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転移小人の奮闘記  作者: 三木 べじ子
第2章
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第145話:聖女誕生の裏側④

 目の前で兄がいなくなったというのに、弟である第三王子は「本当に消えるんですね。おもしろいです!」と笑うだけだ。第一王子は興味が失せたのか、無表情で父である国王を見る。


「…父上も転生者であるのならば、貢物として出国しなければならない。しかし他の兄弟が運悪くも皆毒により死に、加えて転生者として目覚めたのはつい最近の事。偶然の連続にしては出来過ぎた話。本当に、父上は運がよろしい」

「あはは~。え、何?もしかして僕、喧嘩売られてる感じ?さっさと王位譲って他国の奴隷にでもなれーって、遠回しに言ってるのかなぁ。売られたら買うけどさー。でも僕、自分よりも格下とわざわざ喧嘩しようって思えないんだよね。だってさ、可哀そうじゃない?始めから勝敗の決まった争いごとって」


 ニコニコと笑みを絶やさない国王は、少し背の低い第一王子と目線を合わせた。


「少なくとも、動揺を隠せない子供なんか論外だよ。どんな時でも笑顔を維持し続けてこそ、経営者であり商売人だろ?」

「……………」

「うん、良い笑顔!その調子その調子~」


 ポンポンと頭を撫でられる。触れられた場所を払っていると、第三王子が下から覗きこんできた。


「兄さんがいなくなったからって安心しないでくださいね、兄上?まだぼくもいますよ」

「君こそ、ジェイミーを陥れるために敢えて手を貸し、破滅へ導いたのかもしれないが、赤の国に迷惑をかけたのは随分と大きな減点だ」

「そうだよ~。僕さ、アドリオンの王様に文句言われちゃったんだからぁ。礼儀知らずな子供だ、ってね」

「っ…、申し訳、ありません…」


 王妃はただ黙して見ているだけ。子供たちを皆産んだのは彼女だが、王妃もまた黄の国の人間。その根っこには、商人としての血が流れている。損得勘定で働き、情に心を動かさない。


「謝罪は何も意味がない。必要なのは利益。君らが王位を狙っているのは知ってるけど、この国に利益をもたらせないのなら、君たちは今、他国に行っちゃった彼以下の価値しかないってことになっちゃうよ~?嫌なら利益を生み出し、僕よりも王に相応しいと証明して見せてよー。ね?」


 大きな存在に敵わないと突きつけられる。しかしそれは今はまだの話。いつか絶対に、と闘志を燃やす息子二人に、国王は笑う。


「ま、がんば~」


 手を振って一人先に階段を上がる。

 今回の件で、教会の重鎮たちだけではなく貴族内部に蔓延っていた膿共を随分と排出することができた。これで表立って国王パトリックの首を狙う者は減り、限られた。それでも膿はまだなくならない。


 到着したのは智香子がこの城に滞在中使っていた部屋だ。連れていかれてから二日経ったが、部屋を掃除に入った者は誰もいない。智香子が使っていたときの状態がそのまま保たれている。だから、破壊された扉も机も椅子もそのまま。床に残った血痕も、そのままだ。

 床に膝を付き、乾いた血の匂いを嗅ぐ。それだけで、智香子の血液だと理解できた。口を開き舌を伸ばし、舐めれば、甘美な血の味が伝わった。


「っ、はぁ、ぁ、うまっ…。っ、うまっ…。うんまっ…!」


 鼻息荒く、床に這いつくばって血の痕を舐める国王を見た者は、当然異常だと恐怖して叫び声を上げるだろう。しかし立ち入りを制限しているこの部屋近辺に、誰かが近づくことはない。別に今この姿を見られても問題はないのだが、この部屋を、智香子が生活した場所を、誰かに汚されることは耐えられなかった。


 智香子に部屋を与えた翌日、風呂の世話はいらないと告げられた。真っ先に思い浮かんだのは王妃だ。彼女は国王が、城の中でも最高級の部屋を与えた人間に探りを入れてきたのだ。

 転生してきてからおよそ一週間。今までは業務に集中しており碌に王妃と話していなかったが、すぐさま彼女も信用できない人物だと判断した。国王に断りも入れず、客人に接触することもそう。国王の認知していないところで、彼女が自由に動かせる人間が多いこともそう。元は政略結婚により、気弱な国王を支えるべく嫁いできたとしても、一歩間違えれば王座を乗っ取ろうとしていると取れる行為。実際、彼女は王を傀儡として操ろうと画策している。

