第50話:カロラスの過去②
ガタガタと震える彼らはとにかく謝ろうと決めたようで、一斉にひれ伏した。
目に涙を溜めて命乞いをする。
だが荒れる自然は変わらず、カロラスは声が聞こえていないのか宙をただ見つめているだけ。
解決策を見いだせない少年たちはやがて、一人に責任を押し付けることにした。
「お、お前が、お前がカロラス様にまほうが使えないとか言わなければ、こんなことにはならなかったんだ!」
「そうだ…そうだよ!ようせいのちからがまほうじゃないとか言ったのはお前だ!」
「なんとかして僕たちを助けろ!ミゲル!」
ミゲル?
智香子はどこかで聞いた名前だ、と思考が巡りそうになったが、意識はすぐ目の前の出来事に戻される。
名指しされたミゲルは仲間たちからの突然の裏切りに狼狽えていた。
「ぼ、ぼくだけじゃない!君たちだって、カロラス様のわるぐちを言ってたじゃないか!」
「言ってない!そんなこと言うわけないだろ!うそつくなよ!」
事実を訴えても「そうだうそつき!」「ミゲルのうそつき!」と誰も助けてはくれない。
嘘をついているのは彼らであるのに、ミゲルが嘘つきと言われ責められる。
早く謝れと促されるがミゲルは抵抗した。
「ぼくは何もまちがえてない!カロラス様のまほうは、カロラス様のまほうじゃない!」
絶対に折れるものか、とミゲルは少年たちを睨みつけ、「君たちだってあやまらないのに、ぼくにあやまれっていうのはおかしい!」と叫ぶ。
少年たちもミゲルに責任を押し付けてすぐに謝罪をするのは嫌で、そのまま双方一歩も引かずに言い争いが行われる。
しびれを切らしたのは妖精たちだ。
自分たちを取り囲む異常現象が大きくなったことで少年たちは今の状況を思い出してまた恐怖に蹲り、泣き出してしまう。
そこでカロラスの意識が戻った。
周囲で起こっていることに驚きながらも、妖精たちの怒りや少年たちの様子からおおよそをつかんだカロラス。
すぐに妖精たちへ『やめて!』と叫んだ。
『ぼくは、たしかにきずついたけど、自分でかいけつしたい。きみたちの力にたよるのはだめなんだ!』
『………カロラスが、そういうなら。』
少しの間を空けて、次々と周りは落ち着きを取り戻す。
不思議なことで、始めから何も起きていないかのように火や水や風といった現象の痕は一切残っていなかった。
顔を見合わせるカロラスとミゲル。
だが二人が話すことは叶わず、二人の間に割り込むようにして少年たちはミゲルにカロラスへ謝れと言った。
変わらずミゲルは拒否する。
「まりょくのぼうそうを怖がって、まほうを使う練習もしないで、ようせいの力に頼るなんてかっこ悪い!失敗するのは当たり前なんだから、練習すれば良いんだ!」
「練習した!練習したけど、使えないんだ!」
「じゃぁもっと練習しなよ!ぼくだって始めはうまくできなかったけど、今はこんなにまで大きくできるようになったんだ!」
大きな火の玉がカロラスとミゲルの間に生まれる。
しかしミゲルの魔力は無尽蔵じゃないし、コントロールもまだまだであったから魔力の消費が激しいようで、苦し気に顔を歪ませる。
魔力は体力のようなものだ。休めば回復するが消費をし過ぎると使えなくなるし、体には疲労がたまる。
知っていたカロラスはミゲルに「消せよ!」と叫ぶがミゲルは首を振った。
「これくらいまだまだ余裕だよ!ぼくのことを心配するくらいなら、カロラス様が消せば良いじゃないか!」
挑発されるがままにカロラスは手を前に突き出し、水で火を消そうとした。
しかし過去の魔力暴走が思い起こされ、魔法を使うことはできない。
「消えろ!消えろよ!」と諦めないカロラス。
だがやはり魔法を使うことはできない。
悔し気に息を吐くカロラスの耳に、妖精が声をかけた。
『消したいの?』
『消してあげるよ、一瞬で。』
『ぼくたちがやってあげる。』
『あなたの邪魔になるもの、消しちゃお。』
結局自分は魔法を使うことはできない。
使えない皇子だなんだと言われているが、その通りではないか。
落ち込むカロラスの耳に、苦し気な声が聞こえる。
顔をあげてみると、そこには不自然に宙に浮くミゲルの姿があった。
火の玉はすでにない。
もうそんなことはどうでも良いことだった。
カロラスはなぜ?と思った。
妖精たちはなんでこんなことをしているのか分からなかった。
ほかの子供たちは巻き込まれないように部屋の隅で固まっているし、話を聞ける状況じゃない。
とりあえずやめてくれと叫ぶ。意図は後でも構わない。
しかしカロラスに妖精たちは優しくたずねる。
『どうして?だってカロラス、あんなに強く願ってたじゃないの。』
『あなたの心からの願いじゃないの。』
『消したいって願ったじゃないの。』
『かなえたい』
『かなえさせて』
妖精たちは聞く耳を持たない。
カロラスはぞっとした。
自分が願った?だから皆はミゲルを苦しめているの?
