第142話:聖女誕生の裏側
数話、智香子が出てこないお話が続きます
カタールの王族が住む城は、国の中心にある街、イエロー・ハールにある。
聖女の誕生に喜び国を挙げての祝い事だと盛り上がっていたが、実は発表された聖女セイディは偽物だと判明。数世代にも渡って一族による王族の乗っ取り計画を実行していたと知らされた。国民への長年にわたる情報操作、国王に薬を盛るだけではなく国王の名を騙り聖女セイディを任命、真の聖女を蔑ろにし傷つけ国外へ追いやった以外にも、横領といった犯罪にも手を染めており、彼らの罪は重い。一族及び関係者は遠方の鉱山にて生涯強制労働の終身刑が課された。
王族に害を為し、聖女を騙った罪としては軽すぎるという声も上がった。しかし国王は既に全快しており、また新聖女たっての希望だと知らされると、皆口を噤んだ。
偽聖女の出現、王族乗っ取り。そして聖なる結界に包まれたカタールで、前代未聞の魔物の侵略。国民、近隣諸国に動揺が走った事件が多々起きたが、直ぐに新しい聖女が誕生すると祝いモードに変わる。
事件から二日後。新聖女誕生の式典が開かれていた。
式典が開かれている教会は、先日破壊された教会とは別の場所。神父の声がよく響く。高位貴族や諸外国の要人たちが見守る中、国王から認められ、先代聖女イヴァナから聖女の証である聖杖を受け取ったクラリッサは、大きな拍手と歓声の中、新たな聖女として誕生したのだった。
「き、緊張しました…!」
控室で自身の胸を抑えるクラリッサは、先程式典で堂々とした立ち居振る舞いをしていた人物とは思えない。
「これはプレだよー。言わば予行練習。ちゃんとした他国の王族とか皆呼んでの式典は、半年後に控えてるから、頑張ってね~」
なぜ半年も期間を空けるのか、と思わずにもいられないが、聖女はそれだけ重要な役割だ。”名持ち”であるというだけでも、十分な理由になる。また他国も祝いの準備に時間を要するため、半年もの時間が必要なのだ。
今回はクラリッサが正しい聖女の身分を確立し、今後の活動をしやすくするための式である。
「聖女じゃない子が聖女でーすって名乗る悪い例がつい最近あったからね~。大々的に、ちゃんと、しなきゃでしょ」
それを言われてしまえば口を噤むしかない。
セイディ含む今回の悪事に関わった貴族たちは、国王パトリックの名の元、一人も漏らすことなく処罰されることとなった。酷い者は鉱山へ、軽い者は身分の降格である。信頼できる者たちには爵位を上げ、また迅速な国の復興事業から、国王パトリックを支持する者は貴族平民問わず増えていた。
「お姉さんとも無事、仲直りできたんだってね?」
「はい」
クラリッサが真の聖女だと発表されてすぐ、彼女の元に両親であるコリンズ家当主とその妻が押しかけて来た。自分たちがしたことも言ったことも忘れて、よくやったと上からの言葉をかけ、家に戻れと命令してくる両親に反論したのは、他でもないクラリッサの姉であった。
彼女はクラリッサは既に家門から抜けており、家に戻る義務も家のために仕える必要もないと断言。喚く二人に、膨れ上がった金銭借用書やら意図的な税の申告漏れやらが事細かに書かれた資料を付き出して黙らせた。
兵に連れていかれる両親を呆然と見ていたクラリッサに、姉は深く頭を下げた。
「あの人たちの悪事を暴くため、繋がりのあったセイディ様に近づいたの。お陰で警戒されることなく、隠されていた証拠資料を手に入れることができたわ。でも、まさか貴方が戻って来るなんて思ってもいなくて…。あの時、もう少しであの人たちが働いた悪事の証拠が手に入りそうだった。だから、貴方の味方だなんて言えなかった。だって、全て水の泡になってしまうから…。あの人たちがいては、私だけじゃない。逃げた貴方にいつまたどこで魔の手が追いかかるか分からないから…!…代わりに、私は貴方を深く傷つけてしまった…。本当に、ごめんなさい。クラリッサ」
「…確かに、悲しかったです。でも同時に、私は納得してしまいました。私は出来損ないだから、お姉さまから嫌われても仕方がないのだと」
「貴方は出来損ないなんかじゃないわ!いつだって、コリンズ家の名に恥じないようにと努力を怠らなかった貴方を私は知ってるもの!…なのに私は、自分の目的のために、自分の不幸は全て貴方のせいだなんて…。嘘だとしても、言うべきではなかったのに…!」
自責の念に駆られる姉の手にクラリッサは自分の手を重ねた。努力して、力も知識も素養も見に付けたけど、人はクラリッサを認めてくれなかった。全てに置いて出来損ないの自分が悪いのだと、クラリッサは諦めたのだ。しかし、小さな少女はクラリッサの諦めを許さなかった。
