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転移小人の奮闘記  作者: 三木 べじ子
第2章
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第141話:深い水底に

 突然抱えられて、突然謝罪された智香子の視界が、青一杯で埋め尽くされている。


「え?」


 空だ。雲一つない、大空。どこだここはと思った瞬間、体に浮遊感がやってくる。しかしそれは一瞬の事。浮遊感が終わった後に待っていたのは、ただただ重力に引っ張られるだけの時間だ。


「ぎゃーーーーーー!!!!」


 重力に引っ張られる方へと回転した智香子の眼下には、つい先程思い出していた真っ青な海が広がっている。確かに行きたいと考えた。懐かしい海の潮の香を感じて、思う存分泳ぐことは身体能力的にすぐ限界が来るので、砂浜で城を作りたいと、確かに思った。


「でもこんなのは望んでないわよ~~~~~!」


 高いところから海に落ちた時の衝撃は、コンクリートの上に落ちた時の衝撃と大差ないものだと聞いたことがある。一体どこから落とされたのかなど問題ではない。どう考えても、海に落ちれば死ぬ。

 ぶつかる直前、恐怖に目を強く瞑った。海の中へ入るが、想像していた痛みも衝撃もない。


(あら)


 驚きに思わず水を飲み込んでしまったが、海特有の塩水の辛さも感じない。もしかしてここは海ではなく、湖なのだろうか。だとしたらとんでもない大きさだ。少なくとも智香子が落下していた時には、湖の端は見えなかった。


 水に入ると、人間の体は浮かぶ。それは、下向きに働く人の重さが、上向きに働く水圧と釣り合っていることで発生する。浮力は水に接している面全てに働くので、接し面を広くすればするほど、より浮かぶことができる。

 智香子は手を広げ足を広げ、なるべく水と接する面を広げようとしたが、無意味なことだった。体はどんどん水底へと引っ張られていく。底へ行けば行くほど、光は水に吸収され、周囲は真っ暗になっていく。


 怖くて、寒くて、苦しい。


(息が、もたない…!)


 遠くなっていく水面に智香子は手を伸ばしたが届くことはなく、抵抗することもできずに海の底へ沈んでいく。


 智香子の意識が戻った時、辺りは真っ暗ではなかった。深海魚だろうか。不思議に光を発する生き物は、智香子の横を通り過ぎていく。


 ———ここは、どこ…


 開いた口から空気が漏れて、慌てて手で押さえて息を止める。しかし先程、智香子は息が持たずに意識を失ったはずだ。ならどうして、水の中でまだ無事なのか。恐る恐る口を押えていた手を離す。きっと大丈夫と思うが、やはり怖くて口を開けない。例え夢だとしても、息が出来ない水の中で空気じゃなく水を取り込むことは恐怖を感じるし、そもそもこれは現実だ。


 ———でも、やらなきゃ死ぬわ!


 とんでもなく怖いけど、智香子は覚悟を決めて口を開き、前にあった水に噛り付く。口の中に入った水を、咀嚼して、飲み込んだ。


 ———!


 水は水のままなのだが、飲み込むと肺を満たし、呼吸が楽になる。空気と同じで肺に取り込めば良いだけで、咀嚼する必要はない。しかし智香子は水が液体だからか、水を咀嚼して飲み込むを繰り返しながら、周りを見渡した。


 ぼんやりと、生き物によって淡く光る。倒れていた場所は確かに地面と言えるが、目の前を通り過ぎていく生き物や、智香子自身がゆっくりとしか動けないことからも、やはり水の中だと見当をつける。普通はありえないことだ。水の中で呼吸が出来ることも、光が入ってこないほど真っ暗の水底にダイビングスーツさえ身に着けていないパジャマでいることも。でもこの世界は、本当に魔法がある。元の世界ではありえないことは、この世界では普通のこと。


 ———随分と、この異世界に毒されてきたわね


 呼吸ができるのなら、元の場所へ帰る方法を探せる。ただ迎えが来るのを待つのは、智香子の性に合わない。


 ———…でも深海、やっぱりめちゃくちゃ怖いわね…


 海ではなく湖なら、深湖か?とどうでも良いことを考えたくなるくらいには、たまに光る生き物も、通り過ぎる見たことない物体も、どこからか聞こえる唸り声も、金属がぶつかり合うような音も、怖かった。

 音に集中した時、遠くで何か音が聞こえる。


 ———これは…歌?


