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転移小人の奮闘記  作者: 三木 べじ子
第2章
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第115話:カタールからの密偵②

 大和をよしよしと撫でる智香子。

 後ろでドサッという音が聞こえて振り返るとクラリッサが倒れこんでいた。

 慌てて駆け寄れば意識は失っていないようだ。呼吸が荒く、落ち着くようにと手を撫でる。

 ふっと目を開けたクラリッサ。智香子が「大丈夫?」と尋ねると頷き、「申し訳ありません…」と眉を下げる。

 疲労が溜まっているのだろう。これだけボロボロの体で、ストレスがたいへん溜まる男と相対していたのだから。男のことを思い出し、あれは疲れると智香子が頷いていると、撫でられ足りなかったのか、クラリッサを撫でていない方の脇に大和が顔を突っ込んできた。

 ビックリしたが撫でてやる。満足そうに喉を鳴らす大和。


 もぞ、とクラリッサの体が動く。見てみるとなにやらもじもじとこちらを見ているではないか。

 どうしたのかと見れば、顔を赤くした彼女はしばらく目をさまよわせて意を決するように息を飲む。


「わ、私も、撫でていただけませんか…」


 モフモフの大和を撫でたいのではなく、智香子に撫でて欲しいというお願い。目の前にこんなモフモフがあるのに撫でたくならないの?と疑問に思いながらも頷いた。


「別にいいわよ」


 消え入るような声。何をそんなに緊張する必要があるのか。

 先程整えられたばかりの頭を撫でてやれば、頬を染めながらも嬉しそうにほほ笑む。

 もしかしたらあまり、人と触れ合わなかったのかもしれない。そうであれば、撫でて欲しいという願いは、口に出すには少々恥ずかしいだろう。

 頭の傷に触れないように気を付けながら撫で続けていたが、クラリッサに飲み物を持ってきたベネッタが廊下のほとんどを占領する大和に邪魔だと言ったことで、なでなでタイムは終了を告げた。


 朝早くから色々あったため時間が経っているような感覚だが、実際はまだ昼前。昼食を取るには早い時間だった。

 庭の手入れや家の掃除などを行おうとしたところ、クラリッサも手伝うと言い出した。体調が悪い人間を働かせる気はなかったのだが、クラリッサの頼みを聞き、無理しない範囲で智香子とともに庭の手入れをすることになった。そばには護衛として大和が待機している。くぁっと大きな口を開けて眠りの姿勢に入る大和はこの家に来たばかりだが、随分と気に入ったらしい。


 家の裏にある庭。

 植えられているものは野菜が八割、花が二割なので、どちらかと言えば畑だ。水やりをして雑草を抜いて、が基本的な手入れ。芽が出ているものがあれば、必要に応じて植木鉢に移動したり、添え木をしたりと対応を変えるが、今日は新しい芽が出ていないので、特別なことはなにもなさそうだ。

 智香子はもう慣れたもので、ひょいひょいと雑草を抜いていく。クラリッサは不思議そうな顔をしていた。


「…なぜ、魔法をお使いにならないのですか?」


「私に魔力がないからよ」


「?!異世界からいらしたのに、ですか?!」


 どういうことかと聞けば、異世界からの人間は普通の人よりも多くの魔力を所持しているらしい。異界から渡る際に体が作り替えられるが、異世界でも生きられるように多くの魔力を与えられる、とのことだ。異世界からの人間は数が少なく、希少な存在。しかし高い魔力を持ち、また異世界の不思議な知識を持つ異世界人たちは国に守られ繁栄をもたらす存在、と言われている。

 クラリッサも異世界人とは会ったことがないために、推測の域を出なくて申し訳ないと頭を下げられた。

 話を聞けば聞くほどに、智香子はとことん真逆だなと思わずにいられない。高い魔力どころか、魔力自体一切ないし、二十歳の小娘が知っている知識など常識を出ない。

 本当に自分は異世界の人間なのか?と馬鹿なことを考えて息を吐いた。元の世界で見たことのない植物、動物、そして何よりも魔法があるこの世界は、確かに異世界である。そして智香子はこの世界からすれば、よその所から来た異世界の人間だった。


