第30話:脱出②
偉そうな男は耐えられないというように歯を食いしばり、
「こ、こ、この!小娘が!儂を誰と心得るかぁ!儂は!」
「名前を名乗らない豚の名前なんて知るわけないでしょ。本当に脳みそつまってないのね。」
「っ~~~~~!!黙れ黙れ黙れぇ!!」
後ろにいた男たちに唾を飛ばしながら指図する。
「この小娘を殺すのだ!できるだけむごたらしく!」
後ろの男たちは一瞬たじろぐ。それもそうだろう。
見た目十歳に行くか行かないかの少女を、殺せと命じられているのだから。
だが、
「殺せた者には、報酬金を五倍にしてやる!」
その言葉に、男たちはうなり声をあげ、智香子へと剣を向ける。
それでも彼女が動じることはなかった。
こうなることは分かっていたから。
(金で雇われてるんだもの。金で動くに決まってる。それに、こんな人間に雇われるようなら、人を殺したことくらいあるはず。)
それこそ、智香子の見た目のような年齢の子どもを。
だから動じることはない。彼らが自分に同情をするくらいなら、もっと前に誘拐されてきた人を逃がしているはず。そんな話をウィリアムたちから教えてもらえたことはない。
彼らへの視線を外すことなく、智香子は後ろへと声をかける。
そこには傷ついたアイザックに駆け寄る人々がいた。
「貴方たち、動ける?」
じりじりと、にじり寄る男たちを見据える智香子。
そんな彼女が何を言っているのか一瞬理解できなかったものの、「動ける。」と返す。
よし、とうなずいた智香子は、彼らに言った。
「なら、今から全速力で屋敷の方へ逃げなさい。」
は、と戸惑いの息が出た。
男たちに囲まれかけていて、自分たちは疲労困憊。
例え逃げられたとしても捕まえられ、その後に仕置きが待っているかもしれない。
今まで接してきた智香子は、いくら見た目が幼かろうとそれくらいは考えられるはずだ。
何かの冗談か?と。そう問いたくなった。
しかし、
「私が足止めをしててあげる。でもたった数分くらいしか持たないわ。その間に逃げなさい。」
彼女の真剣な声に、全員が理解する。冗談なんかではなく、本気で言っているのだ、と。
「トイヤッグ。」と呼びかけられた彼は、彼女へと顔を向ける。
「皆を頼むわね。」
「…………………あぁ、任せろ。」
そして直ぐに行動を開始した。
「行くぞ!」
智香子の後ろで足元の砂ぼこりが舞う。
すると、気絶していたアイザックが目を覚ましたようだ。
いたるところの骨が折れているため、両脇を支えられているアイザック。痛みに苦しみながらも、彼はなんとか声を出した。
「チ、カコ、さん………?いるんですか……………?」
丁度逆光になっているため、智香子の姿をとらえようとしても、うすぼんやりとした輪郭しかわからない。
本当に彼女がいるのか?確かに気絶する直前に声を聞いた気がするが………。
(でも逃げているはずだ。ここじゃないところに……。)
なんせ伝えたのだから。
しかしその考えは、直後に否定される。
「えぇ、ここにいるわ。よく頑張ったわね、アイザック。」
ハッキリと耳に入ってきたのは、間違えることのない声だった。
勇気をくれる、心に残る声だ。
疑問などどこかへ吹き飛び、アイザックは疲労と智香子がいるという安心感で、再び気絶してしまった。
偉そうな男が、逃げていく人たちへ慌て始める。
「あぁ、せっかく連れてきたのに!両国の目をかいくぐって、ここまで来たのに!逃がしてしまっては計画が台無しだ!おい!連れ戻せ!一刻も早く、こちらに」
「あらあら、なぜ?」
再度男の言葉をさえぎった智香子。
「私がいるじゃない。あんなみすぼらしい人間達が必要なのかしら?ねぇ?」
