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転移小人の奮闘記  作者: 三木 べじ子
第2章
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第123話:あべこべなカタール国王

「そんなことになってたんだ~!どっきりみたいだね~!」


 現在、智香子とクラリッサは大宮一貴、いやカタール王パトリックの私室に来ていた。抵抗を示していたクラリッサだったが、一貴から「今の所安全なのここだけなんだよねー」と言われた後は大人しく部屋の中に入った。智香子の異世界に来てからの大まかな話をしたところ、「相変わらず面白いことに巻き込まれてんね」と大爆笑したのである。


「相変わらず…?」


 疑問を浮かべるクラリッサ。嫌な予感がする智香子。前の二人掛けソファに一人でくつろいでいた一貴が、目を輝かせているのがその証拠だ。


「聞かなくていいわよ、クラリッサ」


「聞く?聞いちゃう?!」


 聞かないと言っても話すほどの勢いに呑まれ、クラリッサは「は、はい」と頷く。


「あれは、かこちゃんと出会った、大学入学式のこと…」


 智香子の静止を聞かず、一貴が話し出したのは約二年前。智香子が大学に入学してきた時のことだ。

 長居海外留学から帰って来た一貴は見知った顔見知らぬ顔に囲まれていた。そこそこ背が高く、頭一つ分他よりも目線が上の一貴は、自分の前方から同じような集団を見つける。しかし中心となる人物が見当たらない。少し目線を動かして探していたところ。


「ちょっと、退いてくれないかしら。道の真ん中で群がって、人の迷惑も考えられない能無しなの?」


 随分と下の方から随分な言葉を投げかけられた。驚いて下を見れば、随分と小さい、大人と呼ぶには小さい少女が仁王立ちで立っているではないか。


「聞こえなかった?いい歳した大人が他人の事を考えられないのかって言ってんのよ」


 こちらを強く睨み付けてくる少女は、突然自分の周りにいた人間たちにも火を噴く。


「貴方たちもいつまで人にくっついてるつもり?!鬱陶しいったら仕方ないわ!トイレにもひとりで行けない幼稚園児じゃないなら、固まってるんじゃないわよ!」


 周りはドン引き。何言ってんだこいつ、と皆が思ったことだろう。一貴はつい口からぽろっと出てしまう。


「え、子どもがなんで大学に?」


 似合わないスーツを着た少女は、まるでおままごとをしている子供に見えた。するとプルプル震えだす少女。


「見下すな~~~~!!!」


「おい、智香子」


 叫ぶ少女、智香子をひょいと抱えるのは高身長で顔面国宝のような男。晴馬、と呼ばれた男は抱え上げた少女とは大人と子供ほど身長差があるように見える。


「叫ぶな。大学生になったってのに、もっと子供に見える」


「ぶっ飛ばすわよ、アンタ。というか、前からアンタのその子ども扱い、気に食わなかったのよ。いい機会だわ、その体に私が如何に成長したか叩き込んであげるわよ!」


 芸能人レベルの顔面を智香子は遠慮なく捻り上げる。全く歯牙にかけない晴馬と智香子の騒ぎが始まり、周りは呆然と二人のやり取りを見ていた。その時、近くで悲鳴が上がる。見れば不審者が刃物を持って周囲の人間を害しようとしているではないか。

