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転移小人の奮闘記  作者: 三木 べじ子
第2章
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第126話:扉を開けるときは要確認

 智香子は過去、一貴に言われたことを思い出す。自殺を図る彼が言ったことだ。


 ———君がいる間はさ、死なないでいてあげる


 生きる意味がなくなったと一貴は言った。かつての言葉を信じるなら、智香子がいなくなったから、彼は死んだということか。まさか、と思う。しかし一貴の今は黄色の瞳は、嘘を吐いているように見えなかった。


「チカコ様…」


 クラリッサから声がかけられて、智香子は自分がクラリッサに抱えられていたということを思い出す。案内役の後に続いて城の廊下を歩いていたクラリッサの顔を見れば、その顔は青ざめていた。


「?!何その顔色!」


 クラリッサは怪我人であったことを智香子は思い出す。レッドフィールド家で簡易的な治療を施したのは昨日のこと。まだ全てが治っていないのは当然だ。弱っているクラリッサが、小さいとはいえ智香子をずっと抱えたままなのは体力を使うし、もしかしたらどこかの傷口が開いたのかもしれない。慌てて降りようとする智香子の耳に、「私、私…」と呟くクラリッサ。


「私、やらかしてしまいました…。国王陛下を、睨み付けるなんて、なんと不敬なことでしょうか…!」


 違った。体調不良ではなかった。そのことにホッと息を吐く。


「大丈夫よ。見た感じ大宮先輩、別に怒ってなかったようだし」


 そもそも智香子も、一貴が怒ったところは見たことがないが。いつだって掴みどころのない態度と話し方でニコニコと笑い、飄々と生きていた男だ。

 まだ気になるクラリッサに、そこまで気になるのであれば、後で謝罪すれば良いと頭を撫でる。


「私もあんなことするつもりはなかったのです…。ただ、頭の中で「こいつ狂ってるじゃねぇか!」という声が聞こえて、いつの間にかチカコ様を抱えて、陛下を睨み付けてしまっておりました…」


「私は今貴方から聞こえた言葉遣いに驚いてるわ」


 へへ、となぜか照れ笑いをするクラリッサに、褒めているわけではないとはっきり伝えておく。

 抱えられたままなのが気になり、降ろして欲しいと伝えたのだがクラリッサは智香子を離さない。自分の足で歩きたいと言っても、「地面には危険がいっぱいなんです!」とよく分からない理由で拒絶された。そんなやり取りをしている間に、前を歩いていた案内役の足が止まり、貴賓室に到着したのだった。


 貴賓室という名の通り、部屋の中はとても綺麗だった。いったい何人で泊まる想定なんだと言いたくなるフワフワの椅子と高そうな机。バスルームと寝室がリビングとは別にあって、ここにキッチンがあれば完全に住むことができる。しかも智香子とクラリッサで一部屋ずつ使っていいとのことだ。この部屋がもう一つある、ということに智香子は改めてお城って凄いな、王族ってお金持ちだな、と思った。


 夜ご飯は部屋まで持って来てもらった。とても美味しい料理に震える。レッドフィールド家の料理もお店を出せる質だが、この料理は高級料理店の味がした。しかし異世界到着して約一か月。智香子はつい思わずにはいられない。


「お米が食べたい…!」


「オコメ、ですか?」


 聞こえていたクラリッサが首を傾げる。彼女の知らない食べ物を口にしてしまったと、米について説明しようとしたが、必要なかった。


「ありますよ」


「あるの?!」


 はい、と笑顔で頷くクラリッサ。パールスという国が生産国らしい。存在することにも驚きだが、産地国まで分かっているのも驚きだった。


「この国は貿易に力を入れておりますから、他国でも流行の最先端にある国です。そのため多くの国の貿易商が我が国で様々な商品を売るべく訪れます」


 持ち込まれたコメはカタール国民の間で流行り、今では主食の一つになっている。しかし今日の食事には、智香子が望む米はどこにもなかった。というのも、パールスは常に災害が起きているような国であり、米自体も良作不作が年によって大きく変化する。ここ数年不作が続いているようで、カタールにはほんのわずかしか輸入して来ないらしい。


「それなら仕方ないわね。国が分かっただけでも十分よ」


 この世界のどこかに食べられるお米がある事実に嬉しくなる。異世界だからと諦めていたが、どうやらまだ希望はあるようだ。カタールでも、パールスから輸入した米の種を使って収穫を試みたが、土壌に合っていないらしく作れなかったらしい。しかし食への熱意が強かったのか、カタールでは現在品種改良を進めており、カタールでもお米が食べられるように研究を続けているらしい。

 美味しいものはなんとしてでも食べるという執念、とても共感できると智香子は頷いた。もし智香子がパールスに行くよりも早く品種改良が成功すれば、ぜひ食べさせて欲しい。


 就寝しようとそれぞれの寝室へ向かおうとしたとき、智香子の肩をクラリッサは強く掴んだ。ちなみに妖精の国とは違い、この国のパジャマはアドリオンのものとあまり大差ない。肌触りがもこもこしていて着心地がとても良いのが気に入っている。


