第29話:脱出
「ほら、皆!こっちよ!」
小さな体の少女―――智香子は、十数人の先頭に立ち、彼らを先導して歩いてく。
「暗いから、足元には気を付けなさい!きつくなった人はさっさと報告するのよ!」
四肢があり、なおかつ体力が少しでもある者は負傷者に手を貸す。
智香子は小さな子供と手をつないでいる。まぁ身長が子供の方が高いので先導されている感じになってしまっているが。
あの後すぐに話をした。
申し訳ないと思いつつ隠さず話した後、返ってきた言葉は「なら、急がなきゃいけないね」だった。
特に荷物もなかったからすぐに出発できたが、智香子はなんだか嬉しくなった。
皆が、皆で逃げようと考えてくれていることを知れたから。
そうして互いを助け合いながら、励まし合いながら真っ暗な道を進んでいく。
徐々に出口が近づく。智香子は子供たちの手をそっと外し、前回と同じところを押す。
ギギギッと嫌な音を立てて扉が開いた。後ろでどよめきが聞こえる。
そっと外をうかがい、誰もいない資材庫を確認したところで、智香子はすぐ後ろに、智香子と同じように子どもの手を握っているウィリアムに視線を投げた。
何を求められているのか理解した彼は、すぐさま目を閉じ、そして、
「屋敷の中、その周辺には誰もいません。」
「行くわよ。」
資材庫から、さらに外へ。
扉を開けた途端にまだ高い位置にあった太陽がさんさんと智香子たちを照らしてくる。
地下室にも、あの神秘的な場所にも、もちろん光は入ってきていた。
でも体全体に浴びるように光を受けるのは久しぶりだ。
ようやく出られたことを静かに喜び合い、中には涙を流す者もいた。
だが、
「まだなんだから、喜ぶのは後よ。無事に帰れたら、いくらでも泣いていいわ。涙を拭きなさい。」
智香子は気を緩めることはない。そっと一人ずつ背中を押して、屋敷の裏へ行かせる。
そして最後に出てきたウィリアムを呼び止めた。
「ウィリアム、頼みたいことがあるわ。皆を誘拐犯どもに見つからないように、見つからない場所に連れて行ってほしいの。」
「良いですけど…チカコは?一緒に来ますよね?」
その問いに、智香子は首を振る。
「私はアイザックたちを迎えに行くわ。」
「…………賛成しかねます。」
きっとそう言うだろうと思っていた。
智香子だって、ウィリアムが一人で敵の中に取り込むなんて言い出したら必死に止めるだろう。
援軍が来るんだ。逃げるのは敵が周囲にいない今がチャンスだ、と。
でも、たとえどれだけ理由を並べられても、引けない。
「貴方の心配する気持ちは分かるわ、ウィリアム。でもね、悪いけど、私は甘々な子供じゃないの。見くびらないで頂戴。」
「わかっています。そんなこと分かっています。僕が言いたいのは、なにもあなたが行く必要はないということです。あなたが行くよりも僕が行った方が、」
「ウィリアム。」
名前を呼ぶ。グッと言いたいことを押し戻した彼は、明るい太陽の下、吸ったままにしていた息を苦し気に吐いた。
「私は必ずアイザックたちも助け出すわ。必ずよ。一人たりとも残していかない。全員で、帰るって決めてるの。」
それでも眉にしわを寄せて、心配げなウィリアム。
だから智香子はちょっと背伸びをして、ウィリアムへと手を伸ばした。
いつも話すときは腰を折ってくれる彼は、それでも智香子より少し身長がたかい。
その頂点、瞳と同じ深い青の髪の毛に手をのせて、そっと撫でる。
「大丈夫よ、ウィリアム。」
天に伸びる空よりも濃く深い青。
黒一色の自分は、彼と並べば当たり前だが見劣りしてしまうだろう。
「貴方に心配されるほど落ちぶれていない。でも、正直に言ってしまえば、ちょっと怖いの。」
二度と戻ってこれないかもしれない。皆を助けられないかもしれない。
最悪の事態を、生んでしまうかもしれない。
