第120話:任務を全うする兵士
少し隠してありますが、性的な表現が有ります。苦手な方はその部分だけ素早く飛ばしてお読みください。
兵士に大きな喧嘩はしないようにと注意を受けた二人は現在、部屋の中を物色中であった。
本棚に入っていた本を手に取ってパラパラと捲ってみるものの智香子には読むことが出来ない。カタールの文字は勉強さえしていないからだ。
「私、貴方が沈んでた理由、セイディから聞いたことに衝撃を受けたからだと思ってたわ」
タンスの中を見ていたクラリッサは、中にドレス一着、アクセサリーの一つもないことを確認する。
「始めは衝撃を受けていましたよ。しかしチカコ様「さん!」はいすみません!から話しかけていただいた際に、チカコ、さんから言われたことを思い出し、それ以外のことが頭からポンと抜けてしまいまして…。先程兵士の方からお叱りを受けている最中に思い出しました」
「貴方意外と抜けてるわね」
見た目が変わったとはいえ、元は最有力聖女候補だったクラリッサと、クラリッサに「アンタのせいで怒られちゃったじゃないの」と文句を言う子供。目の前の二人が喧嘩したと聞いた兵士の混乱した顔を思い出して、二人は思わず笑ってしまう。
「目が覚めた時も思ったけど、ここの人たちは随分と余裕よね?捉えてきた人間を縛りもせず、こんな普通の部屋に閉じ込めておくだけなんて」
アドリオンとシルナリヤスの境にある砂漠地帯に拉致られたことがある智香子。あの時は周囲が逃亡不可の場所だったから、縛られることもなかった。しかしここは、窓から外を見ると庭が広がっている。簡単に外へ逃げることが出来てしまう。
「ここが王城で守りが固いというのもありますが、私は出来損ないですので警戒をされていないのだと思います。今は呪いによって治癒の力も魔力も封じられている状態ですから、尚更」
一緒にいるのはどこからどう見ても子供にしか見えない智香子だ。事実、智香子には魔力がないので魔法を使って外に出ることも出来ない
「ずっと違和感だったのよね。貴方が出来損ないって言われてるのに、なぜ彼らは貴方の力を必要とするの?セイディの力が足りないとしても、出来損ないの貴方を連れ戻して力を使うより、他の人を使う方が良いでしょ。だって貴方は、他の人よりも劣っている出来損ないって言われているんだから」
「あんまり出来損ないと連呼しないでください…。事実ですが、チカコ様「さん!」はいすみません!に言われると傷つきます…」
シュンとなりながらも、クラリッサも智香子の言葉に「私も分からないのです」と頷く。
「出来損ないという言葉の通り、私には簡単な治癒しか行えません。一度に何人も治すことが出来るセイディや他の聖女候補の中、私は一度に一人を治すことが限度でした。それでも最終選考まで残ることが出来たのは、コリンズ家の血筋であったから、そして”十三の峻別”の時に高い治癒の力が発見されたから」
”十三の峻別”が分からない智香子に簡単な説明をする。智香子が気になったのは十三歳が結婚適齢期という衝撃事実だったが、文化が違えば価値観が変わるのだろうと口を噤んだ。
「今までに治癒の力が増えることはあっても減ることは前例がなく…。いつか元に戻るかもしれないと聖女候補に留められていました。もしかしたらセイディやジェイミー様は、私が力を隠している、もしくは力が戻ると思っているのかもしれません。…そんなわけありませんのに」
治癒の力があれば、目の前で苦しむ人を多く救えると言うのに、なぜ隠すというのか。
「聖なる結界ってなんなの?」
「邪なる者を拒み、魔を退ける聖なる守りの壁です。カタール全土を包む常時発動型の守護魔法で、聖女様の神への祈りによって保たれています」
常時魔法を発動させつつ、人を癒し、更に子供も産まなければならない聖女という役割に、智香子は思わず「馬鹿じゃないの」と呟いた。
「準聖女とかいう存在がいるなら、役割分担しなさいよ!聖女の負担大きすぎでしょ!」
「国を守るほどの聖なる結界は、聖女様ほどの治癒の力を持ってないと、発動も意地も出来なくて…」
「だったら聖女の仕事を減らしなさいって言ってるのよ!聖女は結界に集中!他の人が治癒を必要としている人に集中!」