 ただ一つ、信頼できるとするならば、根幹には国民の豊かな生活を考えている点だ。己の私利私欲を目的としていないだけましだが、それでも許せない。


「はぁ…。かこちゃんの体洗ったり、お世話したり、絶対に許せないことじゃんね~。それも僕より先にとかさぁ、駄目に決まってるじゃーん」


 そんなことしてる暇があるなら、殺すためにお茶や食事に入れている毒の種類や量を増やして欲しい。


 味がしなくなったカーペットから顔を離し、渋々体を起こす。智香子を傷つけるのも許せないが、どうせつけるなら大量の血を残して欲しかった。崩壊した教会の床にあったはずの智香子の血液は、一滴だって残っていない。クラリッサが治癒で治した時、回収して智香子の体に戻したからだ。お陰で僅かな智香子の跡をたどることでしか、満たされない。


 いつだって体を、心を刺激するのは、未知の毒と美味しい食事。そして、たった一人の小さな人間。

 せっかく会えたと言うのに、突然消えた智香子。魔法で智香子を飛ばしたであろう人物も、一緒に消えてしまった。苛立ちのまま何か訴えてくる重鎮共の首を刎ねても、苛立ちは空腹とともにずっと腹に居座るままだ。


 どれだけ食べても。美味しいものを口に含んでも。美味しいと心から何かが溢れることはない。いつだって、彼女と食べるとき以上に美味しいことはないのだ。だからこそ、彼女を食べてしまえばずっと満腹が続くと思う。ずっと心が満たされると思う。新種の毒よりも何よりも。でも、彼女が無くなってしまうのは勿体なくて、いつだってその体に歯を立て噛みつくだけで、終わってしまう。


「あぁーあ…僕、お腹が空いたよ…。一緒に食べようよ…かこちゃん…」


 一貴が呟いた言葉は、遠く離れた場所にいる智香子には届かなかった。



 とある国では、緊急の会議が開かれていた。このように短い期間で行うことなど滅多にないことだ。

 カタールへ派遣していた人間が、殺された。教会という施設にて、国王に進言できるまでの地位に上り詰めたというのに、その国王からあっさりと首を刎ねられ死んだ。

 しかし問題はそこではない。

 聖国カタールに魔物の侵攻。もう駄目かと思われたその時、新たな聖女が誕生して国を守り癒した。派遣していた人間が隠し持っていた魔道具により、その光景を見ていた彼らは、とある人物から目が離せない。崩れた壁が魔道具を破壊するまで、小さいながらも存在感を露わにする人物。


「また、我々の計画を邪魔するか!第三皇女、チカ!」

「まさかアドリオンに留まらず、カタールにまでやって来るとは。いつの間に親交を深めていたのだ」

「まぁカタールにはまだ他にも根を張っている。しかしこの計画も、現カタール王がその座に着いてから進めてきたもの。少しばかり惜しいなぁ」


 まさか続けて二つも妨害されるとは。それも一人の、まだ幼い少女の小さな手によって。想定外の出来事に、皆口を開きながらも、たった一人の機嫌を伺い見る。腕を組み黙する男は何を考えているのか分からない。

 音もなく現れた者が、男に何やら耳打ちする。どうしたのかと恐る恐る視線を向けると、男の眉間に深い皺が生じていた。明らかな怒りの様子に、冷や汗を流しながらも、何があったのかと訪ねる。


「…少し前の話だ。アドリオンとシルナリヤス。両国間にある砂漠にて、軍事基地を手掛けていただろう」


「は、はい!当然覚えております!」

「約三か月、計画としては一年以上をかけて考え練っていたものを、僅か一日にして制圧されたアレですな」

「シルナリヤスとアドリオン、両者の諍いを引き起こしている間に、アドリオンを攻め落とそうとしたが。しかし結果両国に手を組まれ、為す術もなく逃げかえって来た、最も新鮮でみっともない汚点だ」


