第37話:カロラスへの来客
あの誘拐事件から数日。
日々こちらの世界の勉強と剣術に励む智香子だったが、畑の手入れをしていたその日は来客があった。
この家に住み始めて初めての来客だったために物珍しさに来客の顔をじーっと見てしまう。
年は50ほどだろうか。綺麗な緑髪をカチッとまとめ、眼鏡をかけた男性はスーツ…と言うよりも執事?のような服を着こなしており、スッと伸びた背筋からもその真面目さが窺えた。
「こんにちは、家にどのような御用で?」
さっと泥を落として大雑把にだが身嗜みを整えて男性に近づく。
彼は智香子の姿を目に入れた時、一瞬おやっといった表情をしたが、すぐににこやかな笑みを返した。
「突然の訪問申し訳ありません。本日はカロラス様にお伝えしたいことがあり、まいった所存んであります」
さすが長身の世界。男性も負けず劣らず、簡単に190は超えていそうだ。
だがこちらの身長を考えてくれ、彼は今目線を合わせるために膝をついて話をしてくれている。
なんて紳士的な人なんだろう。
「お名前を教えてもらえるかしら?」
「あぁ、申し遅れました、私はガトー・シュバイツ。ガトー、とお呼びください」
「ご丁寧にありがとう。私は智香子よ」
「ほう、ではチカコ様、と」
「様はいらないわ。普通に呼んで頂戴」
と言うか様付けは日本人だからか知らないが恥ずかしいのだ。
ガトーは食い気味で頼んできた智香子にふふっと笑みをこぼし、はい、と頷いた。
「ではチカコ、申し訳ありませんがカロラス様を呼んで貰っても?」
低姿勢を崩さぬまま、ガトーは言った。
「分かったわ、少し待ってて」
家の中に足を踏み入れるとソファに寝転がりくつろいだ様子のベネッタの姿が。
「あれ、ベネッタ。カロラスはどこ?」
双子のような二人は大抵一緒にいると思うんだけど…。
ベネッタはソファから腰を浮かし、「多分上にいる」と言って智香子の額にキスを一つ。
「っ!」
「アタシ、外の人と話しておくね」
顔を赤く染める智香子とは反対に、ベネッタは飄々と玄関のドアから外へ。まるで、すれ違いざまに気軽な挨拶をしたかのようだ。
ここにきてこうしてスキンシップが増え、正直慣れないといけないとは理解しているのだが、如何せんなれることが出来ない。
年下の、しかも女の子にドキドキさせられるのって、と思う智香子だった。
*
ベネッタがドアから外に出ると、やはり。顔を見る前からどんな人物がいるのかなど理解していたが、実際にこの目で見るのでは違うものがある。
思わず眉が中央に寄ってしまうベネッタに、ガトーは苦笑した。
「ベネッタ様…。そのようにあからさまな態度はさすがに傷つくものがございます」
「嘘つけ。お前が傷つくはずがない」
その言葉通り、ガトーの顔から傷ついた様子は見られない。
「あぁ、一体いつからこのように捻くれてしまったのか…」およよよ…と涙を拭うフリをする老人。さらにベネッタの眉間のシワが深くなる。
今の問いに答えるとしたら、はじめましてのときだと答えるだろう。
見た目を偽るこの男は、初対面の時からいけ好かない人物であった。
あぁ、ダメだ。ベネッタは頭を振る。
このままこの男のペースに飲み込まれてなるものか。
「兄上を探しているの?生憎と家にはいない」
元から仕事はちゃんとする人だ。だが智香子から離れたくないなどとほざいて仕事をサボろうとした時がある。しかしそれは塞がれた。
智香子によって。
彼女はダミアンに言った。
「貴方がサボった分だけ、誰かに負担が行くのよ!そんなことも考えられないような能無しなのかしら?そうでないならさっさと行ってきなさい!自分の仕事の責任も持てないような奴は嫌いよ!」
と。
効果は絶大だった。ダミアンは仕事をサボることなく、また必ず夜6時には仕事を終わらせて帰ってくる徹底ぶり。
だからダミアンがこの時間に家にいることはない。
ガトーは首を軽く横に振った。
「本日はカロラス様に御用がありまして」
「………なるほど」
ということは、カロラスの力が必要なことが起きたのだろう。
だがため息を付かずにはいられない。
どうせ行く場所は決まっているし、そこにカロラスは連れて行かれる。
それに対するカロラスの反応、感情を理解できる。加えてカロラスがどんなに嫌だと思っても、結局は行くことになってしまうということも。
これはカロラスにしかできないことだからだ。
ガトーの表情も辛そうに見える。
どうしようもできない不甲斐なさや申し訳なさから。
もう一度ため息を吐く。
とにかく決めるのはカロラスだ。
「チカがラスを呼びに行ってる。直接本人に聞いてみ……――」
ガッチャーン!!
次の瞬間、窓ガラスが破壊された音が辺りに響いた。
ベネッタは思わず頭を抱える。
そしてダダダダっと階段を慌てて降りてきたのは智香子だ。
「っ、ごめん!カロラス、ガトーさんが用事あるみたいって言った途端、窓から逃げちゃって…」
「はぁ、ごめん、チカ。大丈夫、そこまで大事…では無い、と思う」
彼女の頭を撫でながら、ベネッタはカロラスが向かったであろう森を見つめる。
「とにかく、探しに行く」
きっと気が済めば戻ってくるはずだが、迎えに行ったほうが早い。




