第48話:魔力の魅力③
響く声と地面に叩きつけられる上級妖精。
『ぎゃ!』
潰れた声がまた響く。
智香子が上級妖精を地面に向かって背負い投げしたのだ。
辺りはシーンと静まり返っていたが、智香子は気にしない。
「妖精って触れるのね。あ、私さっきまで触ってたか。」と言うと、叩きつけられて呆然とする上級妖精を前に仁王立ちとなる。
「何が不満だと聞かれたから答えてあげる。人に質問するときは見下すような態度を取らない方が良いわよ。他の人はどうか知らないけど、私は答える気がなくなるわ。それから、魔力がないからって理由で言葉が理解できないと思っている貴方の方がよっぽど知能が低いと思うのだけど。それに貴方の、自然云々の話、重みって言えるほどの重さはないじゃない。というかどんだけ魔力凄いのよ。魔力があれば言語理解力も記憶力もすごく上がるわけ?もしかして身体能力が上がったり、超常現象操れるようになったりする?それなら崇め奉ってあげるわ、魔力とやらをね。」
まだ呆然とする上級妖精を置いて、智香子は次なる目標を見る。
上空にいる中級妖精たちだ。
「ちょっと!いつまでそんなところにいるの!降りてきなさい!」
『『『ひぃ!』』』
上級妖精が地面に叩きつけられているのを見ていた中級妖精たちは、自分たちも同じことをされるかもしれない!と慌てて降りてくる。
地面に降り立った3体を座らせた智香子はもう一度口を開いた。
「貴方たちに聞きたいことがあるわ。上級の妖精様のお言葉に不満を持つと牢屋に閉じ込められる、とかいう規則でもあるの?」
『いや、ない…』
「じゃぁ魔力なしの人間が上級の妖精様に逆らうと重―い罰を与えられる法律でもある?」
『ない…』
「あらそう。なら貴方たちはどうしてあんなことを言ったのかしら?」
『『『…………………。』』』
何も答えられない3体。
智香子はため息を吐いた。
「無礼だから、なんて言ってたけど、私には私の気持ちや行動を大事にして良いっていう権利が生まれたときからあるの。どこぞの妖精に、私の頭の先から爪の先に掛かる何もかもの一つでさえ、制限される筋合いはないわ!」
ピッシャーンと言葉を叩きつけられて中級妖精たちはまた『『『ひぃ!』』』と情けない声を出す。
智香子が「それにね、」と言葉を続け中級妖精たちが『『『まだあるのか?!』』』とやり取りをしている中、一人置いて行かれている上級妖精。
彼は考えていた。
なぜ自分は地面に投げられたのか?と。
この世に生を受けた妖精は生まれたときから変わらない。
上級妖精は生まれたときから風の上級妖精だった。
力があった。当然のようにその力を扱える術も持っていた。
他の妖精も、人間も、皆上級妖精を素晴らしい存在だと知っていた。
そのため彼は今まで生きてきてただの一度も、叱られたことなどない。
それこそ投げ飛ばされることなどあるわけもない。
だが彼は今、叱られ、投げられ、地面に転がっている。
中級妖精たちが叱られているのを見るに、存在を忘れられている可能性さえ有り得る。
上級妖精は思った。
(屈辱だ。)
屈辱だ屈辱だ屈辱だ屈辱だ屈辱だ…!!