「でもこの国はずっとそうして続いてきてますし…」
「古い慣習にしがみつくことが最善の選択だとでも?子供を産むのが重要な役割とか知るか!治癒専門者とか知るか!聖女たちに負担を強いることでしか成り立たない国の仕組みがいかれてんのよ!そんな国滅んでしまえば良いわ!…あら、でもこれをクラリッサに言っても意味ないわね」
急に冷静になり、ごめんなさい、と素直に謝られて、クラリッサは面食らう。
チカコの言うことに、全面的に賛成はできない。特にカタールの滅亡については待ったをかけたい。しかし、胸のあたりが空くような、気が楽になるような気がした。
「こういう国の仕組みに関しては、国のトップに言う方が早いわね。国王に直談判しに行くわ」
「?!ま、待ってくださいチカコ様!」
扉に手をかけてドアノブを回せば簡単に扉が開く。鍵がかかっていなかったのだ。しかし当然、扉前には見張りの兵士がいる。逃亡を疑われた智香子とクラリッサは再び兵士から説教を受けることになった。
「なんで私まで…」
「私を止められなかったことが悪いって兵士の人も言ってたでしょ。文句言うんじゃないわよ」
説教を受ける元凶から注意を受け「すみません」と謝罪していることにクラリッサは違和感を感じたが、智香子が手に取った本の表紙を見て声を上げたことに気を取られ、違和感を忘れてしまう。
どうしたのかと本を見て、クラリッサは首を捻る。
「これは、なんですか?」
「!やっぱり読めないのね!」
智香子は驚いた。だってその本の文字は、なじみ深い故郷の文字、日本語で書かれていたからだ。久しぶりにスラスラ読める読み物に嬉しくなって本を開いたのが間違いだった。
書かれている内容はこの世界に転生してから死ぬまでの、日記。幸せで溢れた日常、とはかけ離れた内容だった。記憶を取り戻した十二歳から始まる。日本では一般家庭だった自分が、急に王族に転生したことに喜んでいたが、次第に愚痴や恨みつらみが増えていく。一番荒れているのは望まぬ相手と無理やり政略結婚することになった十六歳の時。
注意:以下、少し隠してはありますが過激な表現有り
『自分よりも二十も上のクソ爺となんでセッ〇スしなきゃいけないんだ。ふざけんなまじ結婚適齢期十三歳とかふざけんなよまじ。しかも処〇確かめるために側仕えが控えて見てるってふざけんなよ王族には人権もないのかよ!プライバシーの侵害だろうが!イチャラブする気とかミリもないけど流石に人前でやれとかやば過ぎだろほんとあのクソ爺さっさと〇ね!こんな国さっさと滅んでしまえ!』
思わず本をとじてしまうほど、過激な内容に智香子は「うわ…」と小さく呟く。書かれている文字が異世界の文字だと分かったクラリッサが内容を聞いてくるが、とても十八歳に言える内容ではない。
「ちょっと大人の世界の話よ…」
日記の本人が十六歳ではあるが、転生していることを考えると合計年齢は十六歳よりも上だろう。
「大人…?」
智香子を見て、もう一度大人?と首を傾げるクラリッサに気づかず、智香子は何か違和感を覚える。もう一度開いて見て、あぁと納得する。プライバシーの侵害や、他のページに書かれているスマホ、ネット通販。そういった言葉が智香子がいた時代と合っている。しかし、本の状態は結構ボロボロだ。この本の持ち主はボロボロの本に書いたのか?それにしては文字も掠れて古く見える。
「クラリッサ。過去の王族に、みつき、って人、いた?」
表紙に書かれた名前をクラリッサに訪ねれば、すぐに「はい」と返事がされる。
「ミツキ様でしたら、お一人いらっしゃいます。九代前の国王陛下のお名前ですね」
「こ、国王?!」
思い返してみれば、確かにミツキという国王がいるではないか。
「え、この人国王だったの?!」
九代前とはどういうことか。もし一世代三十年とすると、今の国王から考えて軽く二百七十年前だ。もちろんその時代の日本にスマホなんてものは存在しない。
時代が、合わない。
ガチャ、と部屋の扉が開かれる。智香子の大声を聞いた兵士が隙間からギロッと二人を睨んでいた。智香子とクラリッサは慌てて喧嘩も言い争いも逃亡の企ても何もしてないと手を振った。