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転移小人の奮闘記  作者: 三木 べじ子
第2章
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第135話:清廉な聖女③

 驚いたクラリッサを見て、智香子は怒りをぶつける相手は彼女ではないと思い出す。ぶつける相手は、逃げ出した重役や、未だ敵の対応に追われて来ない一貴だ。あとで思う存分、聖女制度のことや子供の育成方針や国のあれこれについて文句を言って、なんなら改善させてやると決めて、まずは落ち着くために息を吐いた。


「クラリッサ!」


「はい!」


「今、アンタの肩に乗せられた責任、全部私が取っ払ってやったわ!アンタは聖女の責任とか使命とか義務とか、なんにも抱えてないし背負ってないの!だから、国が無くなろうが、人が死のうが、それはクラリッサの責任じゃないわ。勝手に滅んで、勝手に死んだそいつらが悪いの」


「それはっ…、違います…。私には力があるのだから、皆を守るのは、当然のことで、」


「当然じゃないわよ!」


 力が弱い智香子に肩を掴まれても痛くはない。でも手から伝わった熱が、冷えた体には熱すぎた。


「当然のことじゃないわよ。何も、そんなことありはしないわ。力があるから戦うんじゃないわ。力があるから守るんじゃないわ。守りたいから、守るのよ。貴方さっき言ったじゃない。この国が好きだって。この国が大切だって。大事なのは、その心じゃないのかしら」


 セイディとジェイミー救助に集中していた大和は、魔物の攻撃から一瞬気を反らしてしまった。光線が脚をかすめて体がぶれる。更に光線が放たれ、直撃する。吹っ飛ばされた体は教会の壁にぶつかって土埃が舞った。


「身勝手なクソ野郎共の事なんか考えなくて良いわ。さっさと忘れなさい。大切なのは、クラリッサ、貴方の心よ。どんなに酷いことをされても、言われても、それでもこの国の人々を大切だと思い、守りたいと思える、綺麗な優しい心を貴方は持っているわ。その優しい心を、忘れてはいけない」


 智香子は大和の様子が気になったが、確認するのを耐えた。信じて託すと決めた以上、智香子は智香子にできることをしなければならない。


「私は優しくなんかありません!酷く扱われてもなんとも思わなかったのは、私の感情が欠如していたからです…!この国の人々を大切に思い、守りたいと思うのも、本当は独りになるのを恐れて自己保身が働いているからかもしれません!それに、それに私は、全てを諦めて、一度逃げ出しています…」


「逃げ出したんじゃないわ。追い出されたのよ」


「弁解を諦め真実と認めた時点で、向き合い己の使命から逃げ出したのと同じことです!」


「いいえ、貴方は優しいわ。優しくない人間は、怒って復讐に燃えて何が何でもやり返すのよ。私みたいにね」


「チカコ様は優しいです!」


「私が優しい人間に見えるなら、アンタは早くその目を取り換えた方が良いわよ」


 肩に置かれた手がクラリッサの頬を包んだと思ったら、ぶちゅっと押される。智香子は、驚きに目を開き、ひょっとこ顔になったクラリッサに思わず笑いそうになるのを耐えた。この状況で笑うのは駄目だ。


「酷いことされても怒らないわ、復讐しようともしないわ、大切な子供たちの為に国を去ろうとするわ。そんな優しい人間があーだこーだ「私優しくない」って我儘言うんじゃないわよ。悪いけど、私はこのことに関しては譲らないわよ」


 ニヤッと笑った智香子の顔からクラリッサは目を離せなかった。手が離され、そっと抱きしめられる。身長差があって、少し背伸びをしなければならないことを悔しいと思いつつ、智香子はポンポンとスノーホワイトの髪を優しく撫でた。バリカンで剃った坊主の状態に見慣れていたから、腰まで髪があるクラリッサは新鮮である。


「クラリッサ。嫌なら逃げても良いの。一人で逃げるのが怖かったら、私が連れ出してあげるわ。大和の背中に乗れば、どこへだって行ける。レッドフィールド家は王族だから、権力ゴリゴリに利用して匿ってもらえばいいのよ。もし大宮先輩が乗り込んできても、私が追い返してやるから安心よ。レッドフィールド家にいられないなら…その時は、旅にでも出て、世界中逃げまわるのも良いかもしれないわね。私まだアドリオンとカタールと、あとは妖精の国タナフォーリしか行ったことないから…。あら、結構ありね!世界旅行!」


 ポンポンと智香子が口に出す話は聞いているだけでとても楽しそうで、とても魅力的な話だ。何よりも嬉しいのは、智香子が一緒に居てくれること。ただ智香子がそばに居てくれるだけで、世界中逃げまわることが軽く簡単にできてしまいそうだ。


 涙がポロポロと出る。ずっと泣いてばかりだ。


「貴女が決めて良いのよ、クラリッサ」


 強く抱きしめるクラリッサを智香子は受け入れた。


「私、私は、」


 思い出すのは、辛い記憶ばかりではない。分からないところを丁寧に教えてくれる姉の優しい声も、領民の温かい笑顔も、孤児院の子供たちの元気な笑い声も、聖女候補の中で生まれた友情も。ジェイミーとの優しく幸せで、次を望んでしまうような時間も。辛い記憶が目立ってしまうだけで、幸せな時間は確かにあった。


 クラリッサが守りたいと思う人にはまた別に大切な人がいて、その人にはまた大切な人がいる。誰にも傷ついて欲しくない。皆を守りたい。


「私は、全てを守りたいです…!私が大切だと思う人も、その大切な人も、全て!この国の人々を、守りたい…!この気持ちは、責任感でも義務感でもなく、私の心からの願望です!」


 提案を無下にしたクラリッサを智香子は怒るでもなく悲しむでもなく、笑った。


「全てだなんて、随分と傲慢ね!うふふ!良いじゃない!」


 胸に温かいものが流れてくる。光が溢れ出す。クラリッサは智香子を抱きしめたまま立ち上がった。

 魔物の目がこちらを向いても、クラリッサは恐怖に震えない。腕の中の小さな存在が、温もりと勇気をくれるから。いざとなったら逃げても良いと、言ってくれたから。


 大事なことは、守りたいと思うこと。ただ治したいと、癒したいと思うこと。


 そして、神への祈り。


 唸り声を上げて向かってくる魔物。恐怖にクラリッサの服を強く握る智香子は、クラリッサの視線に気づく。


「ちょ、クラリッサ!来てる!魔物来てるわ!こっち見てないで魔物見なさい!」


 魔物がすぐ目の前だというのに、なぜそんなに穏やかに笑っていられるのか。ついに追いつめられ過ぎて精神が崩壊してしまったのだろうかと心配し、絶体絶命だと死を覚悟する智香子の名前を、クラリッサは綺麗に響く声で呼ぶ。


「チカコ様。愛しております」


 スノーホワイトの瞳は、真っすぐに智香子を見ていた。


「…………は、」


 魔物の脚が持ち上げられる。

 クラリッサは静かに、智香子を抱えていない方の手を前に出した。


「魔に名を連ねる邪なる者よ。疾くここから立ち去りなさい」


 頭上にあった脚が振り下ろされる直前。柔らかな光が魔物の脚を弾き、その体ごと外へ外へと追い出していく。光は空気に波打ち、地面を伝って、やがて円形に広がった光は空中で止まり、聖なる結界はカタールを包んだ。

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