 思い出しては、失ってしまった時間、費用といった損害に頭を抱える。まさか、と顔を見合わせれば、男が頷いた。


「お、お言葉ですが!あれは、シルナリヤスの皇太子が内通者として潜伏し、アドリオン国王と秘密裏に繋がっていたと、そのように報告が…!」

「アドリオン側が如何様に砂漠内の基地を発見したのかは依然不明。魔法で探せるわけもあるまいに」

「グードスらも逃げ帰ってきたは良いが、拷問により心身共に損傷が大きく、碌に話せる状態ではなかったからなぁ」


 つまりはグードスたちが話せるまでに回復したということか。頷く男から続いて発された言葉を、皆信じられなかった。


「男たちを足止めしたのは、まだ幼い少女唯一人。その髪と瞳は、何物にも染まらぬ黒であった、と」


「なぜ、何故だ…!何故こうも我らの邪魔をする!」

「どこからか情報が洩れているのか。基地はともかく、カタールは我らと派遣者のみしか知らないはずでは」

「突然現れて我々の邪魔をする大国の皇女。小さい体と幼い見た目に惑わされては、こちらが穴あきになるまで食い尽くされてしまいそうだぁ」


「偶然か、必然か。そんなものは重要ではない。第三皇女チカの情報を至急集めろ。…妨げになるものは、排除するのみ」


 会議終了後。

 廊下で響く足音が向かったのは、建物の一角。頑丈な扉と複数の鍵によって閉ざされた部屋の前には、監視の者が一人。中にいるとある人物は、結界内で拷問を受けていたグードスらを回収するために、三か月で回復した魔力の多くを使ってしまった。


「奴は今どうしてる。魔力は戻ったのか?」

「はっ。魔力の多くは戻った様子。ですが、近づかない方がよろしいかと…」


 眉を持ち上げ、扉を開けさせる。まずは匂いだ。鉄臭い、血の匂いが鼻につく。部屋には光を通す窓も何もない。逃げられないように、というよりも、中にいる者にとっては必要のないものであるからだ。

 部屋の中を見た監視が息を飲む。


 中央には、手足を特殊な鎖につながれた青年が、血の池の上に座っていた。


 訪問者に気づき、威嚇のため睨んでくる青年。腕には何かを抱えている。監視に説明を求めた。


「突如、この部屋に肉片が送られてきまして、理由は不明ですが、それにご執心のようで…。近づく者全てを殺しています」


 カタールに届けた転移魔道具が誤作動を起こしたのだろう。青年の魔力を使用している為、魔力保持者の元に転移物が届いたのか。座標の調整をしなければならないようだ。 青年を見れば、確かに抱えられているのは腕のようだった。小さい子供ほどの腕に縋りつく様は滑稽だが、契約主であるために攻撃ができないだけで、近づき奪えばすぐにでも頭を潰すほどの殺気を感じる。


「それ以外の異常はあるか」

「特にはございません」

「であれば監視を続けろ」


 監視は慌てて肉片の回収をしなくても良いのかと訪ねた。


「構わん。逃げ出さないための玩具が増えたのは、喜ばしいことだ。好きに遊ばせておけ」


 閉ざされ再び闇に染まった部屋の中で、青年は腕の中に抱える腕に縋りつく。

 急に魔力を引っ張られ、使用されたかと思ったら部屋の中に大量の血と肉片が現れた。片付けようとしたが、あるものを見つけて動きを止める。


 それは誰かの右腕。小さな小さな右腕を、震える手で拾い上げた。

 余分なものが付着して邪魔をするけれど、確かに感じられる。かつて感じた、強く、暖かく、優しい気配。全ての五感が、確かに訴えてくる。


「…っ…っ…っ!」


 砂漠の地で一瞬だけ見えた姿。小さな体と手足で、けれども懸命に前を向き、敵と相対する人物。きっと見えていないはずなのに、髪と同じ黒い瞳が、心臓を射抜く。彼女だ、と。

 射抜かれた時、息が止まった。五感全てが歓喜した。自分が欲していたのは、彼女だった。

 眠れぬ体でずっと彼女を考えた。また見たい。また聞きたい。次は嗅いで、触れて、舐めたい。


 願望が今、目の前にある。徐々に力は増して、制限は更に重くなった。しかし再び制限以上の力が付いた。また思い制限をかけられるだろう。その前に、慎重に、腕に付着した邪魔なものを排除して、彼女だけの状態にする。

 嗅いで、触れて。しかし、舐めるのは流石に汚いなと止めた。触れるのも汚いかと思ったが、これだけはどうか許して欲しい。腐らぬように魔法をかける。


 会えた。腕だけだが、彼女に会えた。嬉しい。嬉しい。会いたい。もっと欲しい。あの子が欲しい。何よりも、誰よりも。強さも、暖かさも、優しさも、手も足も胴も目も耳も鼻も口も、全てが欲しい。


 そして彼女に包まれたい。


(次は、足…左足が、欲しい……)


 感情をなくし、欲望を捨てた青年は、再び欲を手にした。

 欲は収まることを知らず、人知れず、本人さえ知らずに、どんどん膨れ上がっていく。

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