表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転移小人の奮闘記  作者: 三木 べじ子
第2章
116/150

第113話:決められた聖女③

鶴の一声ならぬ智香子の一声により、ダミアン殺害事件は未遂で終わった。

命を狙われていたというのに、「俺の姉弟は殺意が高いなぁ」とダミアンは笑う。

家族だから本当に刺すわけではなかっただろうが、彼らの目が結構本気だったから智香子は焦ってしまった。


「本気だったけど」


ぽつりと横で呟くベネッタ。その言葉が真実が嘘かは本人たちのみぞ知ることである。

身震いする智香子の半歩後ろであたふたするクラリッサを見たダミアンは眉をしかめた。


「ダミアン、貴方何をそんなに怒っているの?」


ダミアンを縄から降ろそうとする智香子を大和も手伝ってくれる。


「怒らずにはいられないよ。女神信仰の人間が女神を見つけたらどうするかなんて分かり切っていることだしね」


「ち、違い、ます!我が国は、多神教国家。何を神、とし、崇めるかは個人、の、自由と、されています。誓って、チカコ様を、女神ツェーララ様である、として、我が国へお連れし、奉る気など、更々ござい、ません!」


「対象の神は創生神だけだろう」


「女神様、だけ、では、ございません。異国の神や、歴史の偉人様方、を、崇める者もおり、ます」


床に膝を付いてクラリッサはダミアンではなく、智香子に頭を下げる。


「誓って、お連れしよう、など、と、不埒なことは考え、て、おりません。誓って」


「頭を上げて。私は始めからそんなこと考えてなかったわ。気にするだけ無駄なことよ」


飛んでみるもダミアンの縄には届きそうもない。

どうしようかと思っていると大和が天井とダミアンの間にあった縄を魔法で切断した。

落ちてくるダミアンを支えようとしたが、大和に背を引っ張られてしまい、ダミアンは顔面から地面に衝突することになる。

大丈夫かと慌てて駆け寄る智香子。鼻血は出てないようだが、打ち付けたところが赤くなっている。


「変な子芝居してんなよ、兄さん。そもそも普通に着地できたくせに、チカに構ってほしいからって顔から落ちるとか気持ち悪いぞ」


「さっさと立ち上がる、兄上。客人の前でみっともない」


どういうこと?と思っている智香子の横で、ダミアンは「ちぇー」と不満の声を漏らした。

すぐに立ち上がって魔法をかけ、痛みも赤みも綺麗に無くなる。

ごめんね、と笑うダミアンに智香子はため息を吐いた。


「チカコに免じて信じよう」


「陛下の、ご理解とご温情、に、感謝、申し上げ、ます」


さりげなく智香子を抱き上げていたダミアン。

ペシ、とその頬を叩くと「ごめんなさい…」と厳しい顔をしていたダミアンは一遍、眉をハの字にして謝った。


「ダミアンもクラリッサも深く考えすぎなのよ。あとクラリッサ!様付けは駄目って言ったでしょう」


「すみ、ません!」と頭を下げるクラリッサを横目に、チカは分かってないなぁとベネッタとカロラスは思う。すでに第三皇女として名が広まった”チカ”という人物がカタールへ女神として勝手に連れていかれれば、それはもう皇族誘拐、外交問題だ。最悪戦争に発展するほどの大事である。

クラリッサが第三皇女の”チカ”を知っているかどうかは問題ではない。

連れていかれたかどうかが問題になる。

智香子が自分のことを貴族ではないと言ったが、この家にいる時点で王族と何かしら関わりのある人間だとクラリッサは認識している。

そんな人物に危害を、しかもこんな王族ばかりの所で加えたらどうなるかが分かるから、クラリッサは必死に否定をしていたのだ。


ただ兄に関しては、外交云々関係なく、智香子を取られることが嫌なんだろうな、と二人は思った。


「クラリッサは怪我人よ。いつまでも床に蹲られちゃ治る怪我も治らないわ。さっさと席について頂戴」


席に着いたクラリッサに出されたのは、ヨーグルトである。上にはちみつがかかっている。

智香子たちはパンや果物といった別のもの。大和も同様のものを皿に出されて、床で食べる。


「余所者に同じ物を出すわけがないでしょう。大人しく出されたものを食べることね」


スプーンで一口食べてみれば、痛む喉を刺激せずに通っていく。喉がすこし熱かったので、冷たいヨーグルトは気持ちが良かった。


「熱はないのよね?喉痛くない?」


頷けば智香子はよしと頷く。もし風邪を引いてるならヨーグルトは下痢を引き起こす可能性があるため避けなければならないが、先程入浴した際に熱は感じられなかった。話しにくそうな様子から喉に違和感を感じていると思ったので、ヨーグルトとはちみつを入れてみたが、気に入ったようで安心した。


