第31話:脱出③
ぐったりと力が抜けた智香子をさらに強く抱きしめたダミアンは、息を吐く。
「あぁ、チカコ……………………。無事でよかった…………………。」
なんとか隣国まで行って見つけ出し、ここまでこれた。
騎士たちを引き連れてちょっと”遠見”してみれば、智香子が大の男たちと剣を交えているではないか。
慌てて飛んできたが、間に合って本当に良かった。
すると、ダミアンの後方、智香子へ剣を振り落そうとしていた男たちがいたほうから、唸り声がする。
そこには壁にくっついて離れない男たちが。
手足などが何かに固定されているわけでもないのに、壁から体が離れない。
その時一人の男が言った。
「くそっ!魔法か!」
そちらを一切見ることはないダミアンは、さすがに抱きしめたままでは苦しいだろうと智香子から体を放し、智香子の様子を確認する。
ボロボロの服、血がにじむ足、剣を強く握りすぎたせいか豆もつぶれ、そのほかいたるところに擦り傷が見える。また、食べ物が十分に食べられなかったのか肌の艶も失われていて、もともとか細かったのにさらに細くなってしまっている。
それを見た次の瞬間、彼の体が石のように動かなくなった。
「兄さん!急に行かないでくれよ!兵たちが困ってた、ってどうしたの?」
ヒュ、とまたどこからともなく二人、金髪の美少女と美少年—————ベネッタとカロラスが現れる。
二人は固まって動かない兄を確認して、不思議そうに首傾げた。
「兄上?」
そして様子を確認しようと近づき、その腕の中で気絶している智香子を見て、兄と同様固まってしまう。
なんだ?と思っていると、上の方が騒がしくなり、ドタドタという足音とともに、頭上から、一人の騎士――ルバートが現れる。
ずっしりとした鎧と、巨大な体格の彼は、一切の重さを感じさせることもなくあの高い高い場所から飛び降りてきたのだ。
そのことに驚き、顎が外れかける誘拐犯たち。
またルバートの後に続くように次から次に鎧をまとった騎士たちが降りてきた。
彼らは壁に張り付き身動きが取れない誘拐犯たちを見つけ、「捕縛しろ。」というルバートの声に「はいっ!」と元気な声を返す。
ルバートは探し物を見つけ、そちらに駆け寄った。
「殿下、先に行ってしまわないでください。我らの多くは、転移魔法などという高位の魔法は使えないのですから……………殿下?」
いつもなら何か返事があるはずだ。
しかし何もない。
不思議に思って再度声をかけようとした瞬間、顔の横すれすれの所を火の玉が飛んで行く。
唯の火の玉ではない。
高密度に凝縮された、触れたものを瞬時に溶かしてしまういわばマグマのかたまりだ。
それは高速で飛んで行き、偉そうな男の頭上にぶつかった。
「ひっ!!」
火の玉が当たったところを見て見ると、ぽっかりと穴が開いてしまっている。
呆然としている騎士と誘拐犯たちの耳に入ったのは、おぞましいまでに冷えた声だった。
「貴様ら、よくも……………。」
「チカになんてことを……………。」
「許せない……………。」
のそっと置きあがった彼ら。
嫌な予感がした巨躯をもつルバートの判断は正しかった。
直ちに部下へ指示を飛ばす。
「防御魔法展開!四だ!」
誘拐犯たちそっちのけで、その場にいた騎士全員が瞬時に作った防御魔法は、
「『割れろ』」
ベネッタの魔法によって瞬時に壊され、
「っ、五だ!気合を入れろ!」
先ほどの防御魔法は、攻撃を跳ね返すシールドを四枚重ねて作られている。
これを五つ重ねたが、
「『ブラスト』」
ダミアンの魔法により、これまた瞬時に破壊されてしまう。
それからのことは、上で待機していた兵たちにより、後に地獄と言われたという。
*
誰かの温もりが、体を包む。
懐かしい温もりだ。
智香子は安堵して、知らず知らずのうちにその温もりへと体を摺り寄せる。
すると、驚いたように温もりは体をぴくっと動かした。
ふと、ここはどこだと思う。
今いる場所はレッドフィールド家ではなく、誘拐された場所で、それも地下室だったはずだ。
そして、外に出て、敵と……………あれ?
