第49話:カロラスの過去
楽し気な声、暖かい日差し。
「!」
目覚めた智香子は慌てて起き上がった。
周囲を見てみれば豊かな自然が広がっていて、頬を風が撫でていく。
智香子の五感はこれを現実のものと言う。
しかし先ほどまでの記憶が否定をした。
怒った上級妖精によって意識を奪われた記憶がある。
別の場所に連れて行ったり飛ばしたりするだけなら意識まで奪わないはずだ。
であればこの場所は、現実の世界ではない。
意識だけを連れて行く非現実世界のようなものではないのだろうか。
(そうよ、ここは現実じゃない!)
例え智香子の考えが外れていて、ここがどこか遠い地であったとしても、どうってことはない。カロラスを助けに行くのには時間がかかってしまうが、帰る方法を見つければいいだけの話だからだ。
ならば今することは、智香子をこんな状況にした上級妖精、その本人と会わなければならないということ。
立ち上がり、何かしらの手がかりを探そうとしたところで智香子は動きを止めた。
その先にいるのは少年たち。
目を覚ました時に聞いた声の主たちだろう。
歳は八、九くらいだ。
六人で仲良く走り回る姿はほほえましい。
しかし智香子はその中の一人を見つめていた。
「カロラス…?」
今よりも幼いが、はっきりと分かる。
キラキラと輝く金髪に空のような青い瞳。
間違えることはない。
彼は確かにカロラスだった。
智香子は走ってカロラスを呼ぶ。
「カロラス!」
妖精によってずっと話せなかった彼が、なぜこんな場所にいるのか。
なぜそんな姿をしているのか、全く分からない。
しかし今はとにかく抱きしめたい。
酷いことを言われたカロラスを抱きしめたい。
「カロラス!」
声が聞こえてないのか彼らは楽しそうに笑っている。
ようやく追いつき、智香子は手を伸ばした。
しかし手はカロラスの体に触れることなく通りすぎる。
「え?」
勢いのまま前に転んでしまった智香子は驚きの声を上げた。
そしてもう一度触れようとカロラスに手を伸ばすが、手は透けて触れることはない。
やがて少年たちは智香子の後方にあった屋敷に走って入っていった。
残され呆然とする智香子。
ようやく、ここがどのような世界なのかを理解した。
下級妖精は言った。
『でもにんげんカロラスきずつけた』
『ふかくふかくきずつけた』
上級妖精は言った。
『今まで、カロラスが人間にどのような仕打ちを受けてきたかも知らず、よくも「家族ぶるな」と言ってくれたな!』
智香子は彼らが言う、カロラスを深く傷つける事件のことをずっと、カロラスが話してくれた彼の魔力暴走による事件だと思っていた。
しかし違うのなら。
思い出したのは、カロラスに“人殺し”と言った貴族子息たちの言葉。
あの後からカロラスの様子は可笑しくなった。
(どう考えてもそれでしょうが!)
カロラスが打ち明けてくれたことが嬉しかったからか、ずっとそのことばかりだと思っていた。
しかしあの夜、彼はまだ何か抱えているのが分かった。
その抱えていることが、貴族子息たちが言う“人殺し”に繋がることなのかもしれない。
そして上級妖精は智香子に事の顛末を見せようとしている。
ここは現実世界ではない。
上級妖精が作り出した、カロラスの過去を映しだす夢の世界だ。
悪態をつくのも全て後にしようと智香子は少年たちの方を向く。
「良いわよ、全部見てやるわ。」
意気込み、目指すは彼らが向かった屋敷。
智香子の頭の中はカロラスを無事に連れて帰ること、そしてガトーや騎士、村人たちは無事か。これらが大半を占めていた。
これから見ることについては特に考えていない。
単に、実際に起きたことを見るだけ。
そう思っていたことを、後悔することになる。
*
既に少年たちはいなかったため、智香子は屋敷中を探し回る必要があった。
しかしどういう原理化は分からないが扉などは通り抜けることができるようだ。
また屋敷にいる使用人たちの話している「坊ちゃまたちったら、また二階のあのお部屋にいらっしゃるのよ」と言った内容から思ったよりも早く見つけることができた。
慣れない扉の通り抜けた先。
そこは物置のような部屋だった。
いや、彼らのはしゃぎ様から察するに、秘密基地的なものなのだろう。
使用人たちにばれているのは良いのか?とも思うが、コソコソ隠れて何かするのは楽しいようで顔が輝いている。
今は六人が二手に分かれていて、片方は本を読み、片方はガラクタを寄せ集めて何か作っているようだ。カロラスはガラクタの方で、とても楽しそうに笑っている。
ぼんやりと、「そういえば本物のメイドや執事を見たのは初めてね…世界観に違和感なさすぎてスルーしちゃってたわ」なんてことを考えていたところ、一人の少年が声を上げた。
本を読んでいた一人だ。
「ぼく、火を大きくできるようになったんだ!」
そういってボッと出されたのは火の玉だ。
この世界の平均身長が高いためか、部屋の天井は高く感じる。
