第19話:穴の奥②
「『守護』。」
ウィリアムがそう言ったのを、智香子は聞いていた。
実際はその魔法の透き通る、まるでガラス細工のような美しさに見惚れていたのだが。
思わず、という風に口からため息が零れ落ち、
「きれい……………。」
すると、智香子の背中に回されていたウィリアムの手がぴくっと動き、それによって智香子はウィリアムの存在を思い出した。
魔法を使っている本人の顔を見上げてみると、微妙な顔をした彼が。
なんだか、思ってた反応とは違う、でも納得したような表情…………。
キョトンとしていればさらにため息が落とされる。
そして、突然、
「!」
ほっぺたをムニッと横に引っ張ってきた。
痛みは全然ないが、あまりにも唐突で、意味の分からない行動に言葉が出ない。
ウィリアムは言う。
「僕が怒っていることが分かりますか?」
その眉間にしわを寄せて。
智香子はコクコクとうなずく。
「では、なぜ怒っているのかわかりますか?」
なぜ?なぜ?
うーん、とほっぺを引っ張られたまましばらく考え、はっと思いつく。
「魔法をキレイと言ったから!」
「そんなわけないでしょう!」
間髪入れずに反論される。初めて彼が声を荒げた瞬間だった。
「なんで魔法キレイって言われて怒るやつがいるんですか!」
シュンとおとなしく、なるような智香子ではない。負けじと言い返す。
「いや、いるかもしれないじゃない!自分はキレイじゃないって思ってるのをキレイって言われる人とか!」
「開き直らないでください!僕が言いたのはそのことではありません!貴女の注意散漫な行動に怒っているんです!」
思い当たる、というかついさっきの出来事を思い出し、ぐっ、と言葉につまる智香子。ウィリアムがその隙に畳みかける。
「風景に見惚れて足元の注意をおろそかにして………僕がいなかったら死んでたかもしれないんですよ?それに魔物がいたらどうするつもりでしたか?戦いますか?空腹で力が出ない状態で?無理ですよ。死んでましたよ。他にもいろんな危険があったかもしれません。」
「その先のことを、貴女は分かっていますか?」と先生のように言い聞かせる鋭い声に、今度こそ智香子はシュンとうなだれてしまう。
確かに彼にはたくさんの苦労をかけてしまった。
初めて会った数時間前から、ずっと。
結構きつめの言葉を投げかけても、毒を吐いても、それでも彼は「嫌だ。」などとは言わないで付き合ってくれた。
「…………………ごめんなさい。次からは、きちんと気を付けるわ。」
その言葉に、ほっと息を吐く声が頭の上から聞こえる。
そっと上を見てみると、眉間の皺が取れたウィリアムがいた。
「そうしてくれると助かります。僕がいつでもそばにいるわけではないので。」
ウィリアムは智香子を抱えたまま立ち上がった。
グンッと高くなった目線に、思わずウィリアムの首にしがみつく。
その時クスッという笑い声が聞こえて、智香子は恥ずかしくなった。
(~~~~~!絶対「子供だなぁ………。」って思われたわ!)
だがしかし、人というモノは、突然の事には驚く。これは条件反射のようなものだ。うん。
と自分に言い聞かせながら、ウィリアムにしがみつく腕に力を込めた。
それさえも彼にとっては弱い力で、ただ怖くてしがみついているとしか思えないものだったため、また彼の体が笑いによって震える。
ウィエリアムと抱えられた智香子が向ったのは、美しい泉。
そこで泉の中心へと延びる足場を見つける。
何とか歩ける幅しかなく、先に進んでも何かメリットがあるわけではなかったのだが、智香子の強い希望にウィリアムは歩を進めた。
中心は一段、他のところよりも高くなっていて、その床は円盤状の石なのだが、月光を受けて自ら光っているような錯覚を受ける不思議な場所だった。
天井は月の光が十分に入ってくるほど大きく開かれている。
周囲は泉の水がたゆたっている。
中心以外は月光に当たらずに影となり暗く、より中心部を際立たせていた。
まるで、夜の天界にいるみたい。
智香子はそう思った。
空を見上げてみれば、大きな月が浮かんでいて。
届くかもしれない。
そう叶うはずもないことを思った。
でも、もしかしたら…………本当に……………
そっと手を上へと向ける。
この手の中に、あの月を――――
「え?」
だが、それは叶わなかった。
ウィリアムが、智香子を強く抱きしめたからだ。
覆うように彼女を包み込み、まるで何かから守るように屈みこむ。ぎゅっと、強く。
慌てて月へと伸ばしていた手を引っ込めて、ウィリアムの頭をなでる。
智香子の肩に顔をうずくめていて顔を見ることができないが、突然こんなことをしだしたウィリアムに不安ばかりが募る。
「どうしたの?ウィリアム?」
しかしウィリアムは何も返さない。
取り合えず様子を見ることにした智香子。
頭をなでる手と、背中をさする手に集中して、彼の回復を待つ。
しばらくすると、ウィリアムが体を起こした。
「大丈夫?」と顔を覗き込むと、「大丈夫です。」と返ってきた。と思ったら、再び抱きしめられる。
「何かあったの?」
突然家に帰りたくなったのかな?
それともお手洗いかな?
だが返ってきた答えは、想像していなかった答え。
「………………貴女が、消えてしまうかと思って。」
「え?私が?」
どうしてだ?と首をひねると、ウィリアムも「わかりません。」と答える。
「ただ、何となく、そう思っただけです。」
最後にもう一度智香子をぎゅっとすると、ウィリアムはスッと立ち上がった。
慌てて首に捕まる。
「おそらくですが、この場所は誘拐犯たちから逃げるための通過点だと思います。外へ抜ける道があるかもしれないので、探しましょう。」
そう言った彼は、もういつもの彼に戻っていた。
頷いた智香子はあっ、と声を出し、一点を指さした。
「あれじゃないかしら?外への道。」
そこにはまた穴があった。




