第53話:解ることと解らないこと
何が起きたのか分からない智香子はキョロキョロと周りを見てファイルリーを探す。
しかしファイルリーどころか上級妖精の喉元に当てられていた炎や智香子の周りを囲っていた火さえ消えている。
へたり混んでいる上級妖精を見れば、こちらも何が何だか分からないようだ。
だが状況を理解したのか、はぁ、と大きなため息を一つ吐き、追い払うように手を払う。
『我は疲れた。しばらく動きたくもない。さっさと帰れ。我の前から早く居なくなれ。』
「……そうね、そうするわ。」
ファイルリーのことは気になるが、上級妖精が話そうとしないのなら無理に聞いても意味はない。
カロラスを背に乗せようとする智香子。
ここで問題が起きた。智香子の力が足りないのか、カロラスが重いのか。
背中まで持ち上げられないのである。
前で抱えようと思っても智香子の足が震えることになる。
以前誘拐されたときには、十三歳くらいの女の子は背負えたのに…!
だが彼女は病気であったし、栄養も十分ではなかったはず。
そうだ、筋肉が落ちたわけじゃない。はず。
どっちにしろ、もう引きづって行くしかない。
智香子が決意したのを読み取ったのか、呆れた上級妖精が風を操ってカロラスを浮かせ、智香子の背に乗せてやる。
『貴様とカロラスが元居た場所に繋げる。歩いて出ろ。我はまだこの空間でやるべきことが残っているからな。』
手を上げて空間をいじろうとする上級妖精を智香子の「待って」の声が止める。
「貴方たちにカロラスの本当の幸せを願えないくせに、って言ったの、取り消すわね。貴方たちはカロラスの幸せをちゃんと願ってくれているって分かったから。」
『………ふん。人間などに感謝されてもうれしくないわ。』
「感謝の言葉を私がいつ言ったのかしら。」
『雰囲気からだ!』
「変に解釈しないで頂戴!」
ふんっ、と息を吐き、次いで風が巻き起こる。
風でよく前が見えず、懸命に目を凝らす智香子。
その先で、上級妖精が手を振ると智香子の足元に空間の割れ目が現れる。
「え」
重力に逆らうことなく引っ張られる体。
まるでジェットコースターに乗った時のような感覚に、喉の奥から叫び声が出た。
『ではな、人間。』
「この馬鹿妖精がぁあああいやぁあああああああああ!!!!!」
歩いて出ろって言ったじゃないの!!と思いながら、風の奥で笑った上級妖精が見えた気がした智香子は、顔から地面に着地したのだった。
*
智香子とカロラスが元居た場所に無事到着したことを理解した上級妖精は、クスクスと可愛らしく笑う。思い出しているのは先程見えた智香子の酷い形相だが。
さて。
自分は事の後始末をしなくては。
噂の拡散から族長たちへの謁見など、やることは山積みだ。
ひとまず、自分の魂にくっ付けておいたあの方の欠片を取り出してみる。
やはり思った通り。
与えられた分の魔力をほとんど使い切ってしまっており、光をほとんど失っている。
次いつお会いできるのか。まぁそもそも、ご本人とお会いしたことはないのだが。
しかしこれはあの方の欠片であるのだから、いずれ返す必要がある。
連絡が来るまで待つしかない。
思い出してみれば、可笑しな提案だった。
カロラスを閉じ込める手伝いをしてやろう、なんて。
上級妖精としてはカロラスを連れていけるなら何でも構わなかったし、カロラスが自分たちの国に来れば出たいと思わないと考えていたから、特に気にも留めなかったのだが。
なぜわざわざ、閉じ込める、と言ったのか。
深く考えてもあの方の思考を自分が理解できるはずがないと、早々に諦める上級妖精。
さっさと空間を塵も残らないように丁寧に除去し、自分たちの国に戻ろう。
そしてゆっくりしよう。
穏やかで美しい景色と好物を思い浮かべる。
元々浮いてはいたが、腰を持ち上げて準備を始める。
この上級妖精が作り出した空間は、上級妖精の意思がある限り続き、本人が望めば消える。
だが適当に消してしまうと空間の塵が残り、人間の世界に少しの影響を与えてしまうのだ。
例としては、塵に触れた人間が、別の空間に迷い込む、など。
厄介なのは、この塵が普通の人間には見えないというところだ。
以前の上級妖精ならば綺麗に消せたのだが、今はまだ生まれたてで上手く力を扱うことができない。
だから丁寧に消さなければならないのだった。
というわけで一つ一つ確認していた上級妖精は、火の最上級妖精ファイルリーが入ってきた空間の破壊跡を見つける。
流石、というべきか。
長生きの部類に含まれているファイルリーの能力は高く、上級妖精が作った空間に少しの破壊跡しか残っていない。
普通は侵入があれば、はっきり分かるくらい大きいものだ。
大きければ大きいほど、空間を作り出した上級妖精は侵入者を感知しやすい。
しかし分かりにくかったのが納得いく程、跡は小さい。
ちなみに面倒くさがりやバレても構わない者などは、可能であればの話だが、派手に空間そのものをぶち壊していく。
ふと思い出すのはいつの間にかそこにいた存在のことである。
見て回ったが、入ってきただろうと思われる破壊跡は一切見当たらない。
美しい存在だった。恐ろしいほどに。
まだあの時に感じた恐怖で体が震えてくる。
そしてファイルリーだ。
上級妖精は見ていた。
ファイルリーが指先を振り下ろし、智香子が目を閉じるその間も、その後も、しっかり見ていた。
一瞬の出来事。