 一貴は周りの逃げ惑う者たちよりも冷静だった。いろんな国に行って、危険なことにも巻き込まれたことがあるからだった。


 しかし一貴よりも早く動いた人間がいた。智香子である。


 晴馬の腕から降りた智香子は一直線に不審者へと向かおうとして、晴馬にすぐ捕まる。しかし振り返った時に見えた瞳は強い光を持って、なぜか一貴を射抜いた。


「智香子。お前が行く必要はない。俺が行った方が良い」


「あの人の狙いが分からない今、動ける人間が怪我を負うのはまずいことよ。近づかない方が良いわ。私なら相手の油断を誘える」


 駄目だと止めると思ったのに、晴馬は智香子の言葉にため息を吐いて「分かった」と頷いた。


「いや駄目でしょー!こんな小さい、しかも女の子に無理させちゃ駄目じゃん!」


 思わず会話に入ってしまった一貴に向けられるのは「はぁ?」という怒りの目と声。


「誰かがやらなきゃいけないことよ」


「だからって君が良く必要なんかないじゃん!一番この中で弱いでしょー?!」


 後ろで守られてなよ、という言葉は智香子の瞳に黙殺される。

 晴馬、と短く名前が呼ばれ、彼は答える。


「俺なら余裕だ」


 その会話はまるで一心同体の相棒みたいだった。

 智香子は不審者の元まで歩く。恐怖に腰が抜けてしまった女子大学生の近くに不審者が立つ。涙を流す彼女に、不審者は歪な笑みを浮かべながら刃物を掲げた。


「止めなさい!」


 智香子の声に動きを止めた不審者は、その正体が随分と小さい少女ということに驚いているようだった。なんでこんなところに小学生が?とでも言いたげな目をしている。


「そんなみすぼらしい子供を殺して、一体なんになるっていうのかしら。殺人の快楽?承認欲求?」


「そんなものじゃねぇ!そんなくだらないことじゃない!俺は、この世界を正そうとしただけだ!」


 蹲る女子生徒の頭をわしづかみ、首元に刃物を突き付ける。


「世界は今や濁って腐ってどうしようもない状態なんだ…。今も世界のどこかで止まない戦争、耐えない悲鳴、死、死、死!だがこのクソみたいなガキどもはそんなことも知らずにのうのうと生きている…。俺はそれが許せない!なぜ皆平等じゃない!なぜ幸福に差がある!可笑しいだろ?!生まれ落ちたなら、誰だって平等であるべきだ!」


「それがなぜ殺傷に繋がるの?」


「命だけは、平等だからだ。この世で死だけが、皆に等しく平等に与えられたものだからだ。誰も平等な世界を作れないなら、俺が作る!俺が皆を平等にする!平等に!等しく!……全員、殺すんだ」


 女子大生の悲鳴が上がる。うるさい!と不審者が叫び、刃物が近づく。


「くだらないわね。晴馬!」


 智香子よりも後ろに位置するこの場所からは、どう頑張っても女子大生は助けられない。しかし晴馬は不審者の後ろにいて、彼を地面に抑えつけた。どうやって、と不思議に思った一貴は智香子に呼ばれて、はっと意識を戻す。


「そこの眼鏡の人!なにぼーっと突っ立ってんのよ!彼女の救出を、早く!」


 倒れ込んだ女子大生を少し離れた木に連れていく。気絶した彼女の外傷はないようだった。


「邪魔、するな!俺は!俺は!このクソみたいな世界を正しくするんだ!俺しかできないんだよ!放せ!放せぇ!!」


 暴れる不審者は晴馬の力には敵わず、彼に抑えつけられてうめき声を上げる。そんな危険人物に智香子は近づいた。殺意に染まった目が智香子を睨む。不審者の胸元で何かが光り、それが呼びの刃物だと気づいて危ない!と叫んだ一貴の声が届くよりも早く、


「ふん!」


 智香子の拳骨が不審者の脳天を揺らした。


「っ~~!くっ!まず始めに言っておくわ!殺人は駄目なことよ!この法治国家の国で殺人を犯すことはいけないことなの。悪いことをしたとき、最終手段として処刑が用意されているけど、それ以外に解決する手段がある。その手段や方法が不満なときだってもちろんあるわよ。罪の重さに合ってないって思うでしょう」


 脳が揺れていた不審者の視点が定まる。目の前で屈んだ少女はまっすぐに男を見ていた。


「でもそれが、多くの人が不平等でないようにするための仕組みなのよ」


 口を閉じにかかる智香子を腕の中に閉じ込めて、今やカタール王の姿になった一貴は目の前にいるクラリッサに嬉々としてかつての出来事を語る。


「そ、それでどうなったのですか…?」


「大人しくなっちゃった男から刃物を徴収できたところまでは良かったんだけど、なんかその男、随分とかこちゃんにご執心になっちゃってー。跪いて「踏んでください!」とか言い始めてさ、警察がお迎えにくるまで、晴馬っちがかこちゃん抱えて不審者と追いかけっこし始めたんだよー!いやもう超傑作だったよねー!」


「アンタはそれを傍からゲラゲラ笑いながら見てたってことは知らなかったわ…!本当に性根が腐ってるわね…!」


「あの時のかこちゃん、人殴り慣れてなくて拳の痛みにちょっと涙目になってたの、かーわいかったなー」


 ぶんっと振られた智香子の拳が一貴の顎にヒット。「いたいよー。かこちゃん酷ーい」とうその涙を浮かべるイケオジの姿など誰が見たいと言うのか。蔑む目で見てくる智香子を抱える体は、大学生の時よりも大きく、筋肉質だ。


「えっと、つまり、お二人は元の世界では仲良しだったということでしょうか?」


「うん!仲良しー」「違うわ!」


 正反対の答えを聞いてクラリッサは苦笑を浮かべる。髭で智香子にスリスリしようとする一貴から全力で逃げようとする智香子。

 一貴は暴れる智香子を物ともせずに自身の髭を押し付けていたが、ふと思い出したと顔を上げる。


「でも僕、最初はかこちゃんのこと、大っ嫌いだったんだよねー」


「…え?」


 クラリッサの前で、カタール王の姿をした一貴はそれはそれは綺麗な顔でほほ笑んだ。

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