第131話:出来損ないの恐怖心③
端に控えていた教会の重役たちが、智香子を見て驚きの声を上げる。
「あれほどボロボロだった子供が、傷一つなく動けるようになっているだと…?!」
「五年前の治癒の力が戻ったのだ!」
「彼女の聖女の力があれば、我々は再び平和な夜を手に入れられる…!」
重役たちの言葉に困惑の表情を浮かべるのは聖騎士やジェイミー、そして従者たちだ。聖女はクラリッサではなくセイディなのでは。
重役の言葉も周りの困惑も気にする余裕は今のクラリッサにはない。智香子も、セイディの足元に転がる子供たちを見ては何が起きているかを理解しようと努める。
「手を出さないと、そう約束をしたではありませんか!」
「先に約束を破ったのはそっちでしょ」
ジェイミーたちの前で猫を被るのをやめたのか、セイディはそう言い捨てると智香子達の方へと歩いてくる。広い聖堂にセイディの足音が響く。
「この子供たちには、聖なる結界の一部になってもらうの」
「…何を、言ってるんですか?」
セイディが視線で促した先には、ジェイミーが抱える箱状の何か。
「人間の生命エネルギー、つまりは魔力を聖なる結界として変換する魔道具らしいけど…。詳しいことは分からないわ。興味もないし。あぁでも、まだ試作品の魔道具みたいで、上手く行くかどうかは分からないんだって」
エネルギーを結界へと変える魔道具と聞いて、智香子もクラリッサも同じように想像しただろう。小さな子供たちから生命を脅かすほどのエネルギーを吸いとることを。試作品という言葉の通り、失敗してもしもがあっても、問題ではないと思っていることを。
「とことん最低ね、貴方たち」
「何が問題なの?使えない人間を有効活用できるのよ?あの子たちもきっと幸せよ。だって、今まで国の食い扶持だと、お荷物だと蔑まれてきていたのが、国を魔物から救う英雄になれるんだから!」
「彼らはこの国の未来を作る子供たちです!いわばこの国の未来そのもの!限りない可能性を秘めた子供たちの命を結界に使うなんて、許されないことです!」
ダンッとセイディの足がクラリッサの前で強く踏まれる。
「だから、それが嫌ならあんたが私の影武者に成れって言ってるじゃないの」
「……無理です…」
「…結局、あんたも自分が大事ってことね。口ではいくらでも言えるもの。大事なの~。傷つけないで~。でも結局、こうして見捨てるのね」
「違います!救えるなら何でもします!影武者だろうと何でも!ですが、ですが私は、…私は、治癒の力が使えないのです…」
「嘘つけ!じゃぁなんでこの醜い子供は怪我が完治しているのよ!あんた以外に誰が治せるって言うのよ!」
「それは神が、」
「神がお慈悲をくださったから、だから治ったって?」
クラリッサの言葉に鼻で笑ったセイディは、近くに抑えつけられていた智香子の頭を掴んだ。
「本当のことを言わないならそれでも良いわ。クラリッサが聖なる結界を張るか、子供たちを使い魔道具によって張るか、その違いだもの」
「チカコ様に何をするつもり、っぐっ!」
聖騎士に動くなとクラリッサは抑えつけられる。頭を掴んだまま智香子を引きずる形で、セイディは祭壇へと歩き出す。
「助けたいなら早くした方が良いわよ?大好きなチカコ様が、大好きな子供たちと一緒に死ぬ前にね。あぁ、別にそこまで大切じゃないのか。子供たちの命よりも、自分の身の方が大切だったわね」
「違うのです!本当に使えないのです!呪いを解いてくださらなければ…!」
クラリッサの叫びにセイディは歩みを止めない。智香子の髪の毛がいくつか抜けてしまってもお構いなしだ。痛みに顔を歪めながら、踏まれた時よりはマシだと智香子は思う。
「っ、子どもを人質にするなんて、悪趣味ね」
「あんたは本当にずっと私を苛立たせるわね」
「あら、お褒めの言葉をどうもありがとう」
ここに来てもなお神経を逆なでしてくる智香子に腹が立ち、セイディは雑に智香子を縛られた子供たちの元へ放り投げる。投げられて更に髪の毛が抜けた。腰も強打して痛い。でも泣くわけにはいかない。
祭壇から距離を取った教会の重役たちを横目に、智香子はセイディを睨み付ける。
「こんなことをして、国王陛下が黙ってないんじゃないの?ほら、貴方の大好きな国王陛下が。私彼とは知り合いでね、私にこんなことをしたと知られれば、貴方、嫌われちゃうんじゃないのかしら?」
相手に完全に上だと思わせてはいけない。いつだって余裕を見せつけなければならない。少しでも長く生き延びて、皆を守るため。
再び怒りを露わにするかと思ったがなんとか我慢し、盛大に息を吐いたセイディは笑った。
