第18話:穴の奥
「貴方たちを死なせる気もないから。」
そう宣言した智香子に、呆然とする人々。その顔は言葉の意味を理解しきれていなかった。
だが時間は有限である。
パンパンッと手をたたいた彼女は、
「というわけで、もう一度寝なさい!」
と言い放った。
もはや、彼らに理解してもらう気は全くない。
起き上がっている人たちを次々に、優しく寝転がしていく。
そもそも体力面でも精神面でも元気がない彼らに、反抗する力はあまりない。
怒りによって生まれたエネルギーがあれば何とか動けるかもしれないが、怒りなどない。
それに、何か言おうと口を開いても、智香子にふさがれてしまうのだ。
「何か言いたのであれば、明日になさい。無駄に体力を使うなんて馬鹿のすることよ。今日はとにかく眠るの。」
そう言って、何日も洗っていないギシギシの髪を、そっと撫でる彼女。
暖かい、と思い、涙が出てくる。それさえも彼女は拭ってくれる。
ほっと息を吐いた後、彼らは再び夢の世界に入っていった。
一時間がたち、智香子とウィリアム以外の寝息が聞こえてくる。
今まで寝ていたのに、簡単に眠れるのか?と思うかもしれないが、人に体をふかれるのは結構体力を使う。幸いだったのは、外とは違い、ここは夜でも寒くないことだった。
「ようやく寝たわね…………。」
呟き、その場に座り込んだ。
布に水を含み、体をふく、という行為を繰り返した。
さすがに土に水を含ませ、人たちを中央に運び、彼らの体をふく、の三つをずっとやり続けたことによって生まれる疲労は、すさまじいものだ。
はぁ~~~~~と息を吐く智香子を、じっと見てるウィリアム。
次の瞬間、小さな声で「ゥッシ!」と言いながら立ち上がった智香子に彼は目を丸くする。だけでなく、思わず後ろに倒れ込んでしまった。
「…………………どうしたの?」
「いえ、なんでもありません。」
慌てて言いつくろった。
?と首をひねりつつ、智香子は穴に向かって歩き出す。
落ちてきた穴ではない、ここで見つけた穴である。
「なんですか?この穴は。」
「わからないわ。」
え、と呟くウィリアムに、「だって私もさっき見つけたものなんだもの。」と返す。
そして、ウィリアムの顔色がさっと青くなる。
暗闇の中だからよく見えないが、もしかしたら彼の瞳よりも青くなっているかもしれない。
「あ、あの……。」とウィリアムは口を開いた。
「もしかしなくても、そこに入る気ですか……?」
対して智香子は、腰に手を当てて、ふんっと息を吐き、
「当たり前よ。」
という顔をしてウィリアムを見た。
ハァ――――っとため息を隠そうともしないウィリアム。
この数時間、智香子と過ごしてきた彼は大分彼女に慣れてきたものの、やはりまだまだのようである。
すると、
「何もしないよりは、何かした方が良いでしょ?」
こそっと、耳打ちするように言ってくる智香子。
まるで親に隠れて危険なところへ足を踏み入れる子供のよう。
「まぁ、そうかもしれないですが…………。」
それでもニコッと笑った彼女の笑顔を見ている内に、仕方ないという気持ちになって来るのが不思議だ。
再度ため息を吐いたウィリアムは、穴のサイズを見て何とか通れることを確認し、「わかりました。」とうなずく。
「それじゃ、行きましょ。」
智香子の呼びかけとともに、二人は穴の中へ入って行った。
*
入口は狭く、少し進むと立ち上がれるほど広くなる穴。
と言ってもウィリアムはいまだに、かがんだままだ。
それからさらに進んだところで光が見えた。
なんだと思いながら進んでいくと、そこは、
月の光を反射して広い空間を照らす泉が在る、神秘的な場所だった。
あまりの美しさに、開いた口が閉まらない。
すると、
「!」
智香子が立っていた場所が、崩れた。
ヒュッと息をのみ、ぎゅっと目をつぶると、
「っチカコ!」
大きい何かに抱きしめられたかと思えば、グルグルと周る感覚が体を襲い、そして、止まった。
痛みは全然ない。
その理由は、いたって簡単だ。
慌てて目を見開き、智香子は自分をかばってくれた青年を向く。
「ウィリアム!」
だが、そこにいたウィリアムは、
「…………なんですか?」
「え?」
傷なんて一つもなかった。
「え?え?え?」
先ほど自分たちが落ちた………というよりも、滑り落ちた場所を見る。
結構な高さだ。
なのに彼には傷が一切ない。
不思議で不思議でたまらなくて、ペタペタと彼の顔や体を触って確認をする。
「…………………………ないわ……。」
やはり、ない。
首を傾げる智香子に、ウィリアムは言った。
「魔法ですよ。」
「魔法?」
「はい。」と言った彼は、何かに集中するように目を閉じる。
すると、ブワッと、ウィリアムと智香子を包むように青い膜が現れた。
ダミアンたちに見せてもらっていた魔法には古代文字が浮かんでいた。
だがそれとは違い、複雑でありながら美しい花の幾何学模様が敷き詰められている。
驚く智香子を腕の中に収めながら、ウィリアムは言う。
「『守護』。」




