第54話:解ることと解らないこと②
これには智香子も驚いた。
そんな視線に気づいた妖精は不機嫌そうに頬を膨らませる。
『何、人間。別にその場所にいるだけで、動けないわけじゃないんだよ!』
そうだったのかと納得した智香子はゲットル伯爵に向き直る。
「お先にどうぞ、妖精さん。」
『そのつもりだよ。指図しないでよね、人間。あと、普通の人間に私たちの言葉は理解できないから、そこの人間に通訳して。』
やはり嫌われているようだ。
妖精からの指示に頷く。
妖精は智香子の頭の上に顎を乗せて、つぶらな瞳でゲットル伯爵を見た。
『この土地を収める人間。私、貴方に言いたいことがあるの。今までカロラスに対する行動を見てて、私たちは我慢してた。だって私たちとあなたたちとじゃ常識?とやらが違うでしょ?それにカロラスが自分で望んでやってたから。でも今回は流石に見逃せないよ。カロラスを苦しめて、傷つけた。カロラスがもう嫌だって思うくらい、責めた。これは許せない。
だから決めた。私たちはこの領地から出ていく。』
「な、なんだと?!おい小娘、嘘を言ってるんじゃないだろうな!冗談で済まされる話ではないのだぞ!」
「こんな嘘言って私にどんなメリットがあるっていうのよ。」
妖精はゲットル伯爵の言葉が理解できないが、智香子の言葉からゲットル伯爵が疑っていると分かったのか、呆れたと息を吐く。
『人間はやっぱりおろかだね。私たちは嘘をつけないのに。』
「あら、そうなの。」
『嘘をついたらそれが本当になっちゃうでしょ。そしたら消えちゃう。だからつかない。でもそれが不便だなんて思わないよ。』
「本当になったら消えるの?」
『うん。』
あまり理解できないと首を傾げる智香子だったが、会話についていけないゲットル伯爵はそれが気に食わなかったようだ。
「なんだ!何を話している!」
「別に大したことは何も。ただ、嘘をついていると思われてるみたいだから、証明でもしたら?って、提案しようとしてたところよ。」
『証明も何も、出ていくんだけど。』
「えぇ、そういうことね。」
再び自分を置いて進む会話。
怒りに伯爵の体は震えている。
「小娘が…調子に乗るなよ!」
ゲットル伯爵から放たれた火の玉。
癇癪を起した伯爵は智香子を罰しようとしたらしい。
智香子はファイルリーの火の玉を思い出し、命の危機にさらされた恐怖が蘇ってきて、体が強張ってしまう。
動けない。
だがゲットル伯爵から放たれた火の玉は風に吹き飛ばされて消えた。
『ぼーっとしてないでよ、人間。』
風を操った頭上の妖精から責めるように言われる。
「ごめんなさい。ありがとう、助かったわ。」
するとゲットル伯爵が何やら呻き声をあげている。
見てみると、蔦に締め付けられているではないか。
なんだか懐かしい。
どうやらカロラスにくっついていた下級・中級妖精たちが来たようだ。
「あ、火とか水は出さないで頂戴。危ないから。」
先程のような惨状は勘弁願いたい。
今だって、蔦に持ち上げられたゲットル伯爵に驚いている貴族や騎士たちが騒がしいのだから。
これで妖精たちと騎士たちが争いになったら困る。
すると妖精たちが不満を露わにする。
『えーなんでー?』
『ぼくたちもつかいたい―』
『ほかのにんげんにはつかわないからさー』
『おねがいー』
そう可愛くお願いされては強く拒否できないじゃないか。
「ん~、分かったわ。でも燃やすのは駄目よ。炙る程度にしときなさい。あと溺れさせるのも駄目。風邪をひかせる程度にしときなさい。」
『『『『はーい!』』』』
キャッキャと楽しそうにゲットル伯爵を炙り、水をまとわりつかせる妖精たち。
「な、や、やめろ!熱い、熱い!!いや寒い?いや熱い!助けろ!誰か私を助けろ!!」
伯爵の叫び声に騎士たちが動こうとするが、彼らは動けない。
見えない風が彼らの動きを封じているからだ。
うるさい伯爵に近づき、妖精たちに体を浮かせられた智香子は、ゲットル伯爵と目線を合わせた。
「私からも一つ。貴方、もっと人を大事にした方が良いわ。愛でるという意味ではなくて、人間として尊重するという意味よ。自分が収める領地の人間にしろ、領地を助けようとわざわざ足を運んでくれた少年にしろ。貴方の態度は酷いものばかり。そのままでは、この領地から貴方が大事にした人間以外がいなくなったとしても、仕方ないわよ?」
「な、なにが言いたい!」
「今言ったじゃない。まぁ、妖精さんたちがいなくなることは予想してなかったけど。貴方は、自分を大切にしてくれない人間の元にいたい?危険を教えてくれるお節介な妖精のいない場所に住みたい?もう一度言ってあげるわ。もっと他人を大事にした方が良い。そうすれば、貴方の元にいたいと思う人間は必ず現れるわ。」
言いたいことはこれだけだ。
いや、カロラスを苦しめたことはもっと言いたいが、自分はただでさえ、当初カロラスたちと交わした「余計なことをしない」という約束を大分破ってしまっている。
