第104話:正義のフワフワ
強い風が体を揺らすほど吹き付ける。
倒れかける智香子をダミアンが「気を付けて」と支えた。
見えるのは綺麗な街並み。
どこかで見たことのある、赤が多く取り入れられた美しい街に首を傾げた。
「ここ、どこ?」
「神殿の上だよ。」
「え?!」
驚いて声が出る。同時に神殿の大きさを思い出して、さぁっと血の気が引く。
「大丈夫だよ。俺のそばにいたらまず落ちることはないから。」
「分かったわ!私から勝手に離れるんじゃないわよ、ダミアン!」
後ろから支えてくれるダミアンの手をぐっと握る。足の震えは消えないが、先程よりも幾分か気持ちはマシだ。
「白々しい」と後ろから聞こえた気がして振り返る前に、下の方から声がする。
皆で屋根の上からばれないよう寝ころんで見てみれば、貴族たちと黒い服の集団――教会信徒たちが言い争いをしているようだった。
内容までは聞こえない智香子は、隣でまるで聞こえているかのように頷く3人に「なんで?」と疑問に思ってしまう。
すると大和がちょんと智香子に触れた。突然聞こえるようになった声に魔法を使っていたのかと納得する。
ありがとうと大和に伝え、聞こえる音に集中した。
「これは一体どういうことですかな?司祭殿。」
「どう、とは?我々はただ、神殿奥でまだ光り続ける世界を調査したいと申しているだけ。何か可笑しなことでもございますか?」
「話が違うではありませんか!我らと協力し、貴方方教会は創造神である女神を復活させる!我らは第二皇女を王にすると!そうお約束したではないか!」
「何も可笑しなことはない。我々は、王宮内部への侵入を対価に、”第二皇女殿下と世界の同一化”に協力しただけ。殿下をアドリオンの国王にするなどと口にした覚えはありません。」
「ふ、ふざけるな!一体どれほどの危険を冒して、兵を集め、教会と手を組み、反乱を起こしたと思っている!我らは既に一心同体!貴様らだけが目的を達し、易々逃げられるとでも?!」
突然の仲間割れか。
教会連中が神殿で何か可笑しな行動をしなければ良いと傍観に徹していた。
顔を隠した司祭はため息を吐く。
「そちらの都合など知りませんよ。契約は果たしたのですから、我らは今はもう無関係の赤の他人。さぁ、そこを通してください。用があるのは貴方方ではなく、神殿の中なのですから。」
声しか聞こえないが、にこやかな話し方が余計に相対する貴族を煽っている。
怒りに震えた貴族たちは司祭含めた信徒たちへ攻撃魔法を放った。
「駄々を捏ねないでいただきたい…。」
「私を子供のように扱うな!」
強い攻撃魔法も、当たる前に防御魔法によって防がれる。
防御魔法は何人もの信徒によって作られているため固く、すぐに壊せるものではない。
息を切らしたのは貴族の方である。
「っ、我々はただ、この国をより良くしたいだけだ!大国と呼ばれるこの国でも、貧富の差はあり、大きいものだ!端で丸まって眠るしかない庶民にも良い暮らしを与えたいと思って何が悪い?!必要な為政者を担ぐことの何が悪い!現国王の治世はどうだ!現状の維持、それのみだ!恐怖により我らを支配するだけ、今までの王と何ら変わりない!変化もなくこの貧しい生活を享受するのか?いいや!我らには豊かさを手にする権利があるはずだ!それには第二皇女殿下が必要なのだ!殿下が王になれば、世界の力があれば、この国はより大きく、力を増す!今以上の豊かさを手に入れられるのだ!国民全てが皆平等に幸せになれるのだ!貧しい食事も、貧相な服も、みすぼらしい家も、全てが変わるのだぞ?我々のすることは正しい!そうだろう?!」
周囲にいた貴族たちはそうだ!と賛同の声を上げる。
先程操られていた平民も、意識を取り戻し、地面に倒れながら貴族の叫びを聞いていた。