妖精たちはいつだって大切なものを守るため、大切なものが幸せになるため、大切なものの願いを叶えようとする。
妖精親和性を早くから見出され、きちんと力を使えるように、誤った使い方をしないように、教えてもらっていたのに。
おれはまちがってしまった。
ぐんっとミゲルの体が窓の外へ向かい、妖精たちの意図を理解したカロラスはミゲルに向かって手を伸ばす。
ミゲルもまたカロラスに手を伸ばしたが、わずかな風がミゲルを押し、二人の手が触れることはなく。
ミゲルは窓の外へ投げ出された。
下にはクッションになるようなものは何もない。
聞きたくない音がカロラスの耳にしっかりと届く。
届かなかった手を下ろし、呆然と窓の外を見るカロラス。
外の下のほうが騒がしくなり始めたころ、隅にいた子供たちは言った。
「カロラス様がミゲルを殺した」
「人殺しだ。」
ドンドンと部屋の扉が強くたたかれる。
それと同時に智香子の視界がぼやけ始める。
この夢が終わろうとしているのだ。
カロラス!
叫んでいるはずなのに声は出せない。
カロラスは人殺しと言われて動揺していた。
「お、おれのせいじゃない…」
扉が開かれ、現れたのは大人たちだ。
子供たちは走って彼らに抱き着き泣き始める。
大人たちは現状を理解しようとするが子供たちからは話が聞ける状況じゃない。
しかし泣きながらも子供たちが言った「人殺し」などの言葉から何となく理解したようで、その場の視線はカロラスに集まる。
まるでカロラスだけを責めるような視線。
違う、と呟くカロラス。
「おれのせいじゃない…おれは殺してない…おれは殺してない!!」
蹲り泣き出すカロラスを囲むのは妖精たちだ。
優しく優しくその背を撫で、有害なものから守るように包み込む。
『カロラスは悪くないわ。』
『君のせいじゃない。』
『あなたのせいじゃない。』
『私たちの愛しい子。』
『あなたを傷つけるものは私たちが全部消してあげる。』
『安心してお眠り。』
妖精たちの力によって眠りにつくカロラス。
智香子が最後に見たのは、小さくなって眠るカロラスの姿だった。
そして眼前には黒い空間が現れる。
どこを向いてもすべて黒。
目を閉じているのか開いているのかさえ分からなくなる。
そこへふわふわと漂いながら上級妖精が現れた。
その近くには透明な球体の中でうずくまるカロラスの姿が。
先ほど何もできずに見ることしかできなかった後悔から、カロラスの元へ手を伸ばすが体はやはり動かないようだ。
話そうにも話せずに、ただ口をパクパクさせるばかり。
智香子の姿を滑稽だと見下しながら上級妖精は言う。
『これが貴様の知らぬカロラスの過去だ。この過去を見た後でさえ、貴様はカロラスを守ろうとする我らを侮辱するか。我らの行動を否定するか。』
答えろ、と上級妖精が手を振ると同時に智香子は話せるようになり、「そもそも侮辱なんかしてないわ。」と返す。
「でもそうね。こんな過去があったなら、貴方たちの気持ちもわからないでもないわ。魔力や親和性による好感度があるけれど、貴方たちがただ大切な存在って理由だけでカロラスを守りたい訳じゃないというのは納得してあげる。」
大切な存在が傷ついているのをただ見過ごすのが辛いという感情は理解できることだ。
しかし。
「でもだからと言って、嫌なことに合わせないようにして、辛い過去から目をそらさせることは認めない。」
『人間…!!』
怒る上級妖精によって黒い空間は姿を変え、智香子たちは上空数千メートルの場所に立っていた。
ただの映像だけならそこまで怖くはないのに、強い風と浮遊感がよりリアリティを感じさせ、思わず手を握り締める。何かに体が動けないようにされているため、落ちることはないとは思うのだが怖い。
だがここで折れてはいけない。智香子がここで折れれば、もう二度と、カロラスと会えなくなるかもしれないのだ。そんなことになれば、レッドフィールド家の皆がどれほど悲しむか…。それに。
(それに、私だってね、カロラスと離れるのは嫌なんだから!)
だから怯えてなんていられない。
高いところなど怖くない。
「こんなことで脅しているつもり?いいこと、良く聞きなさい。カロラスはただ守られるだけの人間じゃないわ。自分で何が良くて悪いのかを考えて行動できるの。もちろん失敗することもあるけれど、反省して次に活かすこともできるのよ。そんな人間の成長を、貴方たちは押し殺して妨げるって言ってるのよ。っ、育てたいなら閉じ込めるんじゃない!耳障りの良い言葉だけを使うんじゃない!辛いこととか苦しいこととかから、必ず永遠に守ることなんてそんなの無理よ!本人にばれないように作られた完璧で幸せな世界なんてね、そう長くは続かないわ!」
思い出すのは小学生のころ。
―――「智香子ちゃん!今日何して遊ぶ?」―――
―――「公園で昨日の続きしたい!」―――
―――「楽しいね、智香子ちゃん!」―――
―――「うん!——ちゃんがいてくれるんだもん!すっごく楽しい!」―――
それは自分のために作られた、楽しく笑顔あふれる世界。
知らなかったでは済まされない。
楽しい時間が誰かの傷に守られていたと知るのは、もう後戻りができない時だった。
自分の過去を智香子はとっさに振り捨て、カロラスのことに集中!と意識を変える。
そうだ。カロラスが小さな世界に閉じ込められている姿は想像できないし、何よりも似合わない。
森の中を自由に駆け回り、狩りでベネッタと勝負し、そして智香子を抱きしめながらベネッタと三人で眠る。明るく笑い、よく食べ、よく怒り、世話焼きで、でも心配性。
智香子が知るカロラスはそんな人物だ。
「カロラスは強い子よ!私たちが大切に大切に守らなくても、自分で不幸なんか吹き飛ばせる力を持ってるんだから!」
だからカロラス。
逃げないで、向き合って。
その時、カロラスの目が静かに開いた。




