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転移小人の奮闘記  作者: 三木 べじ子
第2章
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第138話:血まみれの服と交渉②

 国王然とした一貴。彼の放つ空気に呑まれ、誰も動けず話せなかった。

 空気を破ったのは他でもない、一貴本人である。


「なのにさ、理解してないくせさ~、かこちゃん傷つけるとか、本当に救えないどころの話じゃないんだけど。かこちゃんを傷つけて良いのも、連れて行っていいのも、危険な目に合わせるのも、怖がらせるのも、全部全部全部全部僕だけにしか許されてないことなのにさ!」


 こういう発言がなければ、完璧であった。ペチッ、とその頬を智香子は遠慮なく叩く。


「誰にも許してないわよそんなこと」


「これが、愛の鞭…!?」


「愛は一切込めてないけど、呆れと嫌悪は十分に込めておいたわ」


「呆れたってことは、その前に僕がカッコいいと思われるようなことをしてたってことだよね?やだなぁ~かこちゃんがそこまで僕のことカッコいいって言うなら、結婚しよっか」


「脈略クソね」


「カッコイイ=プロポーズ?」


「カッコイイ×→キモイ〇=お断り」


 近づいてくる一貴の顔を全力で拒否する智香子。わちゃわちゃした空気を止めたのは、ジェイミーの叫びだった。


「そんなの、そんなの知らない!だって、だって誰も教えてくれなかったんだ!」


 彼、樋口颯太がジェイミーとして目覚めたのは、十六歳になった時だった。颯太自身も十六歳であったため、年齢や体の違和感は感じずに、ただ興奮した。


 異世界に転生した、と。


 読んでいた小説や漫画の中のような、異世界転生。定番なのは死んで転生なので、颯太は自分も死んだのだろうと見当をつけた。しかし、死んだときのことはあまり思い出せなかったのだが、彼にとっては特に問題ではなかった。なぜならこの世界には、剣も魔法もある。そして自分は王族で、仲の良い幼馴染がいた。更に更に、聖女候補でとんでもなく美しい少女が、将来結婚を約束した婚約者だったのだ。


 かつて描いた夢のような現実に、しばらく眠れなかった。


 ジェイミーの記憶は結構あやふやだったが、人の名前や関係、出来事なんかは比較的覚えていたので、対人関係は問題なかった。問題だったのは勉強の方だ。聖女候補として教会で学ぶクラリッサやセイディとは違い、ジェイミーは幼馴染の一人であるトリス・キニ―含めた他の側近と共に学園に通っていたのだが、勉強の内容が、ほとんど分からないのだ。


 王族で魔力量多くて可愛い婚約者もいて、人生イージーモードかと思ったらとんだ落とし穴である。入学から一年経っていたので、遅れは大きい。周囲に聞こうとしたが、無理だった。


「流石殿下!素晴らしいです!」

「優秀な殿下に仕えることができて、我々は幸せ者です!」

「ずっとついていきます!」


「あ、あぁ。私も、君たちのような優秀な者たちに仕えてもらうこと、とても嬉しいことだと思っているよ」


 ジェイミーが築いた地位が、努力が、尊敬が、颯太を苦しめる。

 王城の中でも同じことだった。皆が優秀な第二王子として接してくる。颯太は焦った。前より少しでも劣れば、彼らは離れて行ってしまう。離れて蔑んだ目で見られてしまう。颯太にはジェイミーの記憶があったが、ジェイミーは颯太よりもずっと努力家で素晴らしい人物だった。友人も、側近も、親も、婚約者であるクラリッサでさえ、颯太を見ているのではなくジェイミーを見ているのだ。そう思った瞬間に生じた劣等感が、颯太に恐怖を抱かせる。


 もしもジェイミーの中身が別の、世界からやって来た人間だとバレてしまったら、どうなってしまうのだろうか、と。


 隠し通すことを決意したが、皆に秘密を抱えて生きていく居心地の悪さや不安を持ち続けられるほど、颯太は強くなかった。

 どうすれば良いのかと悩んだ颯太が出した結論が、王になることだった。この国の最高権力者である国王になれば、どんなことがあっても第一優先で守ってもらえる。権力があるから誰も逆らえない。

 しかしここでもまた問題が発生した。兄である第一王子が、とても優秀だったのだ。既に次期国王だと言われるほどの兄に勝てる方法は何があると頭を悩ませていたジェイミーに、ある日セイディが囁いたのだ。


 ———私を聖女にして下さるのなら、貴方様の願いを叶えましょう


 クラリッサは五年前の”十三の峻別”で前例のない治癒力が見られたほか、コリンズ家の者。いくら今力がないと言っても簡単に変えることは出来ないだろうと思われたが、セイディの言う通りにしていれば簡単に事は運んだ。


 颯太にはジェイミーの記憶、クラリッサとの思い出があったため、彼女を殺人の容疑者に仕立て上げて追放することに酷い罪悪感を覚えた。しかし全ては王位のために必要なことだと言い聞かせて、クラリッサを追い出し、セイディは聖女となった。

 聖女セイディが婚約者となったことで、今までは第一王子である兄の即位が確実かと思われていたが、第二王子であるジェイミーにも王の資格があると、情勢は二分化した。それでも、王と等しい権力を持つ聖女が婚約者なのだから、颯太は自分の即位は確実だと思っていたのだ。


