第32話:帰宅
ぎゅっと目を閉じ、ベネッタが「良いよ。」と言った。
その言葉に従い目を開けると、そこには、
「っ、皆!!」
誘拐されていた人たちがいた。
全員無事に帰ってこれたみたいだ。
今は騎士のように鎧を身に着けている人たちや薬?のようなものを持っている人たちが動き回り、治療してくれている。
彼らは智香子の存在に気が付くと、その表情をほころばせて喜び、体を起こして駆けよってきた。
「帰ってきた!本当に帰ってきた!」
「なに?!帰ってきたって?!すごいな!!」
「良かった!良かったわ!っ、生きててよかった!」
ダミアンたちから離れ、智香子も彼らの所へ走った。
皆の先頭にはウィリアムがいて、
「チカコ!」
「ウィリアム!」
ぎゅっと抱き付く。次には四方八方から羽交い絞めにされて息が苦しくなったが、幸福感の方が勝っているためか気にならなかった。彼らは口々に言った。
「すごいよ!すごいよ!!」
「こんなちっちゃな体で、なんて無茶したんだ!」
「でも無事でよがっだ~~~!!」
この国に連れてこられるまでも涙を流さなかった人々。
彼らは今、安心したように泣き始める。
すると誰かがぽつりと言う。
「俺ら、大人なのになぁ………。何もできなかった………………。」
ハハッと乾いた息が聞こえた途端、
「何言ってんのよ!調子に乗るんじゃないわよ!」
智香子の怒りの声が響き、人々は少し距離を置いて彼女の顔を見る。
そこにはぎゅっと泣くのを我慢するように眉根を寄せた智香子がいた。
「私なんかより、も、あなたたちの方が、断然すごいんだから!突然大切な人たちから、っ、離されて、寂しいはずなのに、頑張って、つらいはずなのに、生き残って!」
きっと、逃げ出そうと誰もが考えたはずだ。そして逃げ出した人もいるはずだ。
そこで広がる砂漠を見て、心を砕かれた人もいるのかもしれない。
でも、と智香子は思う。
それだけじゃないはずだ。逃げ出した後のことを考えたはずだ。
自分たちが逃げた後、また別に誘拐される人がいるかもしれないって。もしくは、残っている人の負担が増すかもしれないって、逃げ出せなかったひとだっているはずだ。
優しい彼らを、尊敬せずにはいられない。
そんな彼らを傷つけた奴らが許せない。
疲労がすごく溜まっているからか、智香子の言葉が止まることはない。
あふれ出る涙と共に、叫ぶようにまくしたてる。
「本当に、すごいわ!尊敬に値するわ!自分を、誇りなさい!じゃなかったら、許さないから!」
小学生低学年以来、こんなに泣いた記憶はない。
そう、あの日以来―――――。
ガクッと智香子の体から力が抜け、ウィリアムは慌てて抱きしめる。
疲れすぎて眠ってしまったようだ。
スースーと寝息を立てる智香子を見る皆の目は優しい。
子供も彼女の目元の涙を拭ったり、手を握っていたりしている。
まるで宝物に触れるかのようだ。
今までただ見物しているだけだったダミアンたちが、足を動かして智香子のもとへ歩を進める。
気づいた周りで見ていた者たちは、慌てて跪いた。
智香子を囲んでいた者たちも、同じように跪く。
ただ、ウィリアムただ一人が跪かず、一礼をしただけ。
ダミアンとベネッタとカロラスは、ウィリアムの前で止まる。
「ご苦労であった、ウィリアム殿。」
「お心遣いに感謝いたします、リーデル様。まさか貴方様直々に足をお運びになるとは、思いもしませんでしたが。」
「今回のことは、両国の関係にも関わることだったからな。それに約束をしていた。あぁ、そう言えば、我が国の民を身を挺して守ってくれたそうだな。礼を言おう。」
「いえいえ、私が守っていたわけではありません。私は守られていたのです。この、少女に。」
ふと眠っている智香子を見つめるウィリアムの目は、愛しいものを見るかのような目だ。
「嫌嫌ながら引き受けたことですが、今では儲けものと思えるほど、この少女に会えてよかったと思っております。」
「………………そうか。」
すると、ベネッタが言う。
「『チカを、こちらへ。』」
魔法だ。
その言葉通り、智香子がこちらへ来ると思ったが、彼女はいまだにウィリアムの腕の中で眠ったまま。
あぁ、とウィリアムが呟く。
「申し訳ありません、第二王女様。気づかぬ間に魔法を発動していたようです。」
無表情のまま、その深く青い瞳でダミアンたちを見つめてウィリアムは、腕の中にいる智香子を抱きしめた。
「近い未来、正規の手続きを踏んでご挨拶に参ります。此度のお礼をさせていただきますね。」
言葉が終わると同時にウィリアムと智香子を囲んでいた見えない壁が消え、智香子の体が浮いたかと思えばダミアンの腕の中に落ち着く。
「では、失礼いたします。」
そう言って礼をするその姿は、唯の市民には見えないほど美しかった。