智香子に説教を食らっていた中級妖精は、突然あふれ出した上級妖精の怒りの感情を機敏に察知し慌てて振り返った。
『上級妖精様?!』
見てみるとゆらりと浮かび上がる上級妖精が。
智香子は中級妖精たちだけでなく、他の下級妖精たちもガタガタと震えだしたのを見て、異常事態が起こっていることが分かった。
上級妖精に語り掛ける中級妖精たちだが、上級妖精からの反応は見られない。
「どうしたの?!」
『怒りで我を忘れていらっしゃる!』
『上級妖精様は生まれた時から気位が高い方だ!』
『きっと叱られたから拗ねていらっしゃるのだ!』
「はぁ?!」
智香子が叫ぶや否や、上級妖精から強い風が吹き荒れる。
『わー』『きゃー』と飛んでいく下級妖精たち。
流石に今度の風は立っていられずに地面にへたりこんでしまった智香子。
しかし目の前に中級妖精たちが飛んできたので慌てて抱え、後ろを向いて風が顔に当たらないようにする。
『私たちではどうすることもできない!』
『人間!なんとかしろ!』
「なんとかって何よ!」
『なだめるのだ!『流石!』とか『無敵!』とか言うのだ!』
「貴方たち、もしかして上級妖精のこと馬鹿って思ってるんじゃない?」
『『『そんなわけないだろう!』』』
プンプンと腕の中で起こる三体に、しかしどうしようかと頭を抱える。
他に方法が思いつかないし、とりあえず上級妖精に詳しい彼らの言う通りにしておいた方が良いのかもしれない。
「分かったわ」と頷いた智香子は中級妖精たちを背に上級妖精に向き直る。
「ちょっと!」と智香子が呼びかけると反応を示したのか風が少し弱まった。
その隙に立ち上がり、上級妖精に向けて叫ぶ。
「流石上級妖精だわ!こんな無駄なくらい強い風、そうそう起こせるものじゃない!下級妖精30人よりも少し強いくらいだけど、貴方は1人!1人でこんなに強い風を出せるなら、他にも強い人がいるかもしれないけど、貴方は多分無敵よ!」
丁度3拍後。少し弱まった風が再び、いや、先ほどよりも強くなってしまう。
『『『人間馬鹿なの?!』』』
「最高の御世辞だったじゃないの!」
御世辞と言っている時点で駄目だと中級妖精たちは言いたかったが、彼らは風で吹き飛ばされてしまった。
前からだけでなく横からも後ろからも風が体にぶつかるからか、智香子は地面に蹲ることさえできない。
飛んできた木の葉や枝が当たり、かすり傷が徐々に増えていく。
埒が明かないと智香子は強風の中、何とか息を吸い込んだ。
「ちょっと、怒られたくらい、で、拗ねるなんて、まるで、駄々っ子じゃないの!」
ピクリ、と上級妖精の肩が動く。
「上級なんて、大層な地位が与え、られてるみたいだけど、見合ってない、わ!」
風が強くなるがお構いなしと智香子は叫ぶ。
「下級妖精から、やり直しなさい!」
力を振り絞り、息を使い切った結果力が抜けた智香子。
どっちにしろ風が四方から吹くのなら、身を任せても倒れることはないかもしれない。
そう思い脱力したのだが、風が背中に強く吹いたのは一瞬でバタリと地面に尻もちをつくことになった。
痛みに自分の尻を撫でていると周囲の風がなくなっていることに気づく。
何か上級妖精に変化があったのか、と上を見た智香子は「え」と思わず声を出した。
目に映るのはポロポロと流れる水滴。
雨ではない。
上級妖精の目から、流れ出る涙である。
「な、泣いてる……。」
呟いた言葉が聞こえた上級妖精は『泣いてない!』と叫んだ。
『うるさいうるさいうるさーい!我は泣いてない!泣いてない!』
姿は子供な上級妖精。
涙を流しながら「泣いてない」と主張する様は本当の子供のようで、智香子はうっすらと、自分よりも小さな子供を虐めてしまったような罪悪感を覚えた。
上級妖精は涙を流しながら叫ぶ。
『もう良い!これ以上この場にいても無駄だ!そもそも魔力のない人間と対話を図ろうとしたことが間違いだったのだ!我の言葉を理解できない人間に親切心など抱いたことが間違いだったのだ!我はカロラスを連れて国へ帰る!このような人間がいる国などに捨てておけない!』
「は、ちょ、駄目よ!」
『うるさい!』
