第16話:地下室②
地下室。
そう呼ばれる場所についた智香子は呆然とした。
まさか、ここまでひどいとは、と。
せいぜい動くのが難しいくらいで、普通に生きていると思っていたのだ。
そこで、先ほどの男の人の言葉を思い出す。
「死にに行くようなものなんだよ。」
すると、
「うぅ…………。」
隅で寝ていた一人が苦し気に声を上げた。
慌てて駆け寄る。
男性だ。右足が折れている。
「大丈夫?私の声が聞こえる?」
そっと肩に触れながら呼びかけてみるが、返事は帰ってこない。
よくよく目を凝らしてみると、ここに足を踏み入れた時に見た五、六人だけでなく、他にも姿が見えた。
ざっと十数人。
子どももいるだろう。
食事は一切与えられず、骨に近い姿となりながらも生きている彼ら。
死んだ方がましだと言える状況。
また、先ほどの言葉が頭をよぎる。
そして理解した。自分は死ぬかもしれない、ということを。
ぞくりと、背中に何かが、恐怖が、走った。
思わず震える体を自分の腕で抱きしめる。
こわい、こわい。目前にある、確かな”死”が。
ついさっき感じた、底が見えない穴に入るときの恐怖よりも、ずっと怖い。
だってあの時は、足が折れるかもしれないが、死ぬ、なんて思わなかったから。
どうしよう、どうしよう、逃げようか?ここから。
まだ元気なうちに、体が動くうちに、逃げてしまおうか?
倒れている人たちを、残して?
「っ、だ、れ……………か………………。」
ビクッ!
その声は、右足が折れている男性からだった。
決して大きくはない、いや、逆に弱弱しい声に、なぜか体が激しく揺れた。
耳を澄ませる中、彼は言った。
かすれる声で、言った。
”たすけてくれ”と。
次の瞬間智香子を襲ったのは、自分を情けないと責め立てる自分の声だった。
何が、逃げるだ!何が置いていこうだ!ふざけるな!
何のためにここに来た!
(生きるために、来たんでしょ!!)
ぐっと拳を握り締めて気合を入れる。
「帰ったら、ダミアンに思いっきり稽古してもらわなくちゃならないわね。」
加えて、クリストフやアリシス、カロラスやベネッタにも、いろいろ教えてもらい、この甘ったれた精神を鍛えてもらわなければならない。
よし、と立ち上がり、智香子は動き出す。
誰一人残すことなく、全員で生きてここから出るために。
しかし、そううまくいくものではない。
全員の様子を念入りに見て回り、ここがどのような場所なのかの確認も行った。
そこで分かったのは、まず、人数。
智香子を除いて計11人。大人8人、子ども3人である。
皆ボロボロの服を着ており、肉付はよろしくない。
次に場所だが、天井がとても高い割に、歩ける場所はそこまで広くない。
いや、あのだだっ広さを見た後からかもしれない。
そう思ったら広く感じられる。
(11人が寝ても十分なスペースがあるから当たり前か。)
そして隅の隅に、川のようなモノが流れている。
ただとても汚れていた。飲めるようなものではない。
(うん、まぁ、飲まなきゃいけないんだろうけど…………………。)
地面は砂漠を思い出させる乾いた砂だ。埃や砂が舞い、目やのどがとても痛い。
これで、この場所の様子は以上だ。
要するに、どうしようもない、ということ。
だが、一つ気になるものを智香子は見つけた。
それは、壁の低い位置にある、大人一人ギリギリで入れるサイズの穴。
丁度影がある場所だからか見つかりにくいモノだったが、智香子の背は低い。
手探りで壁を探っていたら、運よく見つけられたのだ。
「でも、すっごく暗いのよね…………。」
この場所自体が暗いせいもあるが、奥がどうなっているのかが一切分からない。
え?さっきも暗い穴に入ったでしょって?
あの時と今では心の持ちようってやつが違うのよ。
それに、変なの………例えばゴキ〇リがいたら困るしなぁ…………。
ということで、
「まずは砂を固めないと、かしらね。」
その間に今寝ている人が起きたら、話を聞こう。
で、彼らがまた寝たら、穴に入ってみよう。
そして智香子はあの汚い川へ向かい、小さい手で少しずつ地面を固くしていく。
約一時間後――――
徐々に固くなってきた地面。それに比例するように、ふやけていく智香子の手。
こうしてずっと動いていると、腰が痛くなってくる。
「ちょっと休憩…………。」
はぁーーーと息を吐きながら、適当な空きスペースに腰を下ろす。
ふと、この場所の土は変わっているな、と思った。
普通の土は日陰の下だと湿っているはずだ。
しかしここはさらさらと乾燥している。
加えて水で地面を湿らせるとすぐに蒸発しているのか、サラサラになってしまうのだ。
魔法のような速さで。
どうしようか、としばらく思案した後、智香子は水を土に練り込ませてみた。
すると、今まですぐにサラサラになった土が、そのままで固まったのだ。
このことを知った智香子は結構興奮した。寝ている人たちを起こさないようにするため、「ヤッタ!」と小さい声だったが、喜びを出した。
そこから一時間、ずっと土に水を練り込み、運び、練り込み、運び、を繰り返し、大分砂が舞い上がることがなくなってきた。
上を見てみると、まだまだ太陽は活発で、サンサンと輝いている。
「…………………元気、かな。」
クリストフにアリシス、ダミアンやベネッタ、カロラスだけではない。
ここに誘拐されてきた人たちを想って出た言葉。
ほんの数時間だけしか一緒に過ごさなかったが、彼らがとても心配だ。
嫌なことをされていないだろうか、お腹を空かせていないだろうか、怪我をしてしまっていないだろうか。
つらつらとどうしようもないことを考える。
はぁーーーーーーーーっと、再び息を吐いた。
すると、
「何がそんなに心配なんですか?」
「?!」
慌てて振り返る。
そこには、一人の青年が、智香子を見ていた。
カロラスやアリシスが持つ空のような青い瞳よりもずっと深く、海のような真っ青な瞳で。