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転移小人の奮闘記  作者: 三木 べじ子
第2章
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第147話:魔王復活

 部屋の中、テレビの無機質な光だけが室内を照らす。

 見慣れたアナウンサーが滑舌の良さを活かしてニュースを読み上げる。


「———次のニュースです。今朝、市内の総合病院から入院中の女性が行方不明になっていることが明らかになりました。行方が分からなくなっているのは、先日市内で発生したトラックと女子大生の衝突事故で重傷を負い、入院していた一般人女性です。病院によりますと、今朝早く看護師が巡回した際には既に女性の姿はなく、病院周辺の監視カメラにも女性とみられる人物の映像は確認されていないということです。警察は、女性が何らかの事件に巻き込まれた可能性も視野に入れ、行方を追っています。———」


 次のニュースへ映るアナウンサーの声だけが、部屋の中で響いていた。





 豪華絢爛な室内を照らすのは、テレビではなくロウソクの炎の橙。端まで光らずぼんやりと中央だけを浮き立たせる。黒いローブを身に纏った数名が円形に並び見るのは、照らされた中央に描かれた青黒い不気味な魔法陣。

 黒いローブの者たちは顔を見合わせ覚悟を決めると、魔法陣に向けて自身の手を向けると呪文を唱えた。長い呪文が続くにつれて、模様は一層青黒く、鼓動が脈打つように光を強めていく。


「——この世の悪、全てを束ね頂点に立つ者よ!我らの前に姿を現すのだ!」


 叫びが響き、長い長い呪文は強い光によって終わりを迎える。目も開けられない眩さが終わり、黒いローブの者たちが次に目を開いた時、中央の魔法陣に一人の青年が立っていた。


 青年は二メートルにも及ぶ巨体と青黒い髪を持つだけの人間にも見えた。しかし、その角と、なによりも強大で凶悪とまで言える暴力的な魔力が、青年を人間ではないと否定している。

 青年が目を開く。髪と同じ青黒い瞳に、底の見えない闇を見て、黒いローブの者たちは恐怖に後づさる。しかし支配権は自分たちにあるのだと思い出し、彼らは強気に構えた。


「な、何を恐れる必要がある。召喚の魔法陣にも、呪文にも、制御の紋を組み込んでいる」

「そうだ、そうだ!魔法陣と呪文は我らがおよそ百年もかけて作り上げた、言わば努力の結晶。強固な力だ、いくら奴とて我らに逆らうことはできない!」


 どこかぼんやりとした青年の姿に、黒いローブの者たちは制御や支配が正常に働いていることを理解した。


「ふ、ふっ、ふはは、ふはははははは!やったぞ!遂に我らは成し遂げた!今ここに、魔王の召喚に成功したのだ!」


 喜びに雄叫びを上げ、抱き合い、中には涙する者までいる。小国と見下され、日々圧に抗うこともできず命令に従う。魔王召喚も命令の一つだった。しかし遂行する中で、彼らは魔王の支配を自分たちのものにするため、ひそかに魔法陣を書き換えていた。今までの雪辱を思い出し、怒りに震える。なんとかして見返したいと、鼻を折ってやりたいと、ずっと考えていた。願いが今、叶うのだ。

 興奮を抑えられないまま、一人魔王に近づく。


「さぁ、魔王よ。今こそその力、我が国のために振るい、憎き奴らへ、そして果てには大国さえ滅し、世界を我らの手に、」

「智香子って、知ってるか?」


 意気揚々と話していたところを遮られる。話を全く聞いていなかったあからさまな態度に、話していた者はこめかみが痙攣した。しかし部下もいる手前、ここで怒りをまき散らすのはいけないと思いとどまる。魔王の始めの言葉を思い返して、皆が首を捻った。


「チカ…?って、あぁ!アドリオン第三皇女、チカ・レッドフィールドか!」


「おう、じょ…?」


「我々の計画を邪魔した人間じゃないか!」

「あぁ、そうだ!思い出したぞ!計画を台無しにした非道な奴だな!」

「今思い出しても腹立たしい…!同胞が魔力供給のため、一体どれほど犠牲になったことか!」

「許せない!許せない!我らの行いを妨げる者など、早々に死んでしまえば良いのだ!」


 眉を顰める魔王に気づかず、皆思い思いに口を開く。


「なんだ、第三皇女が気になるのか。アドリオンに攻め込むのは後にしようと思っていたが…。いずれ我らの手に落ちる国だ。順番が前後しようと問題は無いだろう。何より大国を討ちとったとなれば、皆我らの強さを知る…。よし、お前に最初の命令を課す。大国アドリオンを滅ぼし、我らの名前を大々的に世界へと知らしめるのだ!滅ぼす際に、第三皇女含む王族共も始末して良いぞ。どうだ、自分たちの事だけを考えず、お前の要望も聞く私は優秀だ、ろ」