教会の信徒も司祭も何も言わない。
ダミアンも、ベネッタも、カロラスも、何も言わずに見ているだけ。
「ふざけんじゃないわよ!」
立ち上がったのは一人。
皆の視線が一気に集まる。
智香子の体が揺れたのは、風か、それとも敵意を過分に含んだ視線による怯えか。
後ろに一歩下がりかけた体を、柔らかいぬくもりが支えてくれる。
「大和…!」
隣に立つ大和は何を言うわけでもなかったが、智香子に力をくれた。
息を吸い込む。大和は風魔法により、智香子の声を響かせた。
「黙って聞いてれば、腹立つことばっか言って!」
「なんだ貴様!というかなんでそこにいるんだ?!」
智香子の登場に場は騒々しくなる。
司祭は近くに居た信徒に耳打ちする。
「回し続けろ。これは面白いものになるぞ。」
信徒は頷いて、手に持っていた箱を智香子の方へと向けた。
「私がどこにいようが私の勝手よ。」
「いやそりゃ自分の所有地なら良いかもだが、ここの管轄は一応貴族に…。他人の敷地内に入って、尚且つその建物の屋根に乗るのは、ちょっと…。」
「私は良いのよ!多分!」
なんで?!という人々の顔。
思わず口から出まかせを言ってしまった智香子は焦っていた。
(この国の人間どころか異世界から来たから、私はこの国どころかどこに行っても外国人扱い。だから厳重注意とか懲役何年かだと思ってたんだけど…でも待って、海外で罪を犯したらその国の刑事法で裁かれるじゃないの!この国って不法侵入した場合、どうなるの?もしかして、懲役数年どころか、死刑もありえるのかしら…?!)
ちゃんと勉強するべきだった!と頭を押さて屈みこむのを我慢する。
そして、なぜこんなところに登ってしまったのかと後悔する。早く到着出来たことは良いが、文句を言うなら下に降りてから言えば良かった、と。
もし法律違反とかしてたら、後で罰はちゃんと受ける、と覚悟を決める。
「腹立つことばかりだから、色々言いたいことはあるわ。皆平等とか言ってる割に、その装飾品のゴテゴテから漂う無駄遣い感はなんなのよ?とかね。でもそんなことよりも、私はなによりも、腹が立つ!」
下から何かが光ったと思えば、それは攻撃魔法だった。
智香子の顔の横をかするそれに、思わず身を引いてしまう。
ダミアンたちも止めようと立ち上がりかけるが、智香子はそれを止めた。
(こんな奴らに、力で抑えるしか能のない奴らに、負けて堪るか!)
恐怖はそのままだ。しかし、隣に立つ大和がペロリと頬を舐めてくる。
申し訳ない顔をする彼を不思議に思う。大和は何も悪いことをしていないのに。
魔法が頬に触れたのか、ジンジン痛む。
もし次、直撃したら?当たり所が悪かったら?考えないわけがない。
だが立ち上がってしまったからには、いや、貴族の言葉を聞いたからには、一言物申さなければ智香子の気が済まない。
震える足と手を、大和に触れて少しでも和らげる。
「隣にいてくれて助かるわ。ありがとう、大和。」
やはりフワフワは正義だ。
「ベネッタはね、おしゃれと家族が好きな、強くて可愛くて綺麗などこにでもいる女の子よ。カロラスは、人の役に立つのと妖精が好きな、強くて可愛くて素敵などこにでもいる男の子なの。ダミアンは、自分の責務をちゃんと全うする、本を読んでゆっくりするのが好きな、強くて格好が良くて優しい、どこにでもいる人なの。」
貴族がそれがなんだという顔をする。
可能なら届けば良い。無理なら、別に届かなくても良い。
「彼らはね、王族である前にただの子供であり、人間なの。アンタたちの、アンタたちが幸せになるための、道具なんかじゃないわ!使い捨ての道具にされていい人たちなんかじゃないわ!」
これはどちらかと言えば、自分たちが政治の道具として使われることを、当然のことだと受け入れてしまっている彼らに向けた、言葉なのだから。