「大丈夫よ、バレないわ。貴方のような醜いクソガキさえいなくなれば、誰も陛下にこのことを話す人間はいなくなるから!それにね、陛下はここには来れないわ」
「…どういうこと?」
「私のお父様が、お仲間の方々と一緒に陛下を足止めしているの。陛下はあの通りお優しい方でしょう?強くこられれば、引き下がるほかないわ」
それは一貴ではない、以前のカタール国王だ。今の一貴にお優しいだの引き下がるだのの言葉は似合わない。智香子が口を開くよりも早く、ジェイミーが声をあげた。
「ねぇ、やっぱりこんなこと、止めにした方が良いよ」
魔道具を抱えた彼の様子は始めに会った時とは打って変わって気弱に見える。
「急になんですか?」
苛々は隠していないが、まだ王族への敬意をセイディは持っていた。
「だって、こんな小さな子供を巻き込むなんて、僕聞いてないし…」
「はぁ?始めに言いましたよね。目的を達成するためなら、王位を手に入れるためなら何でもするって。それが今更なんです?子供が可哀そうという理由だけで引き下がれるほど簡単な覚悟だったんですか?」
「そういうわけじゃない!でも、子供の命は、その貧富に関わらず大切なものだ。こんな、粗末に扱ってはいけないと思うんだ…」
「急に綺麗ごとばかり並べて。ジェイミー様、貴方には呆れましたよ。私が公爵家に養子として迎えられるのはもう決まってるので、貴方はもう必要ない。逃げたいなら逃げれば良い。地位も、名誉も、手に入らないまま。あぁ、あとは愛するクラリッサも手に入りませんけどね」
馬鹿にするようなセイディの笑みにジェイミーはカッと顔を赤くする。
「仕方ないじゃないか!僕はこの世界に突然やってきて、独りぼっちなんだ!」
この世界、という言葉に智香子はジェイミーを見た。明るい金髪の青年。もしかして彼は、異世界からの転生者なのだろうか。
「だから、確実な地位や、確実に僕を裏切らない人間を欲しいと思うことは当然の事だろ?!君の方こそ、さっさと聖女の力を引き継いでおけばこんなことにはならなかったんじゃないのか?!」
「貴方だって一緒にいたでしょ?!聖女イヴァナが引継ぎを拒否したから、だから無理だったじゃないですか!」
「イヴァナ様はまだご存命なのですか?!」
聖女の引継ぎは、聖女の力の弱まりから行われる。力の弱まりとはつまり、寿命だ。長年体を酷使した聖女の寿命は平均四十歳。国王がセイディを聖女と認めた話を、レッドフィールド家にカタールからの密偵としてやってきたトリス・キニ―伯爵令息から聞いたときに、クラリッサは聖女イヴァナの死を悟った。クラリッサが追放されてからの短期間で急いで聖女を決めるなど、前聖女が急死した以外にあり得ないと思ったからだ。
しかし現在、弱まっていながらも聖なる結界は作動している。セイディが結界を張れないのなら、聖女イヴァナが生きており、今なお結界を張っているとしたら納得だ。
「イヴァナ様はどちらに…いやそれよりもまず、ご無事なのですか?!」
聖女候補時代から、イヴァナは優しかった。クラリッサに特別優しかったわけではない。聖女候補皆に優しく、その分け隔てない優しさと信仰心の深さを、クラリッサは尊敬していた。聖なる結界もここ百年では一番の強さだと言われるほどだった。
「ご無事よ。うんざりするほどにね」
セイディは聖女イヴァナが苦手だった。誰に対しても分け隔てないイヴァナだったが、同時に多くのことを見抜く力も持っており、まるで計画を知っているかのようにセイディを見る目は厳しかった。
「今は別室に隔離しているわ」
「イヴァナ様になんてことを…!」
「私には聖女は譲らない!譲るのはクラリッサだと断言したのよ、あの女!」
当然の報いだと吐き捨てて、セイディはジェイミーから魔道具を奪った。奪った魔道具を智香子含めた子供たちへ向ける。
「早くしなさい、クラリッサ!子供たちがどうなっても良いの?!」
「待つんだ、セイディ!子供たちまで巻き込むのは良くない!」
揉め始めた二人を前に、智香子は何とかあの魔道具を破壊できないかと考える。隙さえあれば、二人に飛びかかり、バランスを崩した二人の手から魔道具が落ちて壊れるのではないのか。気づかれないように、ゆっくりと子供たちを後ろ手で押してなるべく被害に合わないように遠ざけつつ、智香子は機会を伺う。
「もう!煩い!」
セイディは魔道具のことはよく知らない。教えられた気もするが、彼女が言った通り興味がなかったので覚えていなかった。だから起動方法も知らなかったのだが、魔道具を取り上げようとするジェイミーを避けようとした時に、誤って起動させてしまう。
魔道具は智香子達とは逆方向、クラリッサに向けられている。
魔道具の怪しい光がクラリッサの視界一杯に広がった。