 黒いローブの一人の首が、飛んだ。理解できない間に、他の者たちの首も飛んでいく。高価な調度品が置かれた室内が一瞬にして血の海と化した。

 残された一人が扉から逃げようとするが、なぜか開かずついには追いつめられてしまう。


「な、ぜだ、何故だ!何故我々を殺す!そもそも、支配しているはずの我々を殺せるはずはないのに、何故!」

「支配する奴がされる奴より弱かったら、できるわけないだろ」


 国でもとびっきり優秀な魔法使いを数十人も集めた。無詠唱魔法を行使できる王族や名持ちたちと同等とまでは行かないが、詠唱の短縮が可能なもの達ばかりだ。だというのに、目の前の魔王はそれ以上だというのか。


「何が気に食わないんだ…!金か、金が欲しいのか!望むだけやるぞ!そ、それか女か!子供か!見目の良い者を沢山集めよう!お前の腹が満たされるように、欲が満たされるように、全て叶えてやる!」

「…いらないな」

「っ…!なに、なにが、駄目なんだ…?なにが、欲しいんだ…!?」


 悲痛な表情がフードの下から覗く。死に脅える人間を見ても、感情は一切揺れることはない。それは人間ではなく、魔王となってしまったからなのか。


「別に、命令されたのはどうでも良いし、何なら召喚してくれたのはありがたかった。俺一人でこっちの世界に来るの、もっと時間かかっただろうし。でも…やっぱ、智香子侮辱されたのは、許せないよな」


 魔王は今召喚された。なのに、最近姿を現した第三皇女を侮辱されたというだけで、腹を立たている。優秀な頭で考えても理由が分からず、目の前に迫る魔王の手に「ひぃ!」と喉から引きつった声が出る。


「や、やめてくれ!やめてくれ!いやだ、死にたくないんだ!やめてくれ!」


 ぐしゃ、と潰された頭。力が抜けた体が床に崩れて倒れた。


 魔王の眼下には崩れ去った建物、燃えて広がる炎、そして逃げ惑う人々がいる。なんの感情もなく、ただそれを見ていた。


「陛下」


 音もなく横に跪き現れたのは、魔王と同じ角を持つ者。違和感がある中、簡単に受け入れる自分もいるのは、別の記憶があるからだろう。


「…魔王になったって知ったら、引くかな…」

「…なんと?」


 なんでもないと答え、大丈夫だろうと思う。彼女は身体は小さいと言うと怒るが、そこらにいる人間よりも器が大きいのだ。魔王になったと知っても、「その角邪魔じゃない?」と行ってくるだろう。想像して笑みが漏れる。彼女が死んでから失った感情が、彼女に再び会えるというだけでまた蘇るとは、とことん単純なものだ。


 案内をされるまでもなく、魔族領内魔王城の王座に座る。五百年ぶりの王の帰還。喜びを抑え、跪く配下に、慣れた口調で命令をした。


「アドリオン第三皇女の、智香子、という人間を連れてこい」


 とある国に属する小国が一夜にして滅ばされたという話は、その三日後に広まることになる。なぜなら、国内周辺にいたすべての人間が焼け死んでいたからだ。数日後に来た行商が見たのは、凄まじい状態の国。

 たった一晩で、これほど広範囲かつ残虐なことができる存在に、話を聞いた者は皆震え脅えた。


 五百年前に消えた魔王が復活したのだ、と。






 智香子は夢を見ていた。高校からの親友の夢だ。なぜ夢だと思ったのかというと、高校の制服を着ていたからだ。彼にコスプレといった趣味があった記憶はない。着せようとしてくることはあるが、自分が着ることに興味はないはずだった。こちらを見て何か口を開くが、何も聞こえない。もっと大きな声で話せと言うが、届いているのかいないのか。場面が変わり、次は卒業式。大学の入学式。成人式。見た目は変わっても、行動は一緒。口を開いて何かを伝えようとするが、声が聞こえない。

 流石に夢だと分かった。そういえば、成人式後で智香子はこちらの世界に転生してきたのだった。直前に、彼と話をした。元気かな、と思った時、目の前に彼が立ってこちらを見下ろしていた。見下すなと叫ぶ前に、抱きしめられた。


 ———すぐ行く


 どこかで聞いたような言葉だ。思い出そうとしたところで智香子の意識は浮上し、目を開く。

 眩しい光に一瞬目を閉じて、何とか視界が開けた時、智香子は息を呑んだ。自分が寝ている場所が知らない豪華なベッドだからではない。自分の来てる服がキラキラしているからではない。


 隣に、見知った顔が寝ていたからだ。


「ぎゃー!!!」


 驚きのあまり飛び上がった智香子はベッド下へ落ちて手首を捻る。寝起きの働かない頭で、なんで朝からこんな目に合わなければならないのか、と手を抑える智香子に影が差す。


「朝からなにやってんだよ、智香子」


 気だるげに欠伸をして智香子を覗き込んだのは、高校から大学まで一緒であり、親友と言えるほどの時間を過ごした人物。本来ならこの世界にいないはずの、晴馬だった。

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