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転移小人の奮闘記  作者: 三木 べじ子
第2章
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第111話:決められた聖女

聖女。生まれながらに高い治癒の力を持ち、聖なる光に包まれ、多くの者を癒す聖人。

世界にただ一人しかいない、唯一の存在。

それが、今目の前にいる、クラリッサ・コリンズ。

智香子は改めて彼女を見ても、俄かに信じられずにいた。


傷口の治療を優先したため、髪の毛はまだ泥がついて汚く、また子供が遊びで切ったのかと思うほど、長さが揃っていない。

左目は潰れていて、顔の至る所が痛々しく青く腫れている。

肌も傷跡だけではなくシミやニキビが大部分を占めていて、本来の肌色が分からないほどだ。

服は薄汚れて黄ばんでおり、裾の方はビリビリに引き裂かれた跡がある。


「聖女はこういうものなのね」


なるほどと自分の思い込みによる幻想をゴミ箱へ捨てて頷く智香子。

ベネッタとカロラスは否定したいが、クラリッサを前に否定できなかった。


「いえ、私は聖女様で、は、ありません。聖女候補の、一人で、ございます」


クラリッサの声が酷く掠れ、話しにくそうなことに気づく。

水を取りに行く智香子を横目に、ベネッタとカロラスは目を合わせた。


(どういうことだ?まさか、知らないのか?)


(でも言葉に嘘はないみたいだし、当人には知らせていないのかもしれない)


水を渡すと何故かキラキラとした目で見られる。

恭しくただの水を受け取ったクラリッサは、やはり喉が渇いていたようで一気に飲み干した。

しかし急な水分に干からびていた体は驚いて、クラリッサが咳き込む。


「ちょっと、気を付けなさいよ。一気に飲んだらそうなるって馬鹿でも分かるわ」


言葉と反する優しい手つきにクラリッサは片方の目を僅かに見開いた。

それに気づかないまま、智香子は何やら見つめ合うベネッタとカロラスに「何してるの?」と声をかける。

二人が何か言う前に、扉が開かれた。


「ただいまー!」


入ってきたのはダミアンだ。

一直線に智香子の元へ向かったダミアンは、流れる動作で智香子を抱える。


「元気そうでよかったよ、チカコ」


ちゅ、と頬にキスを落とされる。一連の流れに理解できず止まっていた智香子は、赤面し、ダミアンの頭を遠慮なく叩いた。


「っ~~~お客様の前でしょうが!!」


「人前じゃなければいいってこと?」


「誰がそんな屁理屈言えと言ったのかしら…!この脳にちゃんとみそは詰まっているか疑問だわ!」


「詰まっているか、割って確認してみる?チカコになら割られても良いよ」


「気持ち悪い!結構よ!」


放せと暴れる智香子をニコニコ笑顔でしかし絶対に放そうとはしないダミアン。

音がして見てみれば、クラリッサが先程よりも低く頭を下げていた。


「あれ、聖女が何でここに?」


「さっきオレはちゃんと連絡したからな!」


「帰ってくる口実としか思ってない。バカ」


とぼける兄に姉弟は噛みつく。

そういえばダミアンたちは王族であった、と今更ながら思い出した智香子はダミアンの腕から降りて、クラリッサの隣に座り、クラリッサと同様に頭を低く下げた。

いわゆる土下座である。


突然の智香子の行動に、三人の動きが止まる。


「「?!」」


「え、チカ?!な、なにしてんだ?!」


「何って、貴方たちが王族なら、ただの平民の私は貴方たちに頭を下げなきゃいけない。その通りにしていただけよ。というか思い返せば私無礼なことしかしてないわ…。………打ち首?」


