第22話:言い争いは誰も食わない③
智香子の言葉に、今度はトイヤッグが言葉を失った。
「はぁ?!マジで?!」
慌てて彼の口をふさぎにかかる。
なんとか口元に手が届き塞ぐことができたが、ほぼトイヤッグの体に乗りかかってしまっている。
というか、髭がもじゃもじゃする。
「静かにして!バカなの?!誘拐犯たちが来たらどうすんのよ!」
智香子の言葉にハッとなったトイヤッグは「ワリィ…。」と頭を下げながら、そっと自分の口から智香子の手を離し、そのまま智香子を抱えて自分の膝の上にのせた。
「………………何してんのよ。」
低い声で呼びかける。もちろん睨みつきで。
確かに身長差で言えば親と子ほど離れているが、実年齢はそこまで広くないはずだ。
それに智香子も二十歳だから立派な成人女性。
嫌でない、わけがない。
「ハハハ!気にするな!それに、こっちの方が話しやすいからな!」
先ほど注意したばかりだと言うのに、また声が大きい。
もう一度睨みつつ、まぁ、ここでの設定八歳だからな、と納得する智香子。
弟か、もしくは子供がいるのかもしれない。
中々会えなくて寂しいのを智香子で紛らわそうとしているのだとしたら。
(仕方ないわね…………。)
家族や大切な人に会えない寂しさは分かる。
息を吐いて、遠慮なく体重を預けた智香子は話の続きをトイヤッグに促した。
「それにしても、アドリオンを知らない奴がこの世にいるとはなぁ………。」
「仕方ないでしょ。最近勉強始めたばかりなのよ。」
返ったらまた、教えてもらわなくては。知らないことばかりだ。
そんな智香子を見て、トイヤッグはポツリと呟く。
「なるほど………。」
「ん?何かしら?」
胡坐をかいているトイヤッグの足の上に、横向きで座っている現在。
ちょっと遠くに意識を飛ばしていたせいでトイヤッグが何を言ったのか聞き取れなかった。
「なんでもねぇ。」と言う彼を不思議がるが、直ぐに話が始まってしまったため忘れてしまう。
「まぁ、知らなくても平気だしな。進めるぞ。その二つの国の間にあるココは、領土外、要するに誰の所有地でもなかった。一面砂漠だし、いくら魔法で植物生やせるこの広さだし、土地だって普通と違って植物育ちにくいしな。国の魔法団使っても数年くらいはかかる。時間も金もかかるんだよ。そこまでして欲しいとも思わない。ってことで、どこの国も手を出してこなかった。だがある時、ここに目を付けた奴がいる。それが誘拐犯の親玉。」
奴らは身を隠す魔法が上手いらしく、そもそもそこに人が住み着いた、なんてのが遠目ではわからなかいそうだ。
ちなみにトイヤッグはどちらの国の国民でもない、いわゆる旅人らしく、ここらをぶらぶらしていたら捕まってしまったらしい。先ほどの遠目うんたらも実際に見たからわかること。
「奴らは両国から人をさらってきてはひたすら横に掘らせ、ある物を作ろうとしている。」
ある物、それは、
「基地だ。それも、戦争用のな。」
「…………き、ち…………。」
始めの内から戦争や戦いがある世界だと聞いていたが、約一週間、そんなものに触れたことはないし、生きてきた二十年戦争に立ち会ったことなどない。それがここに来て初めて、戦争を身近に感じたのだ。
ぶるっと、体がこわばった。
トイヤッグは智香子の頭をそっと撫でる。
「奴らが作り始めてだいたい三か月がたったってところだ。」
「………………両国は、なにもしないの?」
自分の民がさらわれて、死んでしまっているのに。
何をやっているんだ。
「………………何もできないんだよ。そもそもの話、国境はどちらの国の所有物でもねぇから、どんな人間が住もうと国に害さえなければいい。それにシルナリヤス国は対策をきちんと打ってんだぜ?攫われた人間探しに探索隊が来たことがあった。だがな、突然消えちまったんだ。魔法みたいに。アドリオン国は最近になって誘拐され始めたから、さすがに他国に行ってるとはすぐに考えられなかったんだろう。それに…………」