「食べれるようならすりおろしたリンゴもあるわ」


遠慮するんじゃないわよ、とぶっきらぼうに吐かれた言葉に、クラリッサはなぜか胸がポカポカする気がした。

最終的にクラリッサは、すりおろしたリンゴだけではなく牛乳に浸したパンに温かいスープと、智香子達と同じものを食べた。


「さっきの多神教国家の話、親近感を持ったわ。私の国もそうだったから」


食事を終えてクラリッサのバラバラになっている髪を整えることにした智香子。

先程の食事が良かったのかクラリッサの声は元に戻ったようだ。しわがれた声は今では彼女本来の、綺麗に響く声へなっている。

喉が食事で元に戻る程度の傷で良かったと智香子は安心した。

しかしまだ、体中の至る所に痛々しい怪我が残っている。


髪は肩まで伸びたものから生え際まで切断されているものなど長さは様々だ。

風呂に入って洗い流したおかげで、元来の色、瞳と同色のスノーホワイトが輝くのに、目が行くのは痛々しい傷ばかり。

切断されているならまだマシだ。酷い場所は髪を無理やり引き抜かれた跡が赤く残っていた。


「?チカコ様「さん!」はい!えっと、チカコさんのご出身は、カタール…?」


クラリッサの希望で刈り上げることになったが、智香子はあまり気乗りはしなかった。

せっかくの綺麗な髪なのだ。全て刈り取るのは勿体ない。

しかし当の本人が、


「綺麗に揃うには時間がかかります。どうせならこの機会にショートヘアーなるものに挑戦してみたいのです」


とワクワク顔で言うから仕方なく受け入れた。

ショートヘアーにしてもベリーベリーベリーショートだ。


「私は異世界の人間よ」


「異世界の!」


カロラスとベネッタは今、バリカンを取りに行ってくれている最中だ。

ダミアンは一旦王城へ戻り、カタールにいるクリストフとアリシスに状況を聞いてみると言って出て行った。

一束、肩より長い髪を見つける。抜け毛同士がくっついて長く見えただけかと思ったが違った。元々の長さがこれであれば、クラリッサの髪は腰まで伸びていたことになる。

何があればこんなことになるのか。呪いをかけた人物か、または他の人間か。誰かがこんなことをしたと考えて、智香子はなんだか胸が痛かった。

クラリッサは智香子に背を向けて椅子に座っているので、智香子の様子は見えない。


「通りで、とてもカタール語が上手だと思いました」


「ん?どういうこと?」


「チカは今、カタール語とアドラ語の2種類を使い分けてるんだよ」


アドラ語とは、智香子達が今いる国、アドリオンで主に使われている言語である。

バリカンを片手に現れたカロラスの言葉を智香子は理解できなかった。


「使い分けてるって、私は今一つの言語しか話してないわよ」


「異世界人の特徴なんだ。言語能力の履修済み(話し言葉のみ)、な。だからチカは妖精言語を勉強しなくても、妖精たちと話せただろ?」


確かにそうだ。カロラス達は難しい妖精の言葉を学んで、尚且つ妖精との親和性を持たないと、話さえできない。しかし智香子はそれをすっ飛ばして会話が出来た。

魔力が無く、妖精からすれば嫌悪の対象であるにも関わらず、だ。


「そういえば、ゲットル伯爵領で会った妖精が、異世界からの転移者は言語の習得が既に済んでるとかなんとか言ってたわね」


可愛い妖精たちに嫌われている、という事実に人知れず智香子はダメージを食らう。

しかし(話し言葉のみ)というのが腹立たしい。


「どうせなら本も読めるようにしといてよ…!」


「チカ、絶賛勉強中」


カロラス達が持ってきたのは智香子が見知った電動バリカンではなく手動バリカンだ。山形になっている二本の刃を往復させて使う。初めて見た智香子は新鮮な気持ちだ。

電気のないこの世界では魔力で動かすことができるバリカンなるものがぞんざいするらしいのだが、この家は魔法や魔道具に頼らない生活をしているので、手動バリカンしかないとのことである。

クラリッサが頭に怪我をしていることから、頭皮を傷つけないために散髪はカロラス、怪我の発見をベネッタが行うことになった。智香子は見守り役だ。


「私の言葉、どう聞こえてるの?」


「オレたちに対してはアドラ語。コリンズ殿がアドラ語を話したらアドラ語だけど、カタール語を話したら同じように返してる、感じだな」


慎重に切り進められるバリカンは、クラリッサの髪を遠慮なく落としていく。

床にハラハラと落ちていく髪をじーっと見る。


「あ、私はもうコリンズ家の一員ではないのです…。名乗る際についいつもの癖で言ってしまったのですが、その、殺人未遂の一件が起きた後、実家からは勘当されまして…。なので!クラリッサ、とお呼びいただければ」


気まずさを覚える三人。実家からの勘当はそれだけで十分に重い話だ。気軽に話せる内容ではない。

しかもそれを本人が明るく言うのがより気まずい。

何も言わないのも失礼なので、ベネッタが「分かった」と頷いた。


二人がかりの散髪は終わり、クラリッサの髪は整えられた。整えられて、整えるのが必要ないほど、ほぼなくなってしまった。


「とても軽いですね!ありがとうございます!」


クラリッサ本人が喜んでいるから良しとしようと、智香子達は思った。

頭のシャリシャリ感を楽しんでいるクラリッサ。


その時、玄関の扉が叩かれた。

ダミアンが帰って来たのかな、と思う智香子。


「兄上なら、ノックはしない」


ベネッタは智香子とクラリッサを後ろの方に下がらせて、自分は二人の前に出る。

カロラスが扉を開けると、そこには一人の男が立っていた。

旅人風なその人物は、森の中で道に迷ったのだろうか。地図を片手に頭を掻いている。

扉が開かれたことに気づいて中を見た彼は、奥にいるクラリッサを見つけて安堵の笑みを浮かべる。


「あぁ、良かった、こちらで間違いなかったようですね。お迎えに上がりました、クラリッサ様」


突然姿勢を正した旅人風な人物は、智香子がつい先日見た貴族のような立ち居振る舞いに変わる。


「ともに帰りましょう、カタールへ」

ヨーグルトは免疫向上、はちみつは殺菌作用があるとかなんとか。

うろ覚えの知識失礼いたします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