まるで聞く耳を持たず、顔を背けた上級妖精に、智香子は次第に罪悪感が薄れ、代わりに怒りが沸き上がってきたのを感じる。
「カロラスを連れて行く前に一つ私の質問に答えなさい!」
『答える義理はない』と上級妖精が言うが無視し、智香子は言った。
「カロラスが何か悪いことをしてしまったら、貴方はどうする?」
真剣な智香子の表情に、上級妖精は首を傾げる。
そしてなぜそんな簡単な質問をするのかとでも言うかのように笑った。
「何を問うたかと思えば。カロラスが悪いことをする?可笑しなことを聞くものだ。そんなの、カロラスが悪いことをするような原因を作った者が悪いのだから、その者を罰する。それだけだ。当然のことを聞くのだな人間は。我々にとって大切で愛すべき存在なのだぞ。そんな存在が、自然に悪いことはしない。悪いのはそれ以外。我らが愛しき存在を悪に貶めようと苦しめる輩がいるのなら、罰し、排除するまでよ。」
涙を止め、ニコニコと機嫌よさげに智香子を見る上級妖精。
智香子は恐怖を感じていた。
目の前にいる妖精だけではない。
ここまで妖精をおかしくしてしまう、親和性や魔力にも、怖いと思っていた。
(今ほど、魔力を持っていないことが嬉しいと思ったことはないわ。)
今後魔法が必要だと強く思う場面は出てくるのかもしれない。
魔法が使えないことで、不便な状況や危機的場面に陥るときが来るのかもしれない。
でも、妖精たちや、もしかしたらそれ以外の生き物たちまでもの理性が溶けてしまう、それこそ麻薬のような、そんな魔力なんて、
(絶対にいらないわ。)
得体のしれないモノほど不気味であることを再認識したところで、ご機嫌な妖精に喝を入れるべく、智香子は強風が吹いても良いように足を踏ん張る。
「馬鹿じゃないの。」
『なに?』
上級妖精の心境の表れでもある風が吹き始める。
「聞こえなかったのかしら。馬鹿じゃないの、って言ったのよ。貴方が言ったように、当然の答えが返ってくる質問をしたのだけど、まさか返ってきた答えがあんなにも的外れなものだったから、驚いたわ。」
『人間…まだ我を侮辱する気か…!』
風がどんどん強くなっていく。
「侮辱するとかそういう話をしてるんじゃない!」
先ほどの風と同等の強さになり木の葉や枝が体に当たるが、智香子はふらつきながらも強く上級妖精を睨みつけた。
「貴方たちはカロラスを育てるとか言ってたけど、今のではっきりと分かった!悪いことを悪いって言えない貴方たちに、カロラスを任せられないわ!カロラスの本当の幸せさえ願えないくせに、大切な相手だなんて、家族ぶるのも大概にしなさい!」
『うるさい!』
直後、風が智香子の体を持ち上げる。
浮き上がった体はどんどん上昇し、やがて上級妖精と目線を合わせる高さまでやってきた。
智香子の眼前には怒りに染まった上級妖精の姿がある。
『今までのカロラスを何も知らない人間風情が!』
「今までを知らなくても、これからなら知っていけるわ!」
『黙れ!』
手に持っている杖を一振りする。
何が起きたのか分からなかった智香子だったが、声を出そうと口を開いても音が何も出ない。
『耳障りな声などなくても構わないだろう。』
懸命に声を出そうとするが一向に出る気配はない。
『無駄だ』と上級妖精は笑った。
『しかし、こうも静かになるとは。なぜ我は最初から声を奪わなかったのか、不思議でならないな。』
だが次の瞬間、上級妖精は再び怒り始めた。
『今まで、カロラスが人間にどのような仕打ちを受けてきたかも知らず、よくも「家族ぶるな」と言ってくれたな!人間、お前の方こそ家族ぶるな!大切ならなぜ守らない!幸せを願うならなぜ害となるモノを排除しない!草花が害虫に脅かされぬよう、守り、育てなければならないのに!それが育てるものの役目!なのに人間は我らの大切を簡単に傷つける!許せない!』
上級妖精がもう一度杖を振る。
すると今度は智香子の瞼が落ちていく。
『我を散々馬鹿にしてきたこと、後悔すると良い!』
抵抗を試みたが無理なようで、視界が真っ暗に染まっていった。
次の話はまた来週になります。よろしくお願いいたします。