「……………国同士の関係のため、ね。」
トイヤッグが言い淀んだ言葉を、智香子が引き継ぐ。
おそらく彼女に伝えなくていいと途中で思ったんだろう。
参ったなぁ、とぼやくトイヤッグ。
「あぁ、そうだ。相手んとこの領土じゃない、だがしかし、自分のとこでもねぇ。兵を送り込んで、相手に戦争を勘繰られるかもしれねぇ。だから向こうに使者送ったりって、結構面倒な手続きがいるんだよな、これが。」
単純に助けに行こうとしても、捕まるか消される。
消された捜索隊は、行方知れずだ。
黙ったままのチカコに、トイヤッグは続ける。
「まぁ、そういうもろもろ含めて、国は中々動けず。ここで、奴の目的だけどな。」
「?基地ではないの?」
「そうなんだけど、ざっくりしすぎだろ?それ。」
具体的にいえば、国家間の関係の悪化と国家の乗っ取り。
「二つの国、主にアドリオンへ仕掛けるのが目的だ。シルナリヤス国が突然戦争を吹っ掛けてきた、ならこっちもやり返す――って喧嘩始めたところに付け込んで、アドリオン国王または王族の暗殺さらにアドリオン国の強奪。それが奴らの目的。」
「えっと、誘拐犯の親玉って、アドリオンへの恨み半端ないわね………?」
「ん~~~~、大国アドリオンは周りの国からしてみれば喉から手が出るほど手に入れたい国なんだよな。自然豊かで作物も鉱物もザックザック、大きな災害はここ数千年は起きてないし、商売上手!だし。奴らはどっかの国のアドリオンが欲しいってお偉いさんから金で依頼された奴らだ。」
ほは~~~、と息が出る。こんな小説のような話が本当にあるのか。
いや、そもそも異世界に来てる時点で小説だし、前の世界でもそんな話はあった。
「親玉は、グードス。所属国とか誰に依頼された、とかまでは分からねぇが、お貴族様で裏社会に関わり持っては人身売買とか簡単にやってるクソ野郎。黒いフードの奴らとかはそんなグードスに金で雇われた奴等ばっかだ。まぁ、シルナリヤスと大国アドリオンの人間じゃないな。」
「なぜそう言えるの?」
「魔法の使い方、だな。」
なんでも、シルナリヤス国の人間が使う魔法は幾何学模様が浮かび上がるらしい。
ではアドリオンはどうなのか?と問えば。
「あ?責められる国の人間がいるわけねぇだろ。」
と返された。
「いや、いるかもしれないじゃない!」
「いないな。」
拳を握りしめた智香子に、なぜか自信満々なトイヤッグ。
ふとトイヤッグがいまだに頭を撫でているのが気になった。
いい加減やめてもらおう。たとえ兄弟もしくは子供がいない寂しさを紛らすためとはいえ、さすがに長い。
「トイヤッグ、手を」
離しなさいと言う前に、その手は離れ、さらに体が持ち上がった。
不思議に思ったが、その原因の正体はウィリアムだった。
智香子を横抱きにした状態で、眉間にしわを寄せながら彼は言う。
「話はもう済みましたか?」
「?えっと、たぶん………。」
トイヤッグは「あぁ、大体話したいことは話せたぜ。」と言った。
するとすぐさま方向転換してしまうウィリアム。
「ちょ、ウィリアム!」
「話が終わったのなら、ここに長居する必要もありません。それに、また話したいことがあるのなら明日でもいいでしょう?」
どうせ来るのだから。
たしかにそうだ、と思う。
彼に任せた配り物について尋ねると、
「それも全て終わらせてきました。清潔な布と掛布団をわけるよう説明もしておきました。加えて見張りが来た時にはそれらの物を隠すように、とも伝えてあります。」
お、おぉ…………。仕事が早い………。
速足でその場を離れようとするウィリアム。
智香子は慌てて、ウィリアムの肩から顔をのぞかせた。
そこにはこちらにヒラヒラと手を振るトイヤッグ、アイザック、そして他の皆が見ていた。
なるべく大きくない、けれど届くようにそっと智香子は叫んだ。
「おやすみなさい!ゆっくり体を休めるのよ!」
返事のかわりに、うなずいたり、グーのサインが返ってきた。




