第15話:地下室
男の人に案内してもらった場所は、人気のない所。
「ここだよ。」
そう言って彼が示すのは、大人が楽々入れる穴だった。
「ここの下が地下室と呼ばれているんだ。………その子みたいに、病にかかったり、作業によって怪我を負ってしまった人たちが連れてこられて入れられる。中がどうなってるのかは知らないけど、今まで入って出てきた人はいない。ここだけが外に出られる場所なんだ。だから、死にに行くようなものなんだよ。」
地面に穴があるのではなく、壁に穴が開いていて、斜めに滑っていく感じ。
イメージは底が真っ暗な滑り台である。
「そうなの」と背中におぶっていた少女を穴の近くにゆっくり降ろす。
(う~~ん、どうしよう…………。やっぱり、私が抱きしめて、滑ったほうが安全よね。)
例え穴の下に人がいるかもしれないとは言っても、安全という保障は全くない。
よし、と覚悟を決めて穴に近づいた時、智香子は連れてきてくれた男に礼を伝えるために振り返った。
しかしそこには、眉毛を下げて、止めるか止めないかを考えている彼の姿が。
ふと、身長が高いせいか自分よりも年上だと思っていたが、その幼い顔立ちや雰囲気に、まだ高校生くらいの青年ではないのか…?と思った。
そして、うれしくなった。
赤の他人と言える智香子や少女のことを、この若い青年は心配してくれているのだ。
だから智香子は彼に近寄り、かがむように合図する。
何か話したいことがあるのか?と不思議そうにしながらも屈んでくれた青年に、そっと手を伸ばして、
「!」
頭を撫でた。
固まる青年に、智香子は言う。
「心配ありがとう。でも安心なさい。私はこんなところで野垂れ死ぬ気はさらさらないのだから。」
あの家に、と続けようとしたところで、あぁ、と思った。
私にとって、あの場所はもう、家なんだわ、と。
そして彼らは、家族なんだ、と。
そう思ったら、なんだか胸の奥がほわっと暖かくなり、自然と笑みがこぼれる。
えぇ、そうよ。そうなのよ。
私は、
「…………私は、あの家に帰って、ふかふかの毛布で寝るんだから。」
帰らなきゃ。絶対。
あの温もりのもとに。
いまだ固まったままの彼は、よくよく見れば肌が荒れに荒れ、傷だって少なくない。
どれくらい、ここにいるんだろうか。家族や大切な人たちと離れて。
「それじゃ、行ってくるわ。死ぬためにではなく、生きて、戻るために。貴方たちも、希望を捨ててはだめよ?一緒にここを出るの。絶対に。」
「いいわね?」と頭を再度撫で、智香子は少女を抱えて穴に片足を入れる。
しかし怖い。
地面があると分かっていても、行先が分からない暗闇に入っていくのは、とんでもなく怖い。
(いいえ、行くのよ、智香子!行かなきゃ何も進まらないわ!)
ふんっ、と息を吐き、もう片方の足も踏み入れる。
そこで「っ、ちょっと!」と青年に声をかけられた。
振り返れば、声をかけたは良いけど、何を言おうか悩んでいる姿が。
「あ、の、えっと……………。」
するとはっと顔を上げ、彼は言った。
「名前!名前、を…………」
名前?名前なの?
まさかそんなの聞かれると思ってなくて、智香子は思わず噴き出した。
おかげで恐怖は、消えていた。
体を穴の中に滑り込ませ、智香子は言う。
「智香子よ!」
その声は明るくて、とても、今から死ぬような場所に行くような人間、しかも子供には見えなくて。
青年はただただ呆然として、智香子たちが入って行った穴を見つめた後。
「チ、カコ……………。」
子ども、のようで、子どもじゃない、不思議な少女の名前を口に出し、その何とも言えない安心感のある言葉に、背筋が自然と伸びた。
ここで無駄な時間を過ごしている暇はない、と。
(俺に、俺にしかできないことを、やるんだ。)
今ではない。いつか、その時が来た時のために、できることを。
明るく強い、小さな彼女に恥じないように。
そうやって一人の青年が志を確かに持った時、智香子は、
「っ~~~~~~~~~~~!!」
悲鳴にならない声を上げていた。
正直、なめていたのだ。
(こ、んなに、急だなんて!!)
時々ふわりと体が浮いている気がする。
腕の中で眠る少女を抱きしめる力に、ついつい力が入る。
早く終わってくれ!と叫んだところで、スピードが落ち始め、そして、
ズサーーーッ
平坦な地面に付いたのだ。
「ゴホッゴホッ!」
砂を舞い上げてしまったようで、それが器官に入りせき込む。
徐々に落ち着いてきた智香子は腕の中の少女を寝かせ、周囲の確認を行った。
辺りは土ばかり。
真っ暗、かと思いきや、とても高い、それこそ十メートルくらいありそうな土の天井から、小さな穴が開いているおかげで淡く日の光が入り、あたりを照らす。
そこで智香子は気づいた。
隅の方でうずくまって寝ている、人々に。