない。
「ベネッタ様…。」
ゲットル伯爵の体は、先程よりも震えている。
それもそうだ。
目の前にいるのは光に包まれた美しい少女。
人と呼ぶにはあまりに恐れ多い彼女の前に、伯爵は今、自分の心臓を差し出しているのだから。
伯爵は震えながらも心の中でほくそ笑む。
(やはりこのお方こそがふさわしい…!我々の計画は間違っていなかったのだ…!)
ベネッタがゆったりと伯爵を見た。
「『約束を、根に、天に、世界に張り、実りを得る者よ。貴殿の名はなんと申す。』」
「トイヤ・ゲットルと申します。」
「『トイヤ・ゲットルに問う。貴殿はその心臓を対価とする覚悟があるのか。』」
心臓に痛みが走った。
それは、ベネッタが何かをしたというわけではない。
要因があるとすれば、恐怖で鼓動が早くなっているからだろう。
「も、もちろんで」
「『トイヤ・ゲットルに問う。貴殿はその心臓を対価とする覚悟があるのか。』」
見られている。
数十人の人間からではない。
世界からの、視線。そして重圧。
お前の覚悟を見せてみろ。
そう言われているかのような気分だ。
ゲットル伯爵は頭がフラフラと揺れている気がしたが、恐らく間違いではないはずだ。
こんなにも気分が悪いのだから。
しかしここで覚悟を決めねば、自分は助からないかもしれないのだ。
腹を括れと己に喝を入れ、「もちろんでございます!」と答えた。
「『諾とする。では聞かせるのだ。貴殿の願いを。平等に、公正に。』」
カッ
どこからか、歯車が動こうとする音が聞こえる。
(いよいよだ。)
計画よりも少し前倒しではあるが、これは元々実行に移すことが難しいと危惧していたもの。こうして行えるならば、前倒しだろうがお咎めを受けることはないはず。
「お咎めって、一体誰からだ?」
「それはもちろん、…………?!」
突如かけられた声。
この状況を遮ればどうなるか、知らないのは幼子か自殺願望のある者くらいのはずだ。
であれば誰なのか、と振り向いたところ、ゲットル伯爵は信じられないものを見たと口を大きく開けた。
「へ、陛下……っ!!」
「話は後だ。ガトー。」
ゲットル伯爵の口を魔法で塞ぎ、ガトーを呼ぶダミアン。
「承知いたしました、陛下。」
頭を下げたガトーは他の貴族たちを捕らえている第一騎士団の元へ、ゲットル伯爵を連れていく。
(嘘だ…嘘だぁ…。約束さえしてしまえば、上手くいったというのに…。なぜ、なぜ国王が…。現れるはずがない…。国王と第二皇女殿下の仲を考えれば、ありえないのに…。第二皇子殿下だってそうだ…。王族だから…、だから侮辱の罪にと…。分からない…。ここで約束をすることは、国王にとっては不利になる…だが、第一騎士団団長でもよかったのでは…?わからない…。なぜだ、なぜ……。)
項垂れた伯爵はうつろな目をしていた。
さて、とダミアンが見るのは、淡く光るベネッタ。
このベネッタを見て、前にカロラスが「人外っぽい」と呟いていたことを思い出す。
聞こえていたベネッタがカロラスの尻を燃やしたところを忘れてはいけない。
「このままにしておくと、カロラスがまた尻を燃やされるからな。」
カタカタと人形のように震えだすベネッタの体。
世界に干渉したためである。
「『世界に歪みを生む存在と見なす。排除対象と見なす。』」
「兄妹のよしみで許してくれないか。」
そうはいかないと、ベネッタの背後に現れた大きな空間の渦。
そこから飛び出る鋭い物質たちが、ダミアンを目掛けて空を翔る。
「『創造』」
現れた無数の剣が、それらを粉々に砕いていく。
粉々に砕けては、また新しい物質が現れ、剣で粉々にし、を繰り返す。
ベネッタの体が透け始めたことに気づいたダミアンは剣をさらに増やし、新たな物質が現れることさえさせない。
「世界よ、忠告する。それ以上妹を傷つけるつもりなら、いくら世界とて容赦はしない。」
ジャキンと音を立てて、無数の剣が空間の渦に向かって突きつけられる。
しばらくの無言。
「『……排除対象を解除。創造者よ、過干渉は許容されるものではないと言った。』」
敵意が無くなったのが分かったので、ダミアンも剣を消す。
ベネッタが話しているのだが、実際に話しているのはベネッタではない。
世界だ。
「今回は仕方がないと諦めてくれ。あと、干渉した際にベルの体が震えるのを止めてはもらえないか?怖いのだが。」
「『我らに人間の事情など関係ない。我らは世界。周り巡り、存在する世界。乙女の望みをかなえるために、我らは在る。創造者、今回は許可しよう。だが次はない。』」
「あぁ。」
一層光るベネッタの体。
「『回収、回収、回収。全ての回収が完了。』」
同時にカタン、とどこからか音がする。
ただの救急な処置に過ぎないが、ひとまず世界の干渉を止められたことにダミアンは胸をなでおろす。そのまま渦や光は消えるかと思ったが、世界はダミアンを見た。
「『当代の創造者よ、妙な気を起こすのではないぞ。愚かにもあのお方を求めるなら、影響は我らが乙女に留まらぬ。』」
「分かっている。私をあの人と同じにしないでくれ。」
多くの視線や圧に晒されても動じないダミアン。
「創生の女神を求めるなんて。そんな馬鹿なこと、考えもしたくない。」
忠告を終えた世界。
やがて目を閉じたベネッタから、空間の渦、光が消えていく。
力をなくして倒れこむ妹の体をダミアンは支えた。
ベネッタが意識を取り戻したのは数秒後。
今の状況も、これからのことも分かるベネッタは、目の前にいる兄に「ごめん、兄上。」と告げた。
「これくらい構わない。気にするな。」
「…………。」
自責の念に駆られる。
しかしそんなことをしている暇があるのなら、状況を変える努力をした方がましだ。
体を起こし、王城への馬車に乗せられる貴族たちを見る。
ゲットル伯爵夫人が高いヒールで何かの糞を踏み、叫んでいるのが見えて、ベネッタが一泊空けてからクスリと笑う。ダミアンはどうしたのかと言いたげだ。
「フフ、内容は、ちょっと違う。けど、チカ、呪いかけてた、から。」
「あぁ、なるほどな。」
流石チカコだ、とダミアンも顔が緩んだ。