もしかしなくても、死んでしまったのか?
なるほど、それなら納得いく。
敵から囲まれていたはずなのに、こうしてのんびり寝ていられるわけがない。
そっか、ここは天国か。道理で暖かいはずだ。
このままずっと眠っていたい……………。
そうそう、最後に見た夢は、敵に囲まれて、もうダメかなって思ったときに、ダミアンが助けてくれて……………………。
ん?ダミアン?助けてくれた?
あ!!
「はっ!天国じゃないわ!」
危ない危ない。
智香子は慌てて息を吸う。
このままじゃずっとあの夢の中にいたかもしれない。
(まだ、何も終わってはいないのに!)
ぐっと体を起こそうとしたが、それは叶わなかった。
「チカコ!」
「ぐぇっ!!」
ぎゅっと、力強い何かに思いっきり抱きしめられたからだ。
「ちょ、ちょっと!殿下!まだです!」と遠くから何やら声がするが、そんなことに気を使っている暇はない。
ただいま窒息仕掛け中―――――。
「だ、だ、だ、だみ、あ、ん」
絞りだした声は蚊の鳴くようなか弱いもので、ダミアンには届かなかったらしい。
逆に「チカコ!チカコ!」とさらにパワーアップをし始めたのだ。
ヤバい、せっかく助かったのに、恩人に殺されてしまう!と、あせった時、
「っ!!」
ベリッとはがされ、また別の人間に抱きかかえられた。
それは、ベネッタとカロラスだった。
カロラスがダミアンから智香子を救出後、智香子をベネッタが抱えている、という状況である。
「兄さん!治したばっかなんだから、安静にしなくちゃいけないって説明をさっき受けたばかりだよな?」
智香子を背でかばうように立ちながら、カロラスは言う。受け継ぐようにベネッタが口を開いた。
「にもかかわらず、チカを苦しめた。人として最低。」
ぎゅっと、朦朧とした意識の中で再度抱きしめられる。
先ほどに比べて、とても優しかった。
「チカに触るのしばらく禁止。」
「そうだそうだ!」
「そ、そんなぁ!!」
「ひどいよ……。頑張ったのに………。」と肩を落とすダミアンと、彼を非難するベネッタとカロラス。
あぁ、戻ってこれた。生きられたのだ。
生きる………っ、そうだ!
「っ、皆、は…………。」
ベネッタとカロラスに挟まれるように抱きしめられているため、その間から顔を出して声を出す。
すると彼らは言い争うのをやめ、優しい笑顔で教えてくれる。
「無事だ。全員保護した。」
「今はもう国にいる。安心して、チカ。」
そっか、そっか、皆無事だったのか…………。
きちんと、助かったのか。
「っ、良かった!」
ならば、早く私達も帰らなければ!
「早く帰りたいのだけど、いいかしら?」
なぜ、こんなところにまだまだ子供のベネッタとカロラスがいるのかは分からない。
ダミアンの手伝いか?
しかしダミアンは騎士だ。
誘拐犯たちの処理があるだろうと思い聞いたのだが、
「うん、じゃあ帰ろうか!」
仕事、しなくても大丈夫なの?
それが顔に出てしまっていたらしい。「あぁ」と呟いたダミアンは、そっと智香子から視線を外す。
追いかけるように彼が見た方を見ると、何やら鎧を着た男たちがせっせと動き回っている。
なるほど、彼らもダミアン同様騎士なのだな。
彼らがいるから、ダミアンは何もしなくてもいい、と。
「なるほどね。」
それにしても、ダミアンは随分と高い地位にいるらしい。
仕事をせずに帰ってもいいとは。もしかして、帰ってから仕事があるのか?そっか、報告、という仕事があるのかもしれないしな。
「それじゃ、行こう。」
そうダミアンが言った次の瞬間、街へ行ったときに使った転移魔法の緑の光が、智香子たち体を包んだ。