 振り向いた先に、全身が淡く光った人を発見する。少し遠いなと思いながら、智香子は体育成績2の身体能力で何とか体を動かしてその人に近づいた。近づくとより鮮明に聞こえる歌は、少し低くて、でも綺麗な声で紡がれている。言語能力の履修済み(話し言葉のみ)が働いているおかげで、歌詞を理解することができた。


 ———天よりそそぐ光 神が生みし世界 守り給おう 争いをせず 力を合わせ 創り守り育て進めるために 例え神が消えたとて 我が命は尽きぬ 再び相見えるその時まで 貴方を待つ


 所々聞こえず抜けているが、大まかな内容は理解できる。これは、消えた創生の女神、ツェーララへの哀願の歌だろうか。


 ———十三の名が持つ力を揃える時 ワーナローグはあるべき姿へ還るだろう


 十三の名が持つ力。ワーナローグ。何のことか分からない智香子に、その人は気づいた。振り向いた彼女は、自身が発光しているようだった。


 ———こんな広いところで歌っていたら、聞きたくなくても聞こえてしまうわ。聞かれたくないならもっと人がいないところで歌いなさいよ。…でも、勝手に聞いて、ごめんなさい


 首から手、足にかけて、幾何学模様が描かれた女性は美しく、水に揺らいだ長い青い髪は彼女の身長よりも長い。何も言わず、ただぼんやりとどこかを見つめている女性。気まずいなと思った智香子は、彼女の顔を見て誰かが頭に浮かぶ。しかし誰かの顔はすぐにどこかへ行ってしまった。


 水の中、浮かんだ体で、自分よりも遥かに身長の高い女性の眼前まで浮かび上がった智香子は、彼女の顔を鷲掴む。


 ———なんで泣いてるの?!えっ、どこか痛む?!怪我してるのかしら?!


 智香子の言葉に始めて反応を示した女性は、しかしすぐに智香子を自身から引き離す。切羽詰まった様子に何事か聞きたかったが、女性の人差し指が智香子の額に触れた直後、瞼は閉じて意識は再び沈む。

 水の中で涙など分からないと智香子も分かっているのに、女性が泣いてる気がしたのだ。意識が沈む中、冷たい水の中で何故女性は歌っていたのだろうかと考えた。



 ———貴方を、奴の手に渡らせたりなんかしない…



 プカプカ水面に浮かぶ智香子。その意識はない。

 智香子の上に、複数の影が重なる。


「…いやなんでここにいるんだよ。てかなんで浮かんでんだよ!」

「うるさい。我々はただ任務を遂行するだけだ」

「へいへい」


 智香子に手を伸ばし、水面から引き上げる。


「おい!」

「!」


 電気が走り、バチッと火花が散る。智香子の攻撃かと思ったが、まだ眠ったままだ。


「痛っ!なんだ今の?!」

「…早く帰るぞ」


 触れても、電気は走らない。水に浮いていたというのに一切濡れていない智香子の体を抱える。


「…人など碌なことがないというのに、なぜ迎え入れねばならぬのか」

「お前はホント人間嫌いだよなぁ。良いじゃん、人間。面白いモンとかウマいモン沢山作ってさ、俺はまぁ好きだけど?」

「矮小な存在の癖に、我らに歯向かおうとするところが気に食わぬ」

「それはまぁそうだけどな」


 背に生えた黒い羽を動かし、二人は空へ浮かぶ。


「さっさとしろ」

「おぉ、そうだな」


「我らが魔王様が、お待ちだ」


 頭の上にはそれぞれ角があった。

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