「「「いやいやいやいや」」」


首を振り過ぎて今にも取れそうだ。

ベネッタとカロラスは双子だと思うが、ダミアンも兄妹の一人なんだと思う。


「兄上の方が、無礼なことしてる!やるなら兄上!」


「そうだよ!色々駄目なのは兄さんの方だ!打ち首は兄さんの方がするから!」


「うんうん…いや俺が死ぬよねそれ。俺も死んだら駄目でしょ?」


「「いや別に…」」


辛辣な姉弟の言葉にダミアンが智香子へと助けを求めて手を伸ばしてくる。

触れる前に二人に叩き落とされた。一応の年長者であるのに一番扱いが雑だ。


「そもそもこちらが敢えて話さなかったんだ。隠していたのに無礼を働いたから打ち首、はあまりにも酷すぎるだろう?だから、君は何も気にしなくていいの」


「…本当に?」


「本当に。ほら、そんなところに蹲ってないで起きて」


智香子を抱きかかえようとした手は、智香子本人に叩き落される。

客人の前でやめろ、という強い意志を感じて、ダミアンは泣く泣く引き下がった。


「聖女も、チカコが真似するから顔を上げてくれ」


「…大国アドリオン、国王陛下に、ご挨拶、いたします。…ご配慮、痛み入ります」


ゆっくりと体を起こすクラリッサ。

彼女はダミアンを前にとても緊張しているように見えた。

簡単な説明をカロラスから受けたダミアンはクラリッサを一瞥。


「うん、呪いだね。変化の一種か…。随分と手の込んだ、いや、想いの込まれた、呪いだ」


それは聖女自身も理解しているらしく驚いた様子はない。

知人が彼女にかけたらしい。


「学ぶ中で呪い、については、習得を済ませておりますが、複雑で、解呪に必要な条件が、分からないのです」


「俺は治癒・治療専門じゃないから、聖女が解けないんなら無理だね。ベネッタも無理だったんでしょ?」


「うん。弾かれた」


「じゃぁ無理だ。影響はどんな感じなの?」


「…治癒禁止、魔法禁止、自然治癒妨害、外部治癒妨害、そして、変化、かと思われ、ます」


「てんこもりだなぁ!」とダミアンが笑う。

突然クラリッサが腹を抑えた。痛むのか?!と駆けよれば、クゥと腹の音が聞こえた。


「も、申し訳、ありません…」


顔色は曖昧だが、照れているのだろうと思うとクラリッサに親近感が湧く。


「お腹が空いてるなら元気な証拠ね。話は後よ。まずは体を綺麗に整えて、お腹を満たす、そして休む!グータラしてる暇はないわ。ベネッタ、お湯を張ってきて頂戴。カロラスは私と一緒に食事の用意をするわよ。ダミアン、その間クラリッサのお話し相手になって。暇にしたら許さないわよ」


一緒に動こうとするクラリッサをその場に留める。


「家をよく知らない人間がうろついても邪魔で迷惑なだけよ。役立たずはそこで大人しく話でもしておくことね」


優しく元の場所に戻されたクラリッサは智香子の背を目で追った。

はぁとダミアンがため息を吐くと、近くの一人掛けソファに腰を下ろす。

ため息が聞こえたことと、近くに誰も居なくなったことで、クラリッサはまた緊張して体を固くする。


「…それほど気を張らなくていい。同じ”名持ち”なんだからな」


「…”名持ち”といえど、地位を気にしないわけ、には、参りません…。陛下、は、一介の王で、私はただの平民…身分に差が、あり過ぎます…。それに私は、聖女では、ありません、ので…」


ダミアンが眉を顰める。


「何を言って…。…まさか、聖女が他に決まったとでも言うのか?」


ガタッと音が鳴り、智香子がリビングを見た時にはダミアンがソファから立っていた。

何かあったのかと見れば、カロラスも近くで興味津々に見ている。


「は、い…。最終、試験まで残った、私と、もう一人…。聖女には、セイディが、選ばれました…」


隣のカロラスが小さな声で「うわぁ」と驚きの声を出す。

智香子にはなぜ彼らがこれほど驚いているのか理解できない。


「何にそれほど驚いているの?」


「うーん。聖女試験ってさ、大勢の中から試験を掻い潜り、神に選ばれた一人だけが試験を突破して聖女になる、って言われてるんだ。でも実際、最初から誰が聖女になるかは決まってるんだ」


「出来レースじゃないの…!」


「民衆の支持も建前も大事なんだよ。聖女は一代に一人だけ。代替わりになるって話が出る前から、次の聖女はクラリッサ・コリンズだと決まってたんだ」


決まっていたのに、聖女が別の人になっているから、驚いているということか。


「別に他の人がなっても良いじゃないの。何か問題でもあるの?」


「問題しかない。”名持ち”はさ、タイプがいくつかあるんだ。兄さんの「創造者」は引継ぎ。前の父さんから直接引き継がれて、名前を持った。こっちは前任者の意思があれば誰でも継ぐことができる。もう一つは始めから次の継承者が決まってる。聖女はこっちなんだよ。もし、決められた人じゃない別の人に引き継がれていたら、どうなると思う?」


「どうなるって、そのままじゃないの?」


久々の授業を思い出す。

といっても、ベネッタやカロラスは日常のことを中心に、たまに魔法を教えてもらっている。

あれはなに、これはなにと、目についたものを訪ねると二人は智香子に考えさせながら色々教えてくれる。

きっと彼らに教えた者が、そのように教えていたのだろう。


カロラスは智香子の答えに首を振った。


「本来の正しい形に戻ろうとするんだ。そう…不慮の事故に合ったり、最悪死に至ったり~!」


「急に怖い感じ出すの止めなさい!」


カロラスと智香子の掛け合いは普通にダミアンの耳に届いていた。

そう、国としてもこの件は放っておける内容ではない。

本来決まっているはずの聖女ではない者が次代の聖女に選ばれたこと。

そのことに関して、聖女の祖国であるカタールが何も対処をしていないこと。

厄介な事に巻き込まれてしまった…とため息が出ても可笑しくない。


「試験まで日数はまだ残っているはずだ。なぜ前倒しで決まった?」


クラリッサは目を伏せる。

手が強く握られる。


「…私が、殺人未遂を、犯したから、です」

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