第55話:ゆびきりいらずのやくそくnot
御者からカロラスを受け取ったベネッタは、智香子とともに魔法陣の所まで歩く。
確か出発前に、自分が行くと悪化する、みたいなことを言ってなかっただろうか。
(来ちゃってよかったのかしら…)
心配する智香子を安心させるように手を握るベネッタは、「大丈夫」と呟いた。
「もう、気にしなくて良くなった。」
「その…悪化のこと?」
うん、と頷くベネッタ。
カロラスが帰るから気にしなくても良くなった?ベネッタがいると悪化することって何?
気になることは多かったが、質問する前に魔法陣に着いてしまう。
「行くよ、チカ。」
とりあえず帰ったら聞いてみよう。
頷き、ベネッタに掴まる。
徐々に慣れつつある緑の光を前に、目を閉じた。
そして目を開けると、そこにはクリストフとアリシスの姿が。
「おかえり」
「待ってたわ~」
ほっとしたように笑う二人に、智香子も気が抜ける。
そんな智香子を抱きしめたアリシスの暖かさに、帰って来たんだなぁ、としみじみ思った。
カロラスはクリストフが抱えて、皆で家に帰ろうとする中、ベネッタだけが魔法陣から動かない。
「ベネッタ?」
驚かないクリストフとアリシスは、事情が分かっているようだ。
「チカ」と呼ばれたので近づいてみる。するとベネッタの手が智香子の腕にはめられていた腕輪を抜き取った。
「え?あ!」
驚く智香子と、いたずらが成功したと笑うベネッタ。
そうだ、出発した時に渡されていた腕輪があった、と智香子は今思い出す。
ベネッタが笑っているのを見るに、何かの魔法だろうか?
「フフ、そう。認識をさせない魔法、かけてた。チカから外れるのが一番困る、から、誰にも意識させないようにしてた。」
「そんな魔法かけてたら、もし気づかない内に外れたとき、探せないんじゃないの?」
「意図しなきゃ外せないもの。だから大丈夫。」
ひとしきり笑ったベネッタは、次には申し訳なさそうに下を向いた。
「まだ、色々話せないこと、たくさんある。帰ってきても、話せないこと、ある。でも、約束する。いつか、必ず話す。チカを不安なままには、させない。」
智香子はそんなベネッタの頬を両手で包み込む。
「あー、私今、すごく疲れてるのよ。」
「?」
「疲れてるから家に着くとすぐ寝てしまうし、何なら今も半分眠ってるのよね。そんな状態だから、起きたときにはきっとベネッタから聞きたい話とかは全部忘れてしまっているわ。ふあ~、眠い眠い。」
「………すごく、わざとらしいよ、チカ。」
「ぅうるさいわね!」
赤面をごまかすように智香子はベネッタのおでこに自身のそれをくっ付けた。
顔を隠すにはもってこいだ。
「とにかく!私は忘れてるから、いつまでも話せないなんてくだらないことを気にしては駄目よ。時間の無駄なんだから。」
「…約束、しない?」
「え?したいの?」
ベネッタがしたいならしてもいいけど…と呟く智香子にベネッタは首を横に振った。
「良い。チカ、信じるから。」
カタン
「?」
どこからか音が聞こえた気がする。
気のせいだろうと智香子はベネッタを見送るために転送用の魔法陣から距離を取った。
「行ってくる。」
「えぇ、待ってるわ。」
そして緑の光がベネッタを包み込み、消えた。
誰かが使うところは始めた見た智香子は、本当に一瞬で消えるんだなぁと感心する。
(もっとじわ~って消えるのかと思ってたけど、違うのね。)
家に帰った智香子は、ソファで少し休もうと座る。
クリストフはカロラスをベッドへ連れていき、アリシスはお茶の準備をしている。
寝るつもりはなかったのだが、ベネッタに言ったとおりにすごく疲れていたからか、どんどん眠気が増していく。
ソファの背もたれに身を預ける形で眠りについた智香子。
二階から降りてきたクリストフとお茶の用意ができたアリシスはそんな智香子を微笑まし気に見つめ、智香子をベッドまで連れて行った。
お茶を飲みながら二人はしばらく無言であった。
長年連れ添ってきた二人だからこその穏やかな無言の時間。
しかし互いに何を考えているのか、別に見なくても分かるくらいには、一緒に来た二人である。
カップを机に置き、アリシスは少し困ったように笑った。
「どうして、こう問題は起きるのかしらね~。」
「それが問題というものだ。次から次に出てくる。まぁ、彼らの計画は、あまりにもお粗末だと言わざるを得ないがね。」
「口出しをする権利がなくなったのが辛いわ~。」
「引退したんだから、甘んじて受けよう。それに私は子供たちを信じている。」
「あら~、私だって信じているわ~。その言い方はずるいわよ~。」
頬を膨らませるアリシスにクリストフは「すまない」と笑う。
さらに口を膨らませるアリシス。
だが夫の言うことは正しい。
自分たちはこの平穏な生活を手に入れる代わりに、あちらの世界を子供たちに託したのだ。
人間の本音など、扇に隠して見えなければどれだけ息がしやすいのだろうか。
笑顔に隠して分からなければ、どれだけ救われただろうか。