それこそ智香子と同じように、上級妖精の目の前で、ファイルリーが突然消えた。
まるでそもそもの存在がなかったかのように綺麗さっぱり。
だが智香子が見ていないものを上級妖精は目にしていた。
ファイルリーが消えた直後、そこには一滴の雫があったのだ。
そんなまさか、と思った。
だがそれ以外に説明のしようがないのも事実。
水滴は落ち、ファイルリー同様消えてしまったから何も調べることはできないけれど、上級妖精はため息を吐き出す。
『黙っていろ、の合図ではなかったのか』
なんと身勝手で残酷なことか。
妖精の仕組みを知っているとしても、同じ個体は二度と現れないというのに。
その不可解で恐ろしい存在に、上級妖精はある単語を思い出す。
そう、まるで“神”のようだ、と。
馬鹿げている。
クスクスと零れる笑いをそのままに、それこそあんな存在のことを自分が理解できるはずがないと、上級妖精は考えることを早々に諦めた。
*
地面に顔から着地した智香子。
流石に鼻が折れてはたまらないと左頬を下にしたが痛い。涙は出ないが痛い。
次あの上級妖精にあったら文句言ってやる、と固く決心して体を起こす。
後ろにいるカロラスから静かな寝息が聞こえてくることに安堵の息を吐き、立ち上がった。
すると飛んでくる下級妖精たち。何が起きたのか不思議に思っている顔でいるので、「貴方たちに心配されるようなことは何もないわ」と後ろのカロラスを見せてやる。
わらわらと集まる下級妖精がカロラスの周りだけにいれば智香子としては問題なかったのだが、カロラスの周りは智香子の周りでもあるので、必然的に二人一緒に囲まれることになってしまっていた。
そして身動きが取れなくなってしまう。
両手はカロラスを背負うのに使っているから目の前にいる妖精たちをどかすことができず、ガトーたちがどうなっているのか、というか今ここが具体的にどこなのか知りたいのに、視界一杯に妖精がいるので周りを見ることもできない。
とりあえず下級妖精たちにどいてもらわなければ。
妖精たちを傷つけないように慎重に一歩前に出て、顔の前にいた妖精に頭をそっと突き出す。
「じゃまよ、どきなさい」
自分のことを嫌っている妖精たちだ。すぐにどいてくれるだろう。
それに智香子の突き出された頭を避けようとして、どっちにしろ道を開けてくれるはず。
しかし智香子と妖精の距離が思ったよりも近く、だがそっと突き出したことで、妖精と智香子のおでことおでこが優しく触れあった。
それをなぜか喜んだ妖精は、キラキラとした目でおでこをコツンッとぶつける動作を繰り返し、周りの妖精たちも気になって同じことをしては喜びまた繰り返す。
結果、智香子の思惑通りにはならず、立ち往生することに。
「なんでよ!」
どきなさいよ、と告げるが聞く耳を持たない妖精たち。
しかしズカズカ歩いていくことも妖精たちを傷つけそうで出来ない。
どうしようかと悩んでいると、キャッキャと楽しんでいた下級妖精たちがざわざわとし出し、道を開けるではないか。
その理由は中級妖精たちだった。
『どけろどけろ』
『道を開けろ』
『人間を通せ』
下級妖精たちに支持を飛ばしながら近づいてくる中級妖精。
「そんなことができたのなら早くして欲しかったわ。ありがとう。」
『生意気な人間!』『態度がなってない!』『ひねくれている!』なんて言葉が聞こえるが、今はそれよりも気にしなければいけないことがある。
開けた道を通ると、そこにはボロボロの会場と死屍累々の貴族たち。
智香子たちが今いるのは、上級妖精に空間に連れていかれる前にいたところのようだ。
誰一人として死んではいないことに良かったと思う。
智香子は中級妖精に訪ねた。
「私たちがいなくなってから、どれくらいの時間がたったのかしら?」
『ほんの数分だ』
であれば、智香子たち以外の状況はほとんど変わってないと言える。
とりあえずガトーたちのところへ向かうと、こちらの存在に気づいたガトーと護衛騎士が手を振った。
ガトーの手当は護衛騎士がやってくれたようだ。
背中を強く打ったはずなのに、それほど時間もかからずに動けるようになるのか、と疑問に思ったが、そういえばここは異世界で魔法がある。
治癒系の魔法でも使って治したのかもしれない。
二人は智香子がたくさんの妖精を引き連れていることに驚いていた。
智香子はカロラスの状態を伝え、護衛騎士にカロラスを預ける。
貴族たちの元へ手当をしに行こうとしたところで、屋敷の方からガチャガチャという音が聞こえてくる。
どうやらここの騎士たちらしい。
他にも魔法使いみたいな見た目の人たちもいて、倒れている貴族たちを手当てしていく。
「チカコ?」
訪ねてくるガトーに「ちょっと行ってくるわ」とだけ言うと、智香子はある貴族の元へ向かう。
今回カロラスに依頼し、この土地を収めている領主である、ゲットル伯爵その人の所へ。
目の前に現れた智香子に手当を受けていたゲットル伯爵は「なんだ」と顔を歪めた。
たかが子供と見下すような視線に、今は耐えなければならないと自分に言い聞かせて、「ちょっと話したいことがあったのよね、貴方に。」という智香子。
ますます顔を歪めていた伯爵だったが、智香子の横に現れたある妖精に目を見開いた。
『どうも、この土地を収める人間。私もあなたに話があるのだけど。』
ゲットル伯爵領地に住む妖精の一人である。