彼女の声を聞き、その顔を見て、一瞬だが、男たちは喉が詰まったかのように息ができなくなった。
「遊びましょう?私と。」
ヒンヤリとした凶器が、のど元に突き付けられているような感覚がしたからだ。
逸らされない鋭い瞳によって。
チャッ、と智香子が剣を構えたことで意識を取り戻した男たちは、「う、うぉおおおお!!」と慌てて智香子に切りかかる。
しかしなかなか当てられない。
ヒョイヒョイと軽やかに攻撃をよけ、剣をいなされるからだ。
次第に息が上がって来る男たち。
それは智香子も同じだった。
男たちの攻撃をよける。これは造作もないことだ。
(ダミアンの速さに比べたら、ナメクジ並みだしね。)
そう、よける、だけならば。
この一週間で智香子ができるようになったことは、剣を振ること。
相手に切りかかったり、相手の攻撃をはじき返すことはできないのだ。
アイザックを傷つけていた男の足を切りつけることができたのは偶然。しかも全然力が足りないから、浅かった。
「ハッ………ハッ……ハッ……ハッ……」
息が切れ始める。
(っ体力は上がったけど、2から4に上がっても上がったに入るのよ、ね。)
それでも前に比べれば格段に体力はついている。
でなければ、こんな大人数相手の攻撃をよけることなどできなかった。
ダミアン様様だ。
何やら敵のほうも大慌てのようで、「魔法が発動しません!」「何だと?!はっ、まさか、あいつが発動しているのではないのか?!」とかなんとか聞こえる。
(そろそろ、かしら。)
一瞬だけ、後ろを振り返ってみる。
確認してみたところ、うん、誰もいない。皆無事に逃げることができたようだ。
偉そうな男が智香子を殺せたものに報奨金をやると言わなければ、もしかしたら逃げた彼らの元へ向かっていたかもしれない。
ほっと、安心が生まれる。
良かったと思った。
もう足ががくがくなのだ。これ以上男たちをひきつけておけるかわからない。
あとは、智香子も走って逃げるだけ。
よし、行くか、と意気込んだ次の瞬間、
ズルッと足が滑る。
「っ、しまっ!」
その瞬間を男たちは見逃さない。
一斉に剣を握りしめ、こちらに向かって振り下ろしてくる。
まるで映画のワンシーンのように、スローモーションで流れていく現実を、ぼんやりと見ていた。
ふと、ウィリアムとかわした約束を思い出す。
(あぁ、ごめん、ウィリアム。約束守れそうにないわ。)
それに、ベネッタやカロラス、クリストフやアリシスとも夕方に帰ると約束したのに、結局守れていない。
たくさんのことを教えてもらい、異世界から来た人間なのに優しくしてもらったのに、まだ、何一つの恩返しもできていない。
本当に、申し訳ない。
でもさすがに、自分は仰向けだし、ほとんど囲まれている状況で剣を振り下ろす直前だから、逃げられるなんて超人でない限りできないだろう。
それでも願ってしまうのは、やっぱり、人間として当たり前なんだろうな。
生きたい。生きて、まずはたくさんの人に謝罪と、感謝の言葉を伝えなければならない。
それから、この世界で生き延びて、元の世界へと帰るのだ。
だから、白馬の王子様でなくてもいいから、誰か、
「っ、助けてっ」
「チカコ!!」
トスッ、と、砂埃のたつ地面ではない、暖かく地面なんかよりも柔らかいものに抱きしめられる。
「チカコ!!」
再度自分の名前が呼ばれる。
彼の胸に顔を押し付けられているから周囲の状況が分からず、なぜ彼がここにいて、なおかつあんな場面で助かることができたのか、不思議だらけである。
しかし今の智香子にそのことを考える余裕は一切なく。
ただただ、彼が約束を守り、助けてくれたことに安堵した。
「ダミ、アン…………。」
そうつぶやいて、智香子は気絶してしまったのだった。