それだけでなく、あの子たちは苦しむ因果に生まれている。
ぎゅっとアリシスの手を包み込む熱に、はっと顔をあげる。
「アリシス。」
優しい笑顔。
見えやすいように、開いてくれる。
「……いやね~、私ったら。ごめんなさ~い。」
「構わないさ。そんな君だから、僕は君を愛しているんだよ。」
「ありがとう、私も愛しているわ~。」
まさしく二人で一人。
だが混ざることはないとお互いが知っている。だから愛し合える。
それに、悲観的になることはない。
我が家に訪れた、希望の光。
というには少し小さいけれど、彼女の存在がもたらした影響は大きい。
「そうね~、心配することは本当にないわね~。だって、あの子のおかげで、少しずつ、あの子たちが歪み始めてるんだもの!」
「おぉ、それは嬉しいことだ。」
「でしょ~!」
クリストフとはまた別のものが見えるアリシスは、智香子の中に何かが見ていた。
だがそれはあまりにも多すぎて、そして不明確過ぎて、はっきりと掴むことはできない。
古すぎるのか、強すぎるのか、弱すぎるのか、遠すぎるのか。
一つ言えるのは、恐らく手を出してはいけないものだということ。
だからこれは誰にも言わず、アリシスの心の中だけに閉まっておく。
夫のクリストフにさえ秘密だ。
子供たちの幸せを祈る母親としては、智香子にも幸せになってもらわなければならない。
なにせ彼女は既に、我が家の娘なのだから。
「私も父親として祈ってるよ。」
「ウフフっ!分かってるわよ~。」
「おや、意図して見せていたか。」
「これはやられた」と笑うクリストフにアリシスも笑う。
カロラスと智香子が無事に帰ってきた。
そして遠出している子供以外の二人も、一仕事終えて帰ってくる。
「今日も私たちは彼らの帰りを待とうじゃないか。」
「美味しいご飯を用意しましょうね~!」
まだ待つことには慣れないが、彼らが安心して来ることができる場所を作っていよう。
*
転送魔法陣によってゲットル伯爵領に到着したベネッタは、「『移せ』」の一言で、ガトーの元まで移動する。
そこは先ほどまで智香子たちがいた、伯爵の屋敷内にある会場である。
ベネッタの到着にガトーは頭を下げた。
「お待ちしておりました。」
「状況、理解した。」
「流石でございます。」
会場内では、ベネッタの到着に礼を取る者と、地面にへたり込む伯爵一家に分かれていた。
皆顔が青ざめている。
ゲットル伯爵が震える声でベネッタを見上げた。
「で、殿下に挨拶を申し上げます。付きましては、お話ししたいことがありまして」
「ない。」
「っ、な、なぜですか!」
「あなた…!」と旦那をなだめようとする伯爵夫人を振り切り、伯爵はベネッタとガトーに食いかかる。
「なぜ我らの領地を、王家に返上しなければならないのです!私はこの領地を見事に収めていたはず!その証拠に納税も!献上品や貴族としての責務も、十分と言えるものだったかと!それにこの土地の民はいかがなさるおつもりですか?王家に返上して、わが領民が豊かな暮らしを送れるのですか!?まさか、確たる証拠や未来がないまま、ただ我らを陥れようとなされているのではないですかな?」
「……………。」
黙ったままのベネッタに何を思ったのか、ゲットル伯爵は話し続けた。
「どうか、領地返上を撤回していただきたい!そうしていただけるのならば、先程のお言葉は私のただの聞き間違いと判断いたします。えぇ、私は何も聞いてはおりません。ですが、貴方様もご自分の立場を理解した行動を心がけていただきたい。あぁ、別に何をしてほしいというわけではありません。そのお立場、能力。それらに見合った行動をしていただきたいだけでございます。第二皇女殿下、いえ、“世界の乙女”。」
歯を食いしばるベネッタの肩に何かが触れる。
それは妖精だった。
ベネッタが振り返る前に、妖精は秘密話をするようにささやく。
『魔力を持つのに使わぬ、変わった愛し子よ。お前の弟から伝言だ。』
そして妖精から告げられる伝言にベネッタは力を抜いた。
『ありがとう』
感謝の言葉に妖精はクスリと笑い、消える。
「殿下?」
突然笑い、何かつぶやいたベネッタを不思議そうに見る伯爵や貴族たち。
妖精が見えていなかったらしいが、ベネッタにそんなことは関係ない。
「ガトー。」
そばに控えていた彼を呼ぶと、短く返事をしたガトーは空間から一つの紙を取り出し、読み上げた。
内容を聞いた貴族たちは顔を青ざめさせる。
紙は、この国の王から。
そして内容は、王族を侮辱した罪に関してのもの。
口を開きかけたゲットル伯爵にベネッタは言う。
「証拠はこれ。」
取り出したのは智香子につけさせた腕輪。
「『鳴れ』」
最初はノイズ音。
やがてノイズ音はなくなり、代わりに別の音が聞こえてくる。
[「貴方がなんて呼ばれているのか知っていますか!”使えない皇子”ですよ!!」]
静まる会場で、その後の出来事がただ流れてくる。
「『止め』」
音を消し、ベネッタはゲットル伯爵たちを見た。
「以上。」
彼らにとっての死刑宣告は、あまりにも短いものだった。