さっさと帰って、カロラスにしっかりとした休息を取らせなければならない。
妖精たちに降ろして、という前に、ゲットル伯爵は叫んだ。
「私に説教とは、何様のつもりだ!小娘ごときが調子に乗りおって!覚えておけ、この屈辱は必ず果たしてやる…!お前が私に許しを請うまで、痛めつけてやる!!」
笑う伯爵に智香子も笑みを帰した。
「あら、お好きにどうぞ。できるものならね。でも、一つ訂正させて。私、小娘じゃなくて、立派な成人した二十歳の人間なの。」
智香子がレッドフィールド家の皆と住んでいるのは山奥だ。
そう簡単に見つかるとは思えない。
ゲットル伯爵は智香子の可愛らしいとさえ思える笑顔に、その後ろでこちらを見つめる小さな瞳の数々に、顔を青くさせている。
「だから、見下すな!」
ずっと小娘小娘と言われていたことが気になっていた智香子。
だが叫んでも気持ちはすっきりしない。
ちょっと、いや結構私怨ではあるが、智香子は近くの妖精に提案してみた。
「ねぇ。この男、ズラでしょ?それ取ったら微妙に生えた毛が出てくると思うのよ。それ、すっぱり綺麗に切ってみない?」
「?!?!」
智香子の提案に、楽しそう!と妖精たちは一も二もなく頷いた。
悲鳴をあげるゲットル伯爵を無視し、数人の妖精たちは彼の元へ飛んでいく。
伯爵としてはズラがばれていたことにもショックだし、ズラを取られることも、他の貴族たちにバラされることもショックなことだった。
だが妖精たちは一切遠慮することなくズラを取る。
上がるのは伯爵の高めの悲鳴と、観衆の息を飲む音だ。
「やめ、やめてくれ…いやだ、いやだぁあああああああ!!」
「やってしまいなさい」
智香子の声を合図として、伯爵の髪の毛は、きれいさっぱり無くなってしまったのである。
伯爵は声さえ出ず、がっくりと脱力をした。
スッキリした智香子と達成感に溢れる妖精たちは、ゲットル伯爵を空中に置いて地に足を下ろし、ガトーたちの元へ向かった。
「私の用事は終わったわ。帰るわよ。」
ガトーはクスクスと、護衛騎士は可哀そうといった表情で、蔦に締め付けられ空中に取り残された伯爵を見ていた。
「そうですね、ここでの用は済んだことですし。お家までお送りいたします。」
ガトーは護衛騎士からカロラスを受け取り、また護衛騎士に何か伝えると「参りましょうか」と言って馬車を手配する。
頷く智香子は、ずっと近くにいた妖精たちを振り返った。
「貴方たちはこれからどうするの?」
『ん?べつにどうもしないよ』
『すきなところにいくの』
『よばれたところにいくの』
『気に入ったらそこに留まる。私たちはそういうものだよ。』
『さっさと帰れ、人間』
『僕たちは上級妖精様が空間から戻られたら国に帰る』
『まぁお前もゆっくり休めばいい、人間』
「えぇ、そうするわ。貴方たちも気を付けてね。」
そしてなぜか智香子のおでこにおでこをくっ付けたり、髪の毛に触ったりしてから、去っていく妖精たち。
中級妖精たちやこの地に住んでいた妖精たちは最初、この行為に疑問を持っていたのだが、なぜか同じようにして去っていく。
最後まであの行為を気に入った理由が分からないまま、彼らを見送った智香子だった。
馬車の所まで行って、乗り込む。
だが智香子はいつまでも馬車に乗りこまないガトーに首を傾げた。
扉の向こうにいるガトーはいつも通りに笑っている。
「私はこちらの後始末をすることになりました。お家の方までお送りすることができず、大変申し訳ありません。」
「別に構わないわ。お仕事なんでしょうし。あ、でも私、魔法使えないわよ?」
どうやって転送用魔法陣を起動させるんだ?カロラスに強制的にだが魔法を使わせる方法でもあるのだろうか。
しかしガトーは「大丈夫ですよ。」というだけだ。
智香子はガトーがそう言うなら大丈夫だろうと頷く。
護衛騎士によって扉が閉められたので、窓から顔を出した。
「自分の体の限界を超えてまで行動するんじゃないわよ。周りの人間に迷惑がかかるんだからね。」
言葉の裏をきちんと読み取ったガトーは嬉しそうに笑い声を漏らした。
「私が動けなくなってしまったときは、チカコ様がお世話をしてくれるのではありませんでしたか?」
「言ってないし、そんなの嫌よ!」
「これは手厳しい。」
ガトーは智香子に手を伸ばす。その手を智香子も取る。
握ってみると、ガトーの手は思った以上に力強い。
「承知いたしました。このガトー、チカコ様を悲しませるようなことは致しませぬ故、ご安心ください。」
「精々頑張ることね。」
最後に護衛騎士にも感謝の言葉を伝え、智香子とカロラスを乗せた馬車は動き出す。
レッドフィールド家へ戻るための転移魔法陣に到着した馬車。
降りた智香子はそこに立っていた人物に目を丸くする。
「どうしてここにいるの?ベネッタ。」
「お迎えに来た。」
いつもよりも少し疲れた様子のベネッタがいた。




