始め②
「う~~~~~、ようやく終わった~~~!!」
堅苦しい式から解放された解放感により、智香子は凝り固まった体をほぐすべく、思いっきり伸びをする。
その横では晴馬が当たり前のような顔をして、「これからどうするんだ?」と聞いていた。
しかし、少し離れた場所で晴馬を見ている同じ大学の子たちがいるのを智香子を知っている。
「私はこれから父さんたちと飲みに行くのよ。久しぶりの家族団欒だから邪魔しないで頂戴。というか、貴方に用事がある子たちがいるみたいだから、行きなさい。」
しっしっと手を払い、あっちへ行けと示す。
そんな智香子を晴馬はじっと見つめてくる。
「…………何よ。」
「別に。」
それだけ言って、晴馬は大学の子たちの方へと足を向けたが、直ぐに智香子へ向き直った。
「…………明日。」
「?うん。何?」
何か言いたげに口を開くも、彼はすぐに頭を左右に振った。
「いや、何もない。また明日、大学で。」
「?うん。また明日。」
そして今度こそ、晴馬は大学の子たちの方へ行ったのだ。
智香子は何が何だかわからないと首をひねるも、父たちを待たせていることを思い出し、直ぐに約束の店へと向かった。
*
「えっと、どこだろう……?」
首をひねりながら、約束の店を探す。
なんでも、父と母お気に入りのお店らしくて、ぜひとも家族五人で飲みたいとのこと。
貰った地図を見ながら、ここらへんなんだけどな…とあたりを見渡していると、こちらに手を振っている家族に気づいた。
ほっと息を吐き、智香子は彼らの元へ行くため、信号機を渡った。
そこで。
「ちか!!!」
兄の叫び声が聞こえた。
と同時に、左から、大型トラックが突っ込んできた。
「え?」
頭では理解しているはずなのに、理解できていなくて。
智香子はひどく混乱した。
(なんで、体、動かないの?)
動いてと願うが、体は智香子の意思に反してうごいてくれない。
ゆっくりと流れていく時間を感じ、智香子は思う。
あ、死ぬ。と。
しかし。
襲ってきた痛みは、予想していた方向とは違い、左ではなく真正面だった。
ドンッと強く押され、智香子は後ろに飛ぶ。
そして悲鳴が上がった。
意識を取り戻したのはわずか五秒後。
はっと目を覚まし、智香子は痛む頭を無視して周囲を見渡した。
おそらく血が出ているのだろう。近くにいた女性が息をのむ音が聞こえたから。
智香子の目に入ったのは、こちらに走って来る家族と、止まっているトラック、そして、そのトラックの先にいる、一人の女性だった。
迷わず、走る。
家族の声を無視して、智香子は女性に駆け寄った。
女性は、眼鏡をかけ、長い黒髪を一つにまとめている会社員のような人だった。
ただ普通と違うのは、頭から血を流し、倒れていることだ。
そんな女性をみて、智香子は頭が真っ白になった。まるで、この世界から切り離されたかのように。
なんで、この人は車にひかれてしまったんだ。
私をかばったから、引かれたんだ。
すると、女性が目を開く。
もう死んだと思っていた智香子は驚いた。
女性は宙を見つめた後、智香子をその目に映して言った。
「あぁ、良かった…………。」
とても美しい笑顔で。
その瞬間、智香子の目から涙が落ちた。
彼女が死にかけていることへの悲しみか、まだ助かるかもしれないことへの喜びか、不甲斐ない自分への怒りか、分からなかったが。
それでも、女性の手を握りしめて、願わずにはいられなかった。
この人を、死なせてはいけないと、思わずにはいられなかった。
「お願い、もし、神様という存在がいるのなら、この人の命を助けて。人の命を、赤の他人の命を、自分の命を捨ててまで救おうとする素晴らしい人なの。そんな人の命がここで終わったら、きっとこの世界は損をするわ。だから、神様、もし、もしいるのなら、お願いよ。この人にもっと、素晴らしい人生を送る時間を頂戴。
お願い。」
ふと、頭に声が響く。
『では其方は、我に何を差し出すのだ。』
智香子は迷わない。
「私の命を、貴方にあげるわ。」
そのあまりにも凛とした声に、声は楽し気に笑う。
『契約は成立した。其方の命、我がもらうぞ。』
そして遠のき、薄れていく意識。
そんな智香子が最後に聞いたのは、必死に自分の名前を呼ぶ家族の声だった。