第12話:誘拐
”ファイア・ルドタウン”
初めて踏み入れた場所に興奮している智香子に、ダミアンはふと思い出したように言う。
「最近誘拐事件が多発していてね。俺のとこ……………騎士団の元に、捜索届けが二十件も届いているんだ。」
年齢層は若く、二十代前半から三十代後半が多いらしいが、幼子……それこそ七、八歳のこどもも誘拐されていると。
「遊びに行って帰ってこなかったり、並んで歩いていたのに突然いなくなっていたり。そうやって最長十日、届けが出されて帰ってきていない。」
そこでカロラスとベネッタは気づいた。
智香子の煮え立つような怒りに。
「……………誘拐………十日………?ふざけるんじゃないわ。人の命を何だと思っているのかしら。」
ダミアンはアハハ、と乾いた声をこぼす。
「騎士団総出で探してる。でもどうしても途中で足跡が消えてしまうんだ。」
路地裏に連れ込まれていた、全身ローブの男たちがいた、などの情報があるのに、誘拐されて行方が分からない人間達は全く見つからない。
一点を見つめて黙りこく智香子。
するとポンッと頭に手が置かれる。
顔を上に向けると、ダミアンだった。彼は苦笑していた。
「まぁ、俺が何言いたいかっていうとさ、迷子になっちゃだめだよってことなんだよね。」
その明るい声に、智香子は理解する。
気を使わせてしまった、と。
(なにしてるの、智香子。)
パンッと頬をたたく。
心配そうに見てくるカロラスとベネッタに、大丈夫と微笑んで見せた。
ここで気を落とし雰囲気を悪くしてしまったら、せっかくのお出かけが台無しだ。
「………………………必ず騎士が見つけてくれるんでしょうね。」
挑むように問いかければ、
「勿論。」
間を一切おかず、彼は頷いた。
「そう、ならいいわ。私にできることなんて、何もない。できるとするなら、」
その時の智香子にはもう煮えたぎるような怒りはなく。
「明るいこの街で楽しく過ごし、この街を活気づけることだけよ!」
いつものようにまっすぐすぎる瞳があるだけだ。
ダミアンは嬉しそうに笑い、カロラスとベネッタはほっと息を吐いた。
「ところで」
「ん?」
「いつまで手をのせているの?私の頭はあなたの手を置く場所ではないのだけど。」
「あぁ…………うん。」
次の瞬間、
「!」
グイッと智香子は持ち上げられ、ダミアンの腕の中へ。そして彼はあの、とろけるような笑みを浮かべた。
「チカコに触れていると、安心するんだよね。」
一気に赤くなる頬。
そしてすぐに降ろされる。その正体はカロラスとベネッタだ。
二人に助けてもらわなければ、体温が上がりすぎて頭がパンクしていただろう。
「っ、さ、さぁ!街を堪能するわよ!」
熱い顔を手で仰ぎながら、四人は街へと足を向けた。
*
「はぁああああああ……………疲れた………………。」
始めに服屋に行きたくさん着せ替えをさせられ、服を大量に買い………屋台で食べきれないほどの食事を与えられ………。
なんだろう、彼らは、私を豚にでもしたいのだろうか…………。
持ちきれない服はダミアンの魔法で家に届けたらしい。
それに加えて装飾品や日用品も買ってしまった。智香子が止める間もなくである。
また智香子が「あっ、あれいいな……………。」と呟いただけで、その商品だけでなく、周りにあるモノを全て買おうとしたのだ。
止めなければどうなっていたことか。
結果、智香子はもらったお金を一切使うことなく買い物をしたのだった。
正直彼らの金銭感覚がおかしいのか、自分がおかしいのか。
(わからないわ……………。)
はぁ………とため息をついた智香子に、ひんやりとした飲み物を手渡してくれるベネッタ。
「ありがとう」と受け取り、のどへと流し込む。
するとダミアンが一瞬険しい顔をして、「ごめん」と謝った。
「なんか緊急の連絡が入って………ちょっと待っててもらっていい?」
勿論、電話なんて便利なものはない。
だが、魔法をうまく使えるようになれば、遠くにいる相手に思念を届けることができるようになるらしい。
いわゆる、”テレパシー”と言う奴だ。
急な仕事でも入ったのかな?
それなら早くいかなければならない。
「いくらでも待ってるから、早く行きなさい。相手を長時間待たせちゃだめよ。」
しっしと手を振る智香子に、「ありがとう」と歩いていくダミアン。
まったく、と息を吐いた智香子たちの目に、倒れ込んだ女性が見えた。
「オレ、行ってくる!」
カロラスが駆け出す。智香子はベネッタに言った。
「ベネッタ。貴女も行ってあげて。」
だがすぐにベネッタは向かわない。正確には、向かえない。
智香子をここに残していいのか、と思っているからだ。
「私はここから動かないわ。安心しなさい。それにカロラスはまだ十一よ。貴女がそばにいてあげなきゃ。」
そして、「わかった。」と言うと、再度智香子にここから動かないよう釘をさしてベネッタも駆け出す。
一人になった智香子は、空を見上げた。
真っ青な空とユラユラとゆれる赤い旗。
いいバランスでお互いを主張し合っている。
だが、なんだろうか、この胸騒ぎは。
一人になった不安から来ているのか。
分からないが、何とも言えない不安が胸に募る。
そんな智香子の耳に小さな悲鳴が聞こえた。
近くの裏路地からだ。
腰を浮かせたところで「待っている」、という約束を思い出す。しかし、ここで見捨てていれば、後で後悔するだろう。
(っ、ごめん!ダミアン、ベネッタ、カロラス!)
心の中で後で土下座するから!と謝り、智香子は近くの路地裏を覗き込み、そして、息をのんだ。
なぜならば、ローブを身にまとい、顔を隠した男たちがいたからだ。
その腕のなかに、動かない子供を抱きながら。
すぐさま理解した。
こいつらが、街に入る直前に話をした誘拐犯だ、と。
(っ、どうする!)
立ち向かって、勝てる体格じゃない。
さすが平均身長2mの世界。彼らもバカ高い。
なら、答えは決まっている。
急いで人を呼びに行こうと振り返ったが、
「こんなところにも、ガキ、発見。」
目の前を、汚れたフードが埋め尽くす。
「『スリープ』」
そうして眠りの魔法だろうか。瞼が強制的に落ち、体の力も抜ける。
意識が夢の世界へ向かう途中、智香子は見た。
小さな紙に書かれた、転移の魔法陣を。
あぁ、なるほど。
転移の魔法を使ってたから、足跡が残らなかったんだ。
それに子供なら、大人一人に使用する魔力量で二人も連れて行ける。
智香子を抱え上げた男が言った。
「あいつに連絡しろ。魔法を発動させろ、とな。」
(まさか、遠方から、魔力、送ってるの…………?)
魔力は無限ではなく有限。使えばそれだけなくなってしまうものだ。
そのため巨大な魔法や長時間の魔法は酷く魔力を消費するらしい。
それにはもちろん距離も関係する。
遠くに魔法を遣おうとすればするほど、魔力はガリガリと削られるようになくなる。
これはつまり、誘拐犯の中に行方をくらませられるほど遠方から魔法を発動させられるほど、強力な魔法使いがいるということを示していた。
「この国もそろそろ潮時だな。」
「あ?まだんな日は経ってねぇはずだが。」
「いや、赤の国王が勘付き始めてる――」
”赤の国王”
この国の王様の代名詞だ。
(たしか、国王になりたての、若い、王、様……………。)
そこで智香子の意識は途切れた。