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転移小人の奮闘記  作者: 三木 べじ子
第1章
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第107話:ゆびきりいらずのやくそく

ダミアンはグッと足に力を込める。


「チカコ、口閉じててね」


言われた通りに口を一文字に結び、不安だったのでダミアンの服を掴む。

ドッと重い音がして、重力を体が感じる。

浮遊感に目を開ければ、神殿の天井がとても近かった。

大和の背に乗せてもらった時とは違う。

風の上級妖精に変な空間から落とされた時や、風音から飛ばされた時と同じ。


「いぃぃぃぃぃ!」


急な浮上からの急な降下に智香子はダミアンにしがみつくしかない。

飛び上がった時とは逆に降り立つ時はとても軽やかで、固い床にダミアンの着地音が静かに鳴る。

一気に司祭の前まで到着した。

今まで智香子を離さないと腕に入れていた力が緩められる。

下ろされた智香子はダミアンを見上げる。

声を聞きやすくするため屈んだ彼の顔は、司祭の方を向いていた。

警戒心はずっと解かない。


「チカコ。端に隠れてて」


自分が邪魔だと言うことは理解できていたので、すぐに端の方に走り、長椅子の陰に隠れる。


「『創造(クリエイト)』」


鋭い剣がダミアンの眼前に出現する。


「『中級変化魔法・巨大化(ゴー・ビッグ)』」


一方司祭は、胸元から何かを取り出す。呪文を唱えることで大きくなったそれは、ダミアンとは形は違えど剣であった。

睨み合いの時間は、ダミアンの踏み込みによって解かれる。

素早い切り込みを司祭は同じ速さで流していく。

固い物同士の打ち合いは高い音を響かせた。


智香子は自分が見えているものと音を比較して、二人の動きを追えていないんだろうなと思う。

遥かに音の方が多い。

『創造』とダミアンが呪文を唱える。

頭上に出現したのは数十本に及ぶ長剣。刃先が向けられたのは司祭である。

短く指示したとおりに長剣は司祭に向かって飛ぶ。

1つを弾くだけでも凄い衝撃がありそうだが、司祭は目にもとまらぬ速さで動いて長剣を一つ残らず弾いていく。

弾き終わる頃、ダミアンは元の場所にはいなかった。

司祭の後ろにいつの間にか移動していたのだ。

先程まで握っていた剣はどこにもない。


「『初級雷魔法・稲妻(ボルト)』」


代わりにダミアンの手が電気を帯びて青く光る。

狂いはない。障害もない。背中に電気を食らわせれば、確実に、司祭の意識を落とせる。


司祭の布の下がわずかに見える。

口元だけしか見えなかったが、その口角は上がっていた。


「「「「『初級物質魔法・捕縛(アレスト)!!!!』」」」」


神殿の入り口から放たれた魔法。

地面から伸びた魔法の縄がダミアンの体に巻き付き、動きを止める。


「っ!」


地面にひれ伏される形になったダミアンは、魔法により縄を燃やそうとするが、縄は燃えない。

神殿に入ってきたのは、大和が相対していた教会の信徒たちである。

智香子は喉の引きつりを感じて、自分の口を慌てて抑えた。


(大和…!)


司祭は服をはたき、戦いによって付着した埃や砂を落とす。

後ろにひれ伏すダミアンを見下ろした。


「…まさか殺さず、意識を落とそうとしてくるとは…。私を甘く見た結果、地に這いつくばることになりましたね。大国アドリオンの王、そして『創造者(クリエイター)』の名を持つ者でありながら、なんと無様なことでしょう。陛下、貴方にその地位は重すぎるのではありませんか?」


顔は見えないが、その顔が侮辱するように笑みを浮かべていることは声を聞くだけで簡単に想像できた。

「始末しておけ」という指示だけを出し、司祭は世界に足を向ける。

魔法により信徒たちを遠ざけるが、ダミアンはその場から動けない。

司祭の前に障害はもうないと思われた。

だが司祭は世界に触れる前に、その場に足を止めることになる。


「…おや。先程ご紹介いただいた、第三皇女殿下ではありませんか。」


世界を背に、智香子は司祭の前に立ち塞がる。

その様を見てダミアンを攻撃していた信徒たちは笑った。

遠くから見ても分かるほど、智香子の顔は血の気を失い青く染まっていたし、体がガタガタと触れていたからだ。

そもそも司祭と智香子は、傍から見れば大人と子供。

どう考えても智香子に勝ち目はない。ただの無駄死だ。


虚弱であったために甘やかされて育った。相手と自分の力量を図る、正常な判断ができないのだろう。己の力を過信している。幼い権力者によくあることだ。可愛い我が子を甘やかしたい気持ちは分かるが、教育を疎かにするとは、愚かな。