「大丈夫です。もう、大丈夫なんです。あるお方が、私を救ってくれましたから。逃げる私をずっと支えてくれるだけではなく、諦めるなと背中を押してくださったのです。確かに、心から尊敬していたお姉さまから嫌われていたのだと悲しくなりましたが、お姉さまは、お父さまとお母さまから私を助けて下さったではありませんか。それだけで、お姉さまの御心を理解するには十分です」
触れる手は綺麗に整えられている。髪も体も張りと艶があり、ストレスなく栄養が体を巡っている証拠だ。
「お姉さまは今、幸せですか?」
クラリッサの姉は、耐えられず涙を流した。
「えぇ、幸せよ。歳は離れているけれど、旦那様は心の底から私を愛してくださっているわ。家の者たちも皆優しくて、私今、とっても幸せなの」
「お姉さまが、ケイティお姉さまが幸せで、私とっても嬉しいです。どうかこれからは、私のことは気にせず、ご自分の幸せだけを追いかけてください。それが私の幸せなんです」
クラリッサの言葉に、姉のケイティは嬉しそうに笑った。
「貴方も、生きる道を見つけたのね」
ケイティが彼女の旦那様と仲良くなるまでに、年下のケイティに旦那様の方が気を使い過ぎ、ケイティは始め嫌われているのかと思ったが、使用人たちの助言がきっかけで仲が深まった、と言った恋の話で盛り上がった。
姉とこんなにも話が出来るとは思っていなかったので、今も思い出しては頬が緩んでしまう。
「何やら幸せそうですね、クラリッサ」
入って来た女性は、クラリッサの服と似た、白を基調とした目立たないがよく見れば繊細な刺繍が施された服を身に纏っていた。正式にクラリッサへと力を引き継いだ、先代聖女イヴァナである。
「幸せに浸れるのも今の内だよ~?今から国中の聖なる結界、張り直すんでしょー?」
嬉々としてイヴァナの元へ向かっていたクラリッサは、国王パトリックからの突然の横やりに動きを止める。
「しかもこの子、聖なる結界を張り終わったら、世界を見る旅に出るとか言ってるんだよー?しかも一人で!」
自分でも無謀だと分かっているからこそ、国王の言葉がクラリッサに刺さる。ニヤニヤ顔の国王パトリックを前に、彼が優れた王になったのは良いが、その代償に性格の悪さを手に入れたようだと思わずにいられなかった。
「あら、良いじゃありませんか。聖なる結界は必ずしもその場に留まる必要はありません。大切なのは強い思いです。この国を、この国に生きる人々を守りたいと、強く思うことが大切なのです。代々聖女が国に留まるのは、人々を癒すため。定期的に治癒の力を流し込む必要はありますが、旅に出て見分を広げるのは良いことです。クラリッサは頭が良く、魔法の知識も豊富。魔力は少ないですが、鍛錬を積めば、一人でも生きていけますよ」
「イヴァナ様…!」
背はクラリッサの方が高いが、イヴァナは手を伸ばして綺麗なスノーホワイトの髪を撫でる。奥で国王がやれやれと手を上げていた。
「イヴァナ様。私、ついに見つけたのです」
「まぁ、何を?」
「信仰すべき神です。昔仰ってましたよね?皆、心の拠り所となる神がいると。神はいつか必ず現れ、私たちを正しい道へと導いてくださると。その通りでした。神は正しく、私を導かれました」
目を輝かせ、頬を染めるクラリッサ。眩しいものを見るように、イヴァナは目を細めた。
「そう、それは、素晴らしい奇跡のようなことですね」
静かに興奮しながら頷くクラリッサを前に、イヴァナは数日前に捕らえられて、部屋に閉じ込められた時のことを思い出した。
遠くから聞こえる大きな音に、外で何か大変なことが起きているのだと理解できた。部屋にはイヴァナだけではなく、神父たちも閉じ込められていた。聖騎士の監視下で助けに来るのを待っていた時、部屋に国王パトリックが現れた。連れていた騎士と兵たちにより解放されたイヴァナだったが、聖なる結界の弱体化により魔物が侵入したことを知ると、自分は結界の修復に行くことに決めた。神父たちは国王パトリックと騎士と共に、イヴァナは兵を連れて結界の修復を。しかし彼女が手を出すまでもなく、結界はクラリッサによって修復された。
ホッと息を吐いたイヴァナの耳に、鈍い音が聞こえる。振り返れば先程まで立っていた兵たちが、皆気絶していたのだ。敵か、と慌てることはなかった。
「元気にしてたかい?聖女イヴァナ」
空から聞こえたのは、昔から変わらない、聞き知った声。
「お久しゅうございます。古き赤の国王よ」