第103話:兵士と騎士
地下の棺の間から出た智香子たちは現在、兵士たちに追われていた。
「な、なんでこんなに兵がいるの?!」
数名どころか数十名の兵士が必死の形相で追いかけてくるのは恐怖を感じる。
「待ち構えていたんだろうね~」なんてことをふやけた顔で言うダミアンに敵意さえ沸いてしまう。
後ろを走っていた大和が横に来て、「…ヤるか?」と聞いてくるが、誰に何をヤるというのだ。
不穏すぎる言葉に勢いよく首を振る。
残念、と呟いて大和は引き下がった。
元気になり自力で走れるようになったベネッタとカロラスは、後ろからその様子を眺めて呆れたように息を吐く。
問題は兄だ。兵士に追われているこの状況を簡単に解消できるくせに、智香子の必死な顔を見たくてそのままにしているのだ。
現に、兵士たちから投げられる魔法が智香子に向けられたら、その方向を一瞥もすることなく、同威力の魔法で打ち消している。
ニコニコの顔がより腹立たしい。
「…我の魔法がある。あの程度、傷もつかんぞ。」
「そんなの分からないじゃないか。現に、私の魔法攻撃はチカコを傷つけた。確実じゃない守りを当てにはできないな。」
「チカコを傷つけたことは棚に置いて随分と大きい口を叩くものだ。」
しかも隣のビスウィトと何やら言い合いをしている。智香子に聞こえないように小声で。
ビスウィトが智香子から名前をもらったことに嫉妬しているのだろうが、対する大和も智香子を傷つけられたこと、自分よりもダミアンの方が長い付き合いであること、これらに思うところがあるのだろう。
どっちもどっちだな、と二人は走りながら息を吐いた。
智香子はもう限界だった。体力が。
「きっつい!」
神殿からこの王宮まで一度往復はしているが、どちらも大和の背に乗せてもらってのこと。
こうして自力で行くのは初めてだし、神殿までの距離も分からない。
やみくもに目的地が不明のまま走ることのしんどさと言ったら!
(何よ教会の信徒だかなんだか知らないけど、城にいなさいよ!なんでわざわざ神殿まで行くのよ!おかげで疲れるししんどいしもう許さないわ、あいつら!不法侵入罪で捕まえてやる!…え、まって?この世界、この国に不法侵入で捕まえる法律ってあるのかしら…?そこはまだ勉強してなかったわ…!あとで勉強しよ!)
頑張るぞ!と意気込む智香子を、後ろから腹を抱えながら、またはにこやかにほほ笑みながら見守る目がいくつかあったが、彼女がそれに気づくことはなかった。
足元への注意がおろそかになり、小石につまずいた智香子の体が傾く。
一番近いのはダミアンだ。手を伸ばせば届く距離にいたはずだが、顔を背けて笑いを堪えていたため遅れてしまう。智香子を助けて拾い上げたのは大和であった。
「…遅いわ。助けるならもっと早く、転ぶ前に助けて欲しいものね。ありがとう。」
「次は気を付けよう。どういたしまして。」
急にモフモフが目の前に現れたことに驚く智香子を背に乗せ、ダミアンを振り返る大和は、分かりやすくどや顔を決めて走る。
悔しそうに歯を食いしばるダミアン。
((めんどくさい))
もし智香子が二人の心を視ることが出来ていたら、また双子みたい!と思ったことだろう。
「兄さん!飛べないのか?」
「うん?俺だけなら飛べるけど、皆は飛ばせないなぁ。」
「使えない兄上。」
「我も先程の戦いで魔力が大幅に削られてしまい、浮かぶことさえできない。申し訳ない。」
「?!いや、始めから当てにしてないから、謝罪とかいらないわ。」
常であれば智香子の言葉に不快だと嫌悪感を示す者が多いのだが、やはりレッドフィールド家は逆に笑みを浮かべるし、大和も顔は見えないが機嫌が悪くなることもない。
兵士たちとの追いかけっこを続ける智香子たちの前に、人が立ち塞がる。
敵か、と身構える智香子や大和とは別に、ダミアン達三人はすぐ自分たちの周りに結界を張る。
「ルバート!よく間に合った!」
その人物の顔をしっかり見て、ようやく第一騎士団の人だと思い出した。
砂漠地帯に誘拐されたとき以来だ。あの時お礼を言いはしたものの、ちゃんとしたものではなかった。
「殿下…。」
「言いたいことは分かるが、今は火急。愚痴も文句も後で聞く。」
「はぁ…。御意。」
今智香子は大和の背に乗っている状態だが、それでもやはりルバートは大きい。
彼は智香子に気づくと、智香子の目線まで屈み、ペコリとお辞儀をする。
驚いている間にルバートは手に持っていた道具を床に置いた。
転移魔法陣の簡易版である。
人数制限はあるが、魔道具により持ち歩きが可能だという利点がある。
魔法陣から離れ、結界から出たルバートは一礼する。
「ご武運を。」
緑の光が視界を覆いつくす僅かの間、頭を上げたルバートは智香子を見ていた。
消えた王族一行。
兵たちは自分たちの前に立つルバートに息を飲む。
兵士は騎士とは違い、それを専門とした職業としているわけではない。
常は別の仕事を行っている者たちだ。
そして今智香子たちを追いかけているのは、教会信者である貴族に雇われた兵士たちである。
彼らは雇い主の命令を遂行し、自領にいる家族たちの命を守るために、王家に反旗を翻している。
一度手を染めてしまえば、もう引くことは出来ない。
だから彼らは覚悟を決めて、そこに立っている。
とはいえ、恐怖も不安もずっと付きまとう。
今はこの国一番の実力者であるルバートを相手に、自分たちが勝てるのか?と。
しかし今はルバート一人。兵たちは数十にも及ぶ。
数で押せば!と思っていた兵士たちは、次の瞬間には皆気絶して床に倒れた。
日々、国を背負う王家に仕え、覚悟と責任と共に剣を持つ彼に、兵士が叶うはずもなかった。
「あれ、もう終わっちゃったっすか。」
副団長のウィルソンが、他の騎士団員を引き連れて到着する。
「ひゃー。俺らの出番、無ぇー!」
抜いていた剣を鞘に納めてルバートは「行くぞ」と歩き出す。
軽く返事をしながら、数名の団員に倒れた兵を捕縛するよう指示を出し、ウィルソン他数名がルバートの後を追う。
「てか団長!今チカちゃん!チカちゃんいませんでした?」
「…………。」
「まじか!良いなぁ。俺も会いたかったなぁ。陛下たち、全然チカちゃん見せてくれないんすもん。俺だって会いたいー。お話ししたいー。」
ギロ、と睨まれたので、「はーい黙りまーす」とウィルソンは口を噤む。
彼らの足取りはしっかりしている。
「話は、任務を遂行してからだ。」
「「「応ッ」」」
目的地は決まっていた。