 土や植物を素手でいじったことがないクラリッサは、「このようにお世話をしていたのですね」と目をキラキラさせている。


「そっか、貴方貴族だったのよね。私のイメージの貴族は、確かに自分で土いじりはしないわ」


「庭師がおりましたので。それに幼少の頃より貴族としての務めを果たせ、と外で遊ぶことよりも礼儀作法といった学びに重きを置かれていましたので、あまり日の光に当たった記憶はございませんね。聖女候補となってからは殊更、外に出ることはなく、聖女となるべく日々研鑽を積んでおりました」


「…夜会とか、本当にあるの?」


 興味津々といった智香子の顔に、クラリッサは笑みが零れる。


「フフフッ。はい、ございますよ。聖女候補となってからはほとんど参加しておりませんが、デビュタント…貴族のお披露目会、のようなものです。初めての夜会はとても煌びやかで、見目美しく着飾った紳士淑女の皆様があつまる会場は、音楽で満たされ、腕の良いシェフによる料理が並んでおりました」


 クラリッサの言葉に合わせて、智香子の頭の中には美しい夜会の様子が広がる。最近でドレスを見たのが妖精の国で成長したエフィエルシーが身に着けていた不思議なドレス。どう考えてもあれは違うだろうと首を振る。それ以外だと成人式だろうか。いや、成人式は男性はほとんどがスーツだったが、女性はほとんどが振袖だった。夜会が一気に和風になってしまう。見たことが無いので想像しかできないのが悔しい。


「夜会、そんないいものじゃない」


 家の中の家事を終わらせてきたカロラスとベネッタが昼食の準備ができたからと現れる。天気が良いのでピクニックでもしたかったが、先程のこともあるし、家の中でまったりと食事を取ることにしたようだ。


「貴族同士の腹の探り合いばっかだ。金と美容と敵対する家の粗探ししかしない。互いの足を引っ張り合いだ。醜いったら仕方ない」


 豪華絢爛なホールの中、楽し気に交わされる会話は一瞬も気の緩まない探り合い。気を抜けば最後、搾り取られて跡形も残らないと言う。流石に誇張しすぎではと思ったが、智香子以外の三人が頷いたので本当なんだと残念に思った。そんな夜会、自分のふるまいや話に集中しすぎて碌に食事も通らず楽しくないだろう。絶対に参加したくない。


「アドリオンの夜会は、少々趣が違うと伺ったことがございます」


「趣っていうか、オレたちが参加するやつだけだ。貴族同士が開く集まりは他国のものとそう変わらないと思うぞ」


 何が違うのかと聞いてみれば、とても静かなんだそう。


「アタシたちが心を視れるから、皆怯えてる。挨拶済ませたら、アタシたちには基本近づかない。無言か、小声で話すか」


「あぁ~。まぁ誰でも、自分たちの心をまるで見透かされてるように話されたら、気まずいわよね。腹の探り合いの場ならなおさら」


 頷いていた智香子はハッと何かを思い出してベネッタを見る。今日の洗濯担当は彼女だったはずだ。


「そういえば…、私が昨日来てた服って、妖精の国の服、だったわよね?」


 朝目が覚めた時はアドリオンできていた服に戻っていたからすっかり忘れていた。ベネッタは軽く頷いた。洗わない方が良かったのか?と思ったが、智香子が考えていたことは別の事だった。


「私、あのヒラヒラフワフワの服で人前に立っちゃってたわ…!あんな、お姫様しか着ないような服で!」


 ベネッタを助けることしか頭に無くて、カロラスも会う人みんな何も言わないからすっかり忘れていた。自分にどう考えても似合わない服で人前で大口を叩いていたことに、今更ながら恥ずかしくなったのだ。


「大丈夫、チカ、お姫様」


「よく似合ってたぞ、チカ」


「慰めの言葉なんかいらないのよ!」


 二十歳にもなってあんなヒラヒラフワフワの服を着るのは、智香子的に恥ずかしくてたまらない。他の人が着る分には良いのだ。可愛いし、よく似合っている。個人の自由もある。しかし自分が着るのは話が別だ。自分は可愛い、ではないし、鏡を見ても似合うと思わない。