馬鹿はお前たちだ、とダミアンは小さな声で独り言つ。

智香子の顔や震えを見ていながら、なぜ正常な判断ができない馬鹿者だと判断できるのか。

危険を分かっていながら飛び出すから、じゃじゃ馬と言う点においては賛同するが。


「お初にお目にかかります。第三皇女殿下。先程の演説、つい聞き入ってしまいました。幼いながら自立し、達観した考えをお持ちのようで。如何でしょう?我らと同じ、神に仕える信徒になりませんか?お話を聞いていて思ったのです。殿下であれば、共に世界をより良いものへと導くことが―――」


「世界!」


言葉を遮られて、智香子に手を伸ばしていた司祭は歪に動きを止める。

見ていた信徒たちは「司祭様のお言葉を遮った?!」と息を飲んだ。


智香子の背中を冷や汗が流れる。

目の前には嫌な感じがする司祭。始めに見た時よりも嫌な感じはしなくなったが、どう考えても勝てる相手ではない。

後ろにはベネッタを連れて行こうとした世界。消したり大人しくさせたりできる手段があるとは思えない。

どうすればいい?と智香子はずっと考えていたから、司祭の言葉は一切聞こえていなかった。

そして、世界の中での出来事を思い出した。

人型をとっていた、世界の一部という存在のこと。彼と会話をしたこと。


(話ができない相手じゃない!)


だから智香子は世界に話しかけることにした。

世界のことしか考えていないから、目の前の大きな人間など眼中にない。

もう一度世界を呼ぶ。


「いつまでもそこにいるんじゃないわよ!邪魔なんだから、さっさと消えなさい!」


ドクン、と世界が、心臓を跳ねさせるように光を強くする。


神殿前。

操られた人々の確保、逃走を図る貴族の捕獲、そして怪我をした人々の保護を行っていたベネッタやカロラス。


「うぅ!!」


「?!ベル?!どうした!」


突如頭を押さえて蹲るベネッタ。駆け付けようとするも、貴族を捕獲したまま攻撃を防ぐのに手一杯で、姉の元に攻撃が向かわないようにすることしかできない。


「わ、わからな…。なんか、急にいたくて、っうぅ!!あ、あた、あたま、痛い!いたい!」


ガンガン何かが頭の中を転がり、壁にぶつかるような痛み。

痛い!痛い!痛い!

叫ぶベネッタの赤い瞳が光る。

はっと大きく息を吸い込んだベネッタは、なぜか智香子の背中を見ていた。

智香子は神殿で、司祭らしき男と相対している。

背中をこちらに向けたまま、智香子は叫んだ。


「不安定な時期だかなんだか知らないけど、人に迷惑かけていい理由にはならないわ!おまけにあなたがいると、もっと大変な目に合う人が出てきてしまうかもしれない。だから、さっさとそこから消えて頂戴!」


消えろ。

その言葉に、悲しくなる。

どうしてそんなことを言うの?悪いことなんか何もしていないというのに。

ただ、ただ約束を守っていただけだ。

約束を守り、待っていただけなのに。


悲しみが、怒りに変わっていく。


あなたが、貴方が、消えろと言うのか。

ワタシを見出した貴方が、ワタシに消えろと、そういうのか。


「消えて!早く!」


ならばもういい。

もういい。

貴方との約束が、ワタシを作った。約束は、ワタシの根幹。その約束、貴方が破るならば。


貴方を手に入れてしまおう。


愛しいその背に手を伸ばす。

囲ってしまおう。この身に仕舞おう。

二度と、はぐれないように。二度と、見失わないように。


「…いつか、会いに行くわ。”必ず会う”って、約束、したもの。」


智香子の背に触れる直前で、動きが止まる。

会いにきてくれる…?

嘘だ。嘘だ。だって、消えろって言ったじゃないか。もう会いたくないのでしょう?


「貴方には用があるんだから、そう簡単に逃がさないわ。でもそれは今じゃない。準備がちゃんと整ったうえで、会いに行く。私が会いに行くまで、遠くに逃げずに顔でも洗って待っておくことね!」


怒りが収まっていく。悲しみは、まだ少し残ったまま。

うんざりするほど繰り返しているのに、ワタシはやっぱり、貴方に甘くて、つい期待してしまうのだ。


約束してくれますか?


「約束するわ。私と貴方との、約束よ。守らないと許さないわ。…分かったなら、今すぐに消えなさい」


世界の奥で、歯車が回り出す。

カッ カカカカカカカカカカカカカ…



「承知いたしました。ずっと、お待ちしております―――」



浮遊感が消えたベネッタは、地面に投げ出されて倒れ込む。

先程の頭痛はもうない。荒い呼吸を繰り返す。

今しがた起きたことに、頭が付いていかない。


音を聞いたカロラスは振り返り、倒れているベネッタを見て「何があった?!」と驚きの声を上げた。

混乱したままベネッタは体を何とか起こす。


「『止まれ』『許可を出すまで動くな』」


カロラスを除く周囲一帯の人間が、全て動きを止める。

”言霊”の力は強大で、誰一人動くことはない。


汗を拭うベネッタにカロラスが駆け寄る。


「大丈夫か?ベル。」


「大丈夫、ではない。でも、中の方が心配。」


カロラスは頷き、二人は智香子たちの元へと走った。

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