 セイディが、聖女イヴァナから力の引継ぎを拒否されるだけではなく、聖なる結界を張ることができないと知るまでは。

 ここから離れた部屋に監禁されたイヴァナは、終始落ち着いていた。しかしクラリッサのスノーホワイトより少し黄色がかったオフホワイトの目は、鋭くセイディやジェイミーを貫く。


「貴方に力を渡すことは出来ません」


「…なんでですか?クラリッサは罪を犯してこの国を出た。最終選考まで残り、選ばれた私が聖女です」


 この部屋に監禁される前も、イヴァナは祈りの間から出てはいない。一連の騒ぎは情報規制をしていたから、イヴァナが知っているはずないのに、どうしてか彼女が全てを知っている気がした。口を閉じて会話を拒絶するイヴァナに、セイディは怒りに震える。


「良いからさっさと力を渡しなさいよ!渡してくれさえすれば、全部上手く行くの!」


 肩を強く揺さぶられても、イヴァナは表情さえ変えない。


「…聖女とは、運命に決められた役目。正しく引き継がなければ、運命の怒りを買うことになるでしょう。認められた者はただ一人。クラリッサだけが、聖女となる運命を持っています。…セイディ、貴方ではありません」


「っ~~~!いつもクラリッサばかり贔屓して…。良いです!私たちに力を貸さないって言うなら、このままここで野垂れ死んでしまえばいい!」


 出て行ったセイディを慌てて追いかけた先で、涙を流す彼女を見た颯太はどうすれば良いのか分からずに視線を彷徨わせた。


「ジェイミー様…!」


 セイディが抱き着いてきたことに颯太は困惑したが、クラリッサともこれほど近い距離は日常的になかったため、セイディの甘い匂いに困惑は次第に動悸に掻き消されていく。


「私、あんなこと言うつもりじゃなかったんです…。つい、悲しくなって、イヴァナ様に酷いことを…」


「大丈夫だよ、イヴァナ様は分かってくださる」


「でもどうしましょう!イヴァナ様が力を引き継いでくださらないのなら、私、私、聖女としてのお勤めが出来ません…!」


 目に一杯の涙を浮かべで自分に縋りつくセイディ。そっとその背に手を回して、柔らかい体を抱きしめる。良い案は無いかと考えたいが、甘い匂いや柔らかさにばかり意識が言って分からなかった。


「!そうです!クラリッサを連れ戻しましょう!」


「え、ライリーを?でも連れ戻したところで、意味はないと思うが」


「でもクラリッサがいなくなってから、聖なる結界は弱まり始めましたよね?クラリッサが何かしらの影響を与えていたか、もしかしたらクラリッサは、本当の力を隠していたのかも…」


 言われてみれば確かに。今までに”十三の峻別”で発見された治癒の力が減少していくことなどなかった。


 そしてクラリッサを連れ戻し、セイディの影武者にしようと計画した。それなのに、計画は上手く行かず、地面にへばりつくだけの様は傍から見れば醜い。


 颯太は、国王になるためにずっと、兄を追い越すことを考え、クラリッサを殺人の容疑者に仕立て追放することや、セイディを聖女にすること、自身のアピールにばかり集中していた。当然、王族として必要な勉強などはしていないから、知識はあやふやだ。


「僕は悪くない!誰も教えてくれなかった、皆が悪いんだ!」


 智香子を地面に降ろした一貴は、颯太に近づくと颯太の頭に拳骨を一つ入れる。


「?!?!」


「自分のせいなのに他人のせいにするとかさ、マジ子供過ぎじゃん。異世界からの転生者だってバレるのが怖いとか、軽蔑されたくないとか、それ全部誰かを傷つけていい理由にはならないよー?」


 痛みに涙目の颯太は、クラリッサを見て言葉に詰まる。


「僕別に子ども産んだことも育てたこともない人間だしさ、親の気持ちとか分かんないけどー、でも親はさ、基本的には子供大切でしょ。毒で倒れた子供いたら、慌てて駆け付けて救急車呼んでくれるくらいには、さ」


 はっと颯太が、ジェイミーが見た、カタール国王パトリックの顔は、優しく笑っていた。


「僕ら家族なんでしょ?お互いに困ってたらさ、助け合うもんだって僕思うんだよねー。だからさ、遠慮しないでよ」


 頭に置かれた手から伝わる熱に、ジェイミーは涙が溢れてくる。


「君が異世界からの転生者とか、僕にとっては別に大したことじゃないんだし~」


 自分が気にしていたことを大したことないと言う国王。もうそれ以上気にせず、抱え込むのは止めろと言ってくれてるようで、ジェイミーは異世界に転生して始めて、心から安心することができたのだ。


「ぼくっ、色んな人、傷つけちゃって…!そんな僕でも、まだ、誰かの役に、立てるかな…?」


「大丈夫。そんな心配しなくても、君がここにいるのはさ、何かしらの意味があるから。誰かの役に立ちたいって思ってるだけ、偉いなぁって僕は思うよ~」


「父上…!」


「はーい、父上だよー」


 泣くジェイミーをあやす国王パトリック。智香子は、一貴もなんだかんだ言って、自分の子供が大事なのだろうと思う。憑依したとは言え、ジェイミーはパトリックの実の子供なのだから。これから家族としての仲を深めていくだろう二人に、智香子はふぅと息を吐いた。

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