 どうにかして自分のあの恰好を見た人の記憶を消せないか?と物騒なことを考え始めた智香子。ベネッタとカロラスは、あの時の智香子の様子がその場にいた人間だけではなく、今では国民の大半及び他国にまで情報が流れていることを、智香子には言わないでおこうと決めた。


 昼食の準備が終わり、後は皿を準備するだけだという。ベネッタに手伝ってほしいと言われて智香子は家の中に入った。

 外に残ったのはカロラスとクラリッサ、そして近くで眠っている、ように見える大和だ。


「チカコ様は、皆様の能力をご存じではない…?」


「話はしたけど、チカの身近に魔法がなかったから、信じてもらえなかった」


 そういうことかと納得する。アドリオンの王族が相手の心を視ることができるということは、隣国である自分の元居た国、カタールでも多くの者が知っていることだからだ。”名持ち”の力のことを知らない人間の方が、この世界では珍しい。だからこそカロラスは、聖女という”名持ち”のことをなぜカタールの人間が知らずにいるのか、国王が本来の聖女ではない別の者を聖女にしたのかが理解できなかった。


 カロラスはクラリッサを見る。左の方が潰れたスノーホワイトの瞳。それと同色の、今はもうバリカンによってほとんどがなくなってしまった髪。傷跡に覆われ、シミやニキビが閉める肌は、本来であれば透けるような真っ白い肌をしているはずだ。


「少し、聞きたいことがあるんだ」


「なんなりと」


 クラリッサが頭を下げる。平民落ちした元貴族と王族。互いの立場を考えれば当然なこと。

 聖女。立場が確立したその身は、王族と同等の位を与えられる。

 本来であれば、クラリッサはカロラスと同等か、上だ。


「カタール王と最後に会った時、不審な点は無かったか?」


「不審な点、でございますか…?…あのとき、私は兵に抑えつけられており、陛下の御顔をしかと見ることは出来ておりません。ですのでこれは不確定な情報でございます。それでもよろしければ、いくつか思い当たる点がございます」


 一つ、体調が優れていない様子だった。そばにいつもはいない医師が控えていた。


 二つ、意識が混濁されていた。


「意識が?」


「私の追放処分について、陛下の判断を仰ぐ際、体調の悪い陛下が呟かれたのです。「ここは、どこ?」と。その後陛下は病状を悪化させ、私の処断は一時保留となりました。翌日、体調が戻ったらしい陛下の判断により、私は国外へ」


「その時国王は」


「いいえ、伝言のみでございます」


 国王の不調。王の意思が含まれているのか定かではない、伝言。そして追放。

 疑念が増す。一つ分かったのは、カタール国内は今、正常ではないと言うことだ。


 いくら傷に覆われても、元の形を歪められても、彼女が生まれた時から持っている、聖女の素質が消えることはない。それだけではなく、カロラスとベネッタ、そしてダミアンが、心を視ることができないことが、何よりの証拠である。


 心を視ることができないのは、相手が自分よりも上か、もしくは”名持ち”であるか。


 聖女は別の者であると、クラリッサだけではなく、先程の男も言っていた。名を受け継ぐ前、”名持ち”の素質を持つ者であれば、心が視えないのか、視えるのか。記録に残っていないから分からない。偽物の可能性も考えた。教会の連中が持っていた、小型化に成功した心を視えなくする魔道具。これを使用されているのなら、見ることは出来ない。

 しかしクラリッサ・コリンズは幼少の頃より次期聖女として名高い存在であった。偽物の可能性は限りなく低い。

 聖女ではないクラリッサの心を視れない原因は、素質があるからなのか。


(はたまた、すでに聖女に足り得る行いをしているか)


 全て憶測だ。

 感謝を述べて、二人で家の中に入る。

 まずは城にいる兄に情報を伝え、カタールにいる父クリストフと母アリシスの情報も交えながら対処していくしかないだろう。

段落の先頭字下げ、今までやってなかったので今回から始めます!読みにくかった方々、遅いんじゃーと思った方々、大変申し訳ありません!

これからも「転移小人の奮闘記」をどうぞよろしくお願いします。

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