それでも天井に届くくらいの火の玉は中々圧巻の物だった。
智香子はこの世界だと痛みや温度を感じないようで、元々火からも遠かったからか何も感じない。
対して少年たちは「あつっ!」と慌てて身を引く。
だがすぐに彼を囲み、「すごい!」と口々に言いあった。
本人も努力していたのだろう、嬉しそうにはにかみながらも「ありがとう!」と笑う。
そこで一人が言った。
「でも、カロラス様はまほうが使えないんでしょ?」
固まるカロラス。
周りも、言った少年も、そのことに気づかない。
「え、なんで?」
「おとう様はまりょくのぼうそう?がおこって、使うのだめってなってるって」
「おれが聞いたのはまりょくが安定してないからなんだって!」
「えー?おうじ様なのに?なんで?」
「なんでですか?カロラス様。」
「おうじ様って、なんでもできるっておかあ様言ってました!」
「じゃぁなんでまほうが使えない?」
「なんでですか?」
何も知らないから、少年たちは簡単に質問できる。
カロラスが魔力暴走を起こしたのはこれよりも前なのだろう。
彼は十歳で、魔力が安定したと言っていたから、この時もまだ使えない。
カロラスの顔は青く、今にも倒れてしまいそうだ。
触れられないのは分かっていても近くにいようと一歩踏み出した智香子。
だが智香子が近寄る前に、カロラスは顔を上げた。
彼の肩に、一体の妖精がいたのだ。
いつの間に。
きっと誰もがそう思った。
だが妖精は自由気ままだ。
カロラスの肩に乗っていた妖精は頬づりをし、囁いた。
『何か困りごとかしら。お手伝いするわよ?』
この時カロラスが何を考えたのかは智香子には分からない。
しかしカロラスの顔は、魔法が使えることに喜んでいた。
『みんなをおどろかせるような、そんなまほうがつかいたいんだ!』
この年齢で妖精親和性を見出されていたようで、カロラスは今よりも少しつたないが、彼らと自然に対話している。
妖精は邪気など一切なく笑った。
『もちろんよ!』
突如、部屋は海に変わった。
どこからともなく現れる魚。
水を飲んだのかしょっぱいという顔をする少年。
水の妖精だったようだ。
水中でも魔法によって息はできるようで、少年らはカロラスを含めて驚いていた。
やがて魔法は解け、少年たちはカロラスを囲み「すごい!」と褒める。
妖精の力ではあるものの、妖精は力を貸してくれた。つまり自分も魔法を使えたということになる。カロラスはそのことに喜んだ。
妖精も大事なカロラスが幸せなことが嬉しいとまた笑う。
智香子はほっとした。
カロラスも、妖精も、少年たちも笑っている。
楽しい時間そのもので、そこまで酷い過去ではないのかもしれない、と思った。
しかし、一人離れたところに少年がいることに気づく。
先ほど大きな火の玉を出した少年だった。
ギュっと掌を握りしめるその姿から見えたのは嫉妬心。
ついちょっと前までは自分を褒めていた人間が、まるで手のひらを返したように他の人間を褒める。
羨ましい、許せない。
実際に少年が言ったわけでもないのに智香子はそう聞こえた気がした。
彼は楽し気な空気の中口を開く。
「でもそれって、カロラス様のまほうじゃない。」
視線が彼に集まる。
「ようせいの力にたよってるだけで、本当のカロラス様の力じゃない。ぼくはがんばってここまで火を大きくしたんだ。ぼくの方が、本当のまほうだ!そんながんばりもしないで、ようせいがいるから手に入れられるのなんか、べつに、すごくもない!」
一人、また一人と賛同する声が上がる。
「確かに!」
「ようせいの力だね!」
「カロラス様のじゃない!」
「カロラス様は一人じゃなにもできないってことだ!」
「なにもできないカロラス様!」
「この前先生から教えてもらったことがあるんだ!なにもできないってね、ムノウっていうんだって!」
「ムノウって何?」
「え、だから、なにもできないってことだよ!ん~、だから、使えない?」
「まほうが使えない?」
「なるほど!まほうが使えなくて、一人じゃないのもできない、ムノウ?で使えないってこと?!」
「使えないおうじ様!」
部屋に響く笑い声。
一人で歯を食いしばるカロラス。
その横で、怒る妖精。
「駄目!」
しかし智香子の手はおろか、声さえ届くことはない。
「?!」
また、体が何かに縛り付けられているようにその場から動けなくされてしまう。
いくら暴れても意味はない。
智香子はそれでもあきらめずに抵抗を試みる。
どうせ何もできないと分かっているが、止めなければと思ってしまう。
止めなければ、カロラスが傷ついてしまう。
だが成す術もなく、ただ過去は、起きたとおりに進んでいく。
怒った妖精はカロラスの肩にいる水の妖精だけではなかった。
ザワザワと鳴り出す木々。
ガタガタと揺れだす地面。
そして、少年たちが異変を感じた時、部屋を火が包む。
妖精たちの怒りの表れを目の当たりにし、少年たちはようやく自分たちが犯してしまったことを理解した。