いろんな”IF”が頭をめぐり、足をすくませて来る。
「それでも行こうと思えるのは、ウィリアムや皆が、心配してくれるからよ。それに、信じてくれているからよ。私はそれにきちんと答えるまで、死なないわ。それに、策がないわけでもない。だから安心して待ってなさい。私が全員連れて元気に帰って来るのをね。」
ニッと笑い、信じてくれ。と訴えかける。貴方たちが信じてくれるように。
頭を突然撫でられたことで驚いていたウィリアムは、「そんなこと言われたら、止めることなんてできないじゃないですか……。」と困ったように眉を下げて、うなずき、
「わかりました。いや、本当は嫌なんですけど、分かりました。」
ぎゅっと、智香子の体を抱きしめてくる。
今度は驚く番になってしまう智香子。そんな彼女にウィリアムは言う。
「ケガ一つでもして帰ってきたら、許しませんから。」
「あら、私を誰だと思ってるのかしら?ケガをするわけないでしょう?まぁ、気を付けるくらいしてあげるわ。」
そして体を放したウィリアムは「行ってらっしゃい」と彼女の背中を押して、
「えぇ、行ってくるわ。」
智香子は走り出した。
目指す場所は、一つ。
話し声が聞こえ、次いで人だかりを見つける。
黒いローブの男たちと、一人の偉そうな男を囲むようにしてたたずむ傭兵らしきガラの悪い者たち。
そんな奴らに見下ろされている、連れてこられた人たち。
そこで智香子は見てしまった。聞いてしまった。
「この男、中々しぶといですね。」
「ふんっ。死ぬまでやれ。私を侮辱したのだからな。」
「イヤァアアア!!」
「やめてくれ!」
図体のでかい男は、偉そうな男に「やれ」と再度言われ、己が拳と足を使って、ある人物を痛めつける。
声を、出さないのか、出せないのか。
分からないが、その体に出来上がった無数の傷と、滴り落ちる血。
彼の、アイザックの、苦し気な顔を見た瞬間、智香子の血が沸騰するように燃え滾る。
ふざけるな!
次の瞬間、煙が舞い、智香子の視界を遮る。
驚きしかし足を止めてはいけないと砂を払っていくと、そこには一つの剣があった。
幻覚?と近づいて見ると、触れる持ち上げられる。
そして何よりびっくりしたのは、ダミアンから作ってもらった剣だったのだ。
なぜここに?
それさえ考える時間が惜しい。
智香子は心の中で誰かに礼を言い、再び駆け出す。
誰も注目していないから、だろう。
唯一人、小さな少女が智香子の存在に気づいたが、誘拐犯たちは気づかない。
殴りつけた拳を振り上げ、アイザックへと降ろされる、前に、
ザシュッ!
「っ、グワァ!!」
男が叫び声をあげ、後ろに倒れ込んだ。
その足元が切られて、苦し気に悶えている。
それには一切目を向けず偉そうな男は突如現れた者に声を荒げた。
「と、突然現れて、何者だ!お前は!」
その者は、中々整わない呼吸をハァハァと繰り返し、男を睨み付けていう。
「人に名前、聞く前に。自分が名乗りなさいよ。常識よ。」
おそらくこの場の誰よりも小さい少女は、何を言われたのか理解できずに呆然とする男にはっと嘲笑った声を出す。
「あら、突然聞きなれないことを言われて頭が動けなくなったのかしら?本当、学がない男ね。せめて名乗る、だけでもできないのかしら。あぁ、そうね。ミジンコ並みの脳みそしかないのだもの、できないのは仕方のないことよね。」
ようやく息が整ってきたようだ。
と同時に、言葉の意味を理解することができたころで顔を赤くし、プルプルと震え始める男とその仲間たちを睨み付けて。
「でもね、いくらミジンコ並みの脳みそしかなくても、私の守りたいものを傷つけたことは万死に値するわ。」
よくも、アイザックを。
こんなにボロボロになるまで、傷つけてくれたな。
チャっと、一般の剣よりも小さいそれを構えた彼女は言う。
「覚悟することね。ボケナスども。」




