第17話:地下室③
ようやく寝ていた人が起きた。
そのことにほっと息を吐く智香子。このまま全員が実は死んでいた、なんて状況まで想像していたからだ。しかし、真っ青な瞳と同じ髪色を持つ青年はなぜ智香子が息を吐いたのかわからないかったようで、
「…………先ほどは心配していたようですが、今は安心しているのですね。」
と眉間にしわを寄せながらつぶやいた。
その疑問に答えるように、智香子は彼に近寄って言う。
「ふんっ、日中にこれだけ寝るなんて、不健康もいいところだと思っていたのよ。別に安心なんかしていないわ。」
更に首を傾げる青年。
だが智香子はそんな彼の様子に気づいてはおらず、
「初めまして、私は智香子っていうの。貴方はなんていうの?」
と訊ねた。
「?名前を教える必要性が分かりません。」
そう答える青年の声音はバカにしたようでもなんでもなく、本当に質問の必要性が理解できないようである。
智香子はなんてことないと答える。
「あら、簡単なことよ。呼びかけるときに便利じゃないの。それとも貴方は、「あれ」とか「これ」とかって呼び方の方が好きなのかしら?」
ふっと笑って言う智香子に、青年はしばらく経ってから
「…………………ウィリアム、です。」
と答えた。
「ウィリアム、ウィリアム………」口の中で繰り返し、
「ウィリアム、ね!覚えたわ。」
さて、と腰に手を当て、智香子はウィリアムを見た。
そして「ん?」と何かが頭に引っかかる。
なんだ?何が引っかかているのだ?と首を傾げる智香子を見て、首を傾げるウィリアム。
はっと引っかかりに気づいた。それは、まさしく、身長差、である!
立っている智香子に対し、地べたに座っているウィリアム。なのに目線がほぼ同じなのだ。
今まで座っている相手と比べたことがないからわからなかった。
しかし、今、彼に立たれてしまったら、きっと心が折れてしまう。
例えこの世界が元の世界とそもそもの平均身長が違うとしても。
「ウィリアム。貴方は立ってはいけないわ。良いわね。」
理解不可能なことを注文されたウィリアム。
「なぜ?」と聞こうとしたが、智香子の人を射殺せそうな目に口をつぐんだ。
「とりあえず、人手が増えてよかったわ。私一人じゃどうにもできないもの。」
彼女は隅にいる人達を指して、言う。
「彼らを中央に運ぶわよ。」
早速動き始める智香子。だが、ウィリアムが動いている気配がしない。
彼の方を見て見ると、その眉間にしわを寄せ、「え?必要あるんですか?」とでも言いたげな顔をしていた。
はぁ、とため息がでる。
「いつまでも隅っこにいたら、治るものも治らないし、日の光を浴びたほうが元気になるのよ。」
ほら、と促すと、彼は腰を浮かした。
そこで智香子に先ほど言われた「立つな」という言葉を思い出し、腰をかがめて動く。
なんとも歩きずらい格好である。
そうしてどんどん運びつつ、ウィリアムにこの地下室について質問をする智香子。
「最後にご飯を食べたのはいつなの?」
「三日前ですね。」
「水は……………やっぱりあの川の水を使っているのよね。」
「そうです。慣れれば苦になりませんよ。」
そもそも飲まなければ生きていけませんし………と、遠い目をして言う彼。ははは、と乾いた笑い声が出た。
そしてここが、病気やひどい怪我、例えば足の骨を折るなどの労働できないほどの障害を得てしまった人、さらに誘拐犯である彼らに歯向かった人が連れてこられる場所だということが分かった。
ちなみにウィリアムは反抗したことによって連れてこられた人らしい。
彼曰く、「働いている人間がいる前で酒を飲む男に腹が立ち、思わず殴ってしまいまして。」とのことだ。
食事は一切取れないと聞いていたが、多くて一日に一回は投げ入れられるそうだ。
恐らく昼や夜ごはんからこっそり残しておいた食糧を彼らが分けてくれているのだろう。
だが量はとても少ないらしく、全員が食べるほどの量はないそうだ。
そんな話をしているとすぐに夜へと近づいていき、今まで寝ていた人たちが徐々に起き始めた。
皆一様に二人、特に智香子を見て驚きに目を丸くする。
小さな子供が動き回っているからだ。
そこで体を起こして動こうとすると、そんな少女から怒りのが声飛んでくる。
「ちょっと!死にかけてるんだからおとなしくしててくれる?!それ以上弱って死んだりなんかしたら、私に迷惑がかかるんだから!」
なんと、死にかけの人間にそのような言葉をかけるのか、と湧いた怒りに似た感情は、彼女が持ってきた濡れた布とその必死な表情に消えてしまう。
「痛かったら言うのよ。」と告げた少女は、服から出ている部分だけをそっと優しく、丁寧に拭いていく。
「水は汚いけど、少しくらいなら気分が良くなるでしょ。」
よくよく見て見れば、少女の服の裾が不自然にちぎれていた。
おそらくこの布は、そう言うことなのだ。
全員が目を覚まして体をふき終わったころには、日はすっかり暮れてしまっていた。
月の光だけが智香子たちを照らす。
彼女は中央で寝転んだり座ったりしている彼らに言った。
「初めまして、智香子と言うわ。」
無い胸をふんっと張る彼女はさらに言葉をつづけた。
「起きて早々に申しわけないけど、私、ここで死ぬ気はさらさらないし、」
「貴方たちを死なせる気もないから。」




