第27話:不思議なこと②
「それ、何?」
子どもの体を拭いていた手を止め、その布を近くにいた女性に渡し、智香子はウィリアムに駆け寄る。
どうやらそれは智香子宛のものらしく、ウィリアムの後に続き皆からちょっと離れているところへ行く。
受け取った紙は色あせていた。
中を見るとインクがはっきりとしており、紙がただ古いだけで最近書かれたもののようである。
文字が荒れていることから急いで書いたものらしい。
それはアイザックからだった。
『チカコさんへ。今夜地下室が調べられるそうです。理由は分かりません。逃げてください。アイザック』
本当に、文字を勉強していて良かった…………。
短い文だったが、知らなければわからなかった。まだまだ完璧ではないが、えらいぞ、智香子!
さて、自分を褒めるのはまた後にしてアイザックからの伝言だ。
おそらく内容を見ただろうウィリアムに、紙を見せながら訪ねる。
「なぜ地下室に誘拐犯たちが調べに来るのか。これをどう考える?」
「地下室を脱走して資材庫や食糧庫から運び出したことがばれた、もしくは、僕らを放っておけない理由ができた、ですかね?」
「放っておけない理由……………。」
何があるというのだ?
手足が負傷していたり、病気だったり。智香子やウィリアム、他数名は確かに元気だが、それでもご飯をあまり食べられないこともあり、動けない者ばかりだ。
始末したいのであれば、獣か何かを穴の中に入れればいい。それか魔法。
しかしそういうわけではない。
アイザックがわざわざ”調べられる”と書いている通り、彼らの目的は”調査”である。
(何を調べてるの…………?)
うーん、うーん、と悩む智香子を見ていたウィリアムは、一段と声量を落とした。
「あの、チカコ。ちょっと良いですか?」
「ん?どうかした?」
「いえ、少々時間をいただきたいのです。」
「え、うん。いいと思うわよ?」
なぜわざわざ無関係な智香子に許可を聞いてくるのだろうか?
時間を貰いたい=考える時間が欲しい、ということだろう?
だがこの続きの行動と言葉を聞いたことで、なぜ許可を求めたのかわかった。
彼は「良かった。」と息を吐いて、突如智香子を抱きしめた。
「?!?!?!」
「チカコの時間を、少しいただきますね。」
(時間って、私のか!)
だがその程度で慌てないのが二十歳で大人な智香子である。
(そうよ。この世界に来て一週間。毎日毎日抱きしめられた私の、抱擁される時の心の強さ、なめるんじゃないわよ!)
おそらくここにレッドフィールド家がいたら全員が腹を抱えて笑うことを考えつつ、彼の腕の中にすっぽりと納まった状態で、黙って事が済むのを待つ。
何をしているのだろうか?
一方目をつむったウィリアムは、しばらくその体勢で固まったままだった。
それから数分後。
ウィリアムが息を吐いたことで腕の力が緩み、智香子は解放される。
顔を見上げると少々汗をかいた彼がいた。
目に入りそうな汗を手で拭ってやると、ウィリアムは礼を言って再度息を吐いた。
そして
「どうやら、この場所に向かっている軍隊があるそうです。それも、唯の小国ではなく、」
”大国アドリオン”
昨夜トイヤッグに教えてもらった国名を聞き、なぜ、ウィリアムがそんなことを知っているのか、いや、前にもこんなことがあったな、と思う。
昨日のことだ。誘拐犯たちが今どこにいるのか、彼は一瞬で教えてくれた。
気になる。大変気になる。
どんな魔法を使っているの?とか、もしかして気配とかでわかるの?とか。色々質問したい。
しかし今は聞くときではない。智香子はそれが分かっている。
だから全て終わったあとに聞こう。
忘れないよう頭にメモをし、気持ちを切り替える。
「彼らはどれくらいで到着しそう?」
「まだまだ離れていまして…そもそもシルナリヤスとアドリオンの国境は広いですから。到着時間は、おそらく今夜。日付が変わるころだと思われます。」
今夜、か………。なるほど。
「誘拐犯たちは、アドリオンとつながりのある人を探しているのかもしれないわね。」
捜索隊が消された、つまりこの場所はまだ両国どちらにも知られていないはずだ。
なのにこの場所に向かってアドリオンの兵が進んでいる。
誘拐犯側がこのことを知ったなら、アドリオンへ情報を流している者がいるかもしれないと考えるだろう。
憶測だが、誘拐犯の中には強大な魔力を持ち、強い魔法を使える人間たちがいる。
連れてこられる時の会話から智香子はそう思った。
そして今までここが発見されなかったという点から、彼らの中に遠くを見ることができる、みたいな魔法を使える人がいる。見つけたもの、それこそ捜索隊などを魔法で消す、あるいは転移させる。
そうやって身を隠していたのだ。
そんな奴らは必ず、大国アドリオンの軍がここに向かっていることを知っているはずだ。
地下室の調査は情報を流した人間を調べるため。
たぶん、アイザックたちの方も…………。
智香子はその続きを考えた時、自分の血の気が引くのが分かった。
思わずふらつく体を、ウィリアムが支えてくれる。
ぎゅっと彼の服をつかむ。
あぁ、最悪だ。
「っ、ウィリアム。今すぐみんなの元へ行って、移動の準備を開始するわ。外に出るわよ。」
「どうしたんですか?突然。調べられるのは今夜。まだ時間があります。」
冷汗が止まらない。
「今夜、なんて悠長なことは言ってられない。今夜、敵であるアドリオンが来るのに、なぜわざわざ夜調べるの?きっとあの地下室が調べられるのは、”前”が終わってからよ。」
この場所があるということを誘拐犯たちは知らないはずだ。
でなければ、智香子にあんなことを言うはずもない。
知っててあのように言ったのであれば、彼は名俳優になれるだろう。
前?と首を傾げたウィリアムは、少し考えて、結果にたどり着いたようだ。
智香子同様に顔が青くなっている。
地下室の人間を調べる前に、誰を調べるか。味方、も確かに怪しいだろう。
だが彼らにとっての敵の中で一番怪しく、外とつながれる人間と言えば。
「アイザックたちが危ないわ。」