「チカコ様「さん」はいすみません!もしノックが聞こえても、直ぐに開けてはなりません。きちんと相手が誰かを確認してから、開けるようにしてください」


「…私そんなに子供じゃないのだけど」


「絶対です!絶対に、簡単に開けてはいけませんよ?お相手の声が知っている相手であっても、魔法で声を変えることだって可能なんですから!互いに知っていることを確認した上で開けるようにしてください!」


 肩を掴んだクラリッサの口調は、いつになく強い。智香子の子供じゃない発言は恐らく聞こえていなかったのだろうが、指摘するには目の前にいるクラリッサの気迫に押されてしまう。智香子は頷いたのを確認して、にこやかに笑ったクラリッサは「おやすみなさいませ、チカコ様」と部屋を出た。


「クラリッサって、お淑やかなのか激しいのか、判断に悩むわね」


 その両方ということにした方が悩まなくていいと結論付ける智香子。


 扉が叩かれる。


「誰?」


「クラリッサです。すみません、チカコ様」


 先程出て行ったばかりなのに、一体どうしたのだろうか。忘れ物でもしたのかと扉のドアノブに手をかけて引っ張る。

 カチャ、と扉が開いた音を聞いて、智香子はクラリッサとのやり取りを思い出した。


 ———互いに知っていることを確認した上で開けるようにしてください!


 まずい、と思ってももう遅い。少し空いた扉から差し込まれた手は、クラリッサの手とは程遠い、大きく無骨なものだ。相手が大人の男だと分かる。智香子が扉を引っ張ったところで敵うわけもない。

 勢いよく扉が開かれたことで、智香子は尻餅をついてしまう。


「ちゃんと確認しないと開けちゃだめだよーって、さっき言われてたのにさ。かこちゃん、だめだめじゃーん」


「お、大宮先輩?!」


 見ればイケオジであるカタール王になった一貴がヒラヒラと手を振ってそこに立っていた。何してるんだと智香子が騒ぐ前に、一貴は後ろ手で部屋の扉を素早く閉めた。


「ほんと知り合いに対しては警戒心カスだよね~。かこちゃんってさー」


 ニヤニヤ顔で近づいてくるイケオジなど見たくない。それがイケオジだとしても、知っている大宮一貴が中身だと思えば、腹立ちが倍増だ。じわじわと距離を縮められ、やがて壁に追いつめられた。もう逃げ場はない。

 最終手段として金的を狙うか、と智香子が一貴の股間を見た次の瞬間、視界にはボトルが。


「じゃーん!」


「…?」


 正確には、赤ワインのボトル。屈んで目線を智香子と合わせた一貴は、ぽかんとする智香子に首を傾げる。


「あれ?かこちゃん赤嫌いだった?白派?白もあるよ~」


「いや赤しか飲んだことない、ってその白ワインどこから出したのよ」


「赤しか飲んだことないなんて、かこちゃんは人生損してるねー」


 赤と白、二本のワインを手に、一貴はにやりと笑う。


「二十歳になったんなら、お酒解禁でしょ?僕かこちゃんとお酒飲みたかったからさぁ。異世界で、だけど、二十歳の祝杯、あげちゃおうよ」


 智香子の誕生日は12月21日だ。去年はサークル内で誕生日を祝われたが、今年は色んな日程が重なりサークル内でのお祝いは先延ばしになっていた。レッドフィールド家でお酒は飲んだが、元の世界の人がいて、智香子の誕生日を知っている人からこうして祝われるのはまた違う。


「大宮先輩が飲みたいだけじゃないの」


「僕はお酒飲んでも体がお酒毒って判断しちゃってさ、耐性ついちゃって酔わないから、飲んでもあんまり意味はないんだよ?それこそ水を飲むのと一緒なの。でもかこちゃんの二十歳祝いのために、僕はいつも摂取しないアルコールを取ろうとしてるの。ほぼ水と同じものをさ。かこちゃんのためを思っての行動だよ?分かるかな?」


「分かるわよ!」


 アハハと笑って、席についた一貴はグラスにワインを注いでいく。渡されたのは白ワインが入ったものだ。白ワインの方がさっぱりしてて飲みやすいらしい。レッドフィールド家で飲んだ赤ワインも美味しかったが、一口飲んで潰れたから確かな記憶ではない。


「わざわざ異世界に来てお祝いしてくれるなんて、随分な待遇ね。私大宮先輩にそんな優しさがあったなんて知らなかったわ」


「かこちゃんが知らないだけさー。なんて言ったって、僕の優しさはこの国を包むほどあるからね。通常は大きすぎて見えないんだよー」


「ま、せっかくだし受け取っておくわ。ありがとう、大宮先輩」


「二十歳おめでとう、かーこちゃん」


 前回の失敗も踏まえて、少しずつ飲むように気を付ける。慣れないお酒の味はやはりまだ好きではないが、久しぶりに同郷の人物と話せるのは楽しくて、会話に花を咲かせた二人の夜は更けていった。

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