第13話:誘拐②
カロラスとベネッタは、女性を男性に預けた。
どうやら彼女は妊婦だったようで、体調が急に悪くなってうずくまってしまったらしい。
「ありがとうございました」と頭を下げてきた二人に手を振り、智香子の元へ戻ろうと振り返る。
だが、智香子が座っているはずの場所に彼女はいない。
「っ、どういうことだ?!」
確かに数分前まではあそこに座っていたはず………。
ベネッタは考え、慌てるカロラスにたずねた。
「ラス。魔法、解いてもいい?」
その意味を理解している彼は、一瞬ためらうもすぐに賛成の意を示す。
ベネッタは自分の感情を落ち着けるように息を吐き、
「『解けろ』」
すると、パリンと音がして、周囲の人間は二人を始めて認識し、
そして、跪いたのだ。
驚く者も、ためらう者もいない。皆が自分の行為を当たり前のことだと認識しているからだ。
「面を上げよ。」
重々しく告げられた言葉。そのままベネッタは続けた。
「今日は突然の訪問、申し訳ない。緊急事態が起きた。だが安心してほしい。我々の方で対処する。念のため皆家に帰り、許可が出るまで外にはでないようにして。」
格好は平民のようなのに、雰囲気がまるで違う。
さらに、ベネッタは言う。
「兄上への連絡もお願い。」
赤と青の瞳に人々は頭を下げ、素早く行動に取り掛かる。
それは二人も同様だ。
智香子が休んでいたところまで行き、ベネッタは彼女が座っていたベンチに触れる。
温もりはすでにない。
ヒンヤリとした感触が、彼女がいないこととその時間を語っているように感じられてしまった。
手のひらに、思わず力がこもってしまう。
隣で心配そうにカロラスが見ていたことにベネッタは気が付いた。
安心させるように頭をなでる。
ここで後悔しても仕方がないことは分かっている。
ダミアンが来るまでそう時間はかからないはずだ。
それまでにできることをしなければ。
ベネッタは手のひらに意識を向ける。
「『探せ』」
すると金色の光がベンチからあふれ、近くの路地裏に入って行った。
たどってみると金の光はそこで止まっている。
つまり、ここで何者かにさらわれた、ということだ。
こうはっきりと智香子の存在がなくなったことを示され、より現実味が増す。
あたりからはすでに人の気配は消えていた。
するとダミアンが駆けつけた。
その後ろに騎士たちを連れて。
「何があった」と聞いてくることもなく、ダミアンは後悔を含んだ息を吐きだす。
だがすぐに首を振り、その感情を消し去った。
そこにはいつものような優し気な笑みはない。
あるのは凛々しく厳かな雰囲気を醸す真剣な表情だ。
「ベネッタ。智香子の追跡は可能か?」
「可能。チカと奴らが言葉を交わしてる。そこから辿れる。でも転移魔法を使ってて残ってる跡が薄い。時間がかかる。」
分かった。と返してダミアンは騎士たちに今後の動きを伝えていく。
その様子を見ていたベネッタの裾をカロラスが引っ張った。
「ごめんなさい…オレが、魔法、使えたら、もっとチカを、早く見つけられるのに……。」
見てみればカロラスの顔面は蒼白で僅かに震えている。
ベネッタはぎゅっとカロラスの手を握った。
「気にしないで。大事なの、焦らないこと。誰もラスを責めない。」
カロラスは返事をせず、ただベネッタの手を握り返した。
ベネッタは心配そうにカロラスを見つめるがダミアンが全員に聞こえる声量で話し始めたため何も言えなかった。
「以上のことを踏まえて誘拐犯を捕まえる準備を始める。各々準備を怠るな。」
「良いか、ルバート。」と名前を呼ばれた騎士はその表情を一切動かすことなく、ブライアンよりも高い身長と強靭な体を素早く動かし、跪いた。
「畏まりました。」
この国の第一騎士団、騎士団長である腕章を、左腕にまとわせて。
*
智香子は目を覚ました。
目覚めの良さ、だが…………暖かく柔らかい毛布に包まれ、両端から美形に寄り添われて起きるのと比べたらいけないとは分かっているのだが、一般的な目覚めと比べても良い目覚めとは言えない。
場所は固い土の上。
毛布は申し訳程度でかけられたとても薄いもの。
屋根はちゃんとある所に寝ているらしい。
まぁ、扉はないし窓はないしの本当に単純なつくりだけど。
そっと体を起こすと、周りにも人間がいることに気づいた。
そのほとんどが大人であったが、十人くらい、今の暗さで目視できる子どもの姿も見られる。
また自分の服装は彼らと同じ、汚れた薄いもの。
子ども用と言うところが気に食わない。
おそらく着ていたものは回収されたか捨てられたのだろう。
(まぁ、下となる人間が上の人間よりきれいな服着てたら、威厳もなにもないから当たり前でしょうけど。)
そこで気になるのが、着替えをしたのだが女か男か、ということなのだが。
それはおいおい調べるとして、現状、やはり、誘拐されてしまったようだ。
ダミアンから聞いていた者たちと思われる奴らに。
そのことに自然とため息がこぼれてしまう。
(あぁ、これからどうなるんだろう………。)
強制労働、または奴隷として他国に販売…いや、ここが他国だったりして。
智香子がいた国は奴隷を売買することが法律で禁止されている。
ここが他国なら、その法律が適応されないということだ。
とりとめのないことを考え、どうしようもないという結論にいたり、再び息を吐く。
すると横で眠っていた少女が、寒そうに身震いをした。
気休めにしかならないが自分の毛布を掛けてやり、
「ふぅ………まぁ、どうしようもないものはしょうがないわ。」
できる限りのことをして、命を無駄にしないようにしよう。
低い天井を見上げ、徐々に開けていく夜を感じながらそう思った。