第10話:一週間の成果
それから一週間。
智香子はハードなスケジュールを見事こなし、無事、二十分間剣を振ることができるようになった。
また文字の方だが、こちらも必死に勉強した甲斐があり、本を一冊読める程度に成長している。
「まぁ、薄い本は一日で読めるけど、分厚い本は三日かかるわ………。」
いつものように朝食をとりつつ、成長ぶりを褒めてくれたレッドフィールド家の皆さん。
アリシスが嬉しそうに言う。
「それでもすごいわ~!たった一週間で文字が読めるようになるなんて!」
「あぁ。もっと誇っても良いことだ。」
クリストフもそう褒めてくれた。
カロラスとベネッタも口をそろえてすごいと言ってくれるし、ダミアンも「ここまでできるとは思ってなかったよ」と言った。
(本当に、まだまだなんだけどな………。)
しかし当の本人は納得していない。特に文学の方。
剣はよくできるようになったと思う。二十分は難しいとおもっていたからだ。
それに対して、文字や歴史・作法についてはもっとできると思っていた。
だが結果はあまりよくない。
文字の理解度は薄く、作法はアリシス、歴史や政治などのことはクリストフ、日常的なことはカロラスとベネッタに教えてもらっていたが、まだ完璧には程遠い。
ため息をつきそうになり、我慢する。
諦めるのはまだ早い、と。
すると突然、朝食を食べ終えたダミアンが立ち上がり、智香子を持ち上げたのだ。
「?!?!?!?!」
理解不能な出来事に、固まる智香子。
ダミアンは彼女を横抱きにし、万人が見惚れる笑顔で言った。
「大丈夫、君は本当によく成長している。そもそも外国の文字を覚えるのに一週間は短い期間だよ。それも一日中勉強するんじゃなくて、数時間だけ。その中で本一冊、読めるようになったのはすごいことだ。作法や礼儀、歴史や政治、日常的なことについてもね。」
甘やかされている。
それがわかったから智香子は言い返す。
「いや、もっとできたはずよ!もともと勉強はできる方だったもの。」
歯を食いしばる智香子。
心の底から、悔やんでいる。
そんな彼女を見て、ダミアンはさらに笑みを深めた。
そしてゆっくりと智香子に顔を寄せ、カロラスとベネッタが止める前、智香子がその顔の近さに気づいた後、
チュッ
智香子の額に、リップ音をさせながらキスをした。
二人が何やら抗議しているが、呆然としている智香子は、頭が白くなる。
だが額ではあるがキスをされたことと、ダミアンの、あの慈しむような笑みを見て。
「っ、子ども扱いするな~~~!!」
叫んだのだった。
カロラスとベネッタが腕の中から回収し、席に座らせてくれる。
重いだろうに、申し訳ない。
しかし、最近では見慣れてきたと思っていたが、相変わらずダミアンは超絶美青年である。
思わずドキドキしてしまった。
顔のほてりよ覚めるのだ!とヒンヤリとした飲み物を一気にのどへと流し込み、まだ残っていた朝食に再び手を付ける。
本日はほんのり甘いパンだ。
ただ蜂蜜を上からかけているだけ。
「ん~~~~」
美味しさを堪能している内に、なぜ突然子ども扱いされたのかという疑問が沸き上がったが、すぐに忘れてしまった。
朝食を食べ終えた後、智香子はふと気になったことをダミアンにたずねた。
「ねぇダミアン。貴方の仕事って何?」
丁度コーヒーを飲んでいる最中だったダミアンは思わず口から噴き出すところだった。
が気合でまぬがれる。
ゴクリとコーヒーを飲み込み、彼は
「えっと、どうして突然………?」
とソワソワしたように訊ねた。
様子がおかしいことを不思議に思いつつ、智香子は「当たり前でしょ」と返した。
「初めて会った時は仕事から帰ってきたばかりだったのに、その後の一週間は一回も仕事に行ってないからよ。」
思い返せば、忙しい仕事をしているような口ぶりだった。
だが今日まで、彼は一度も仕事に行ってない。というか、行っているところを見ていない。
智香子は確かにまだ大学生で、就職をしていたわけではないが、アルバイトはしていた。
ゆえに一人でも突然仕事を休まれると、職場が大変になることを知っている。
さぁ、どうなの、と詰め寄って来る智香子に、ダミアンは「えっと………。」と歯切れ悪く答えた。
「俺の仕事は、国を守る仕事なんだ、うん。一週間前は忙しかったけど、今は働かなくてもいい、みたいな………。」
つまり、有給中、ということ?
国を守る仕事は、まぁ、ほとんどの仕事が国を守ることにつながる仕事だけど、ダミアンの剣の上手さから考えて、
「騎士とかかしら?」
「うん!そう!騎士!」
憶測で言って見ただけだが、当たったようだ。
そうかぁ、騎士かぁ、と納得して食後のデザートを口に頬張る智香子は、ほっと息を吐くダミアンと、笑いをこらえるのに必死なクリストフ、アリシス、カロラスとベネッタに